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第二章 18話

 千秋さんの華麗な運転テクニックが炸裂していた。

 滑らかなハンドルさばきで車線変更を繰り返し、混雑する市街地をまるで縫うように進んでいく。

 助手席に座る私はその無駄のない動きに内心感嘆しながら、流れていく窓の外の景色を眺めていた。


 小鞠さんのお家で開催されることになった、輝夜さんの罰ゲーム。その当日、いつものようにコンビニでアルバイトをしていると、千秋さんに「なんだか、やけにご機嫌じゃないか。何か良いことでもあったのか?」と声をかけられた。


 それで、「はい、今日、友達の家に遊びに行くんです」と素直に答えた。

 すると千秋さんはカウンター越しに私を見て、静かに、けれど確かなおかしみを含んだ笑みを浮かべた。

「へぇ……バイト始めた頃の遥からは考えられないセリフだな」


 その指摘は的を射ていた。輝夜さんと小鞠さんと親しくなる二ヶ月ほど前から、私はこのコンビニでアルバイトを始めている。

 高校生になって初めての中間テストの時ですら「本当に他に予定はないのか? 大丈夫か?」と本気で心配されるくらいには、私には人付き合いというものがほとんどなかったのだ。千秋さんの反応はまさにその通り大正解だった。


 輝夜さんと小鞠さんと出会ってから、彼女たちが我が家を訪れてくれることは何度かあったけれど、私が彼女たちの家を訪ねるのは今日が初めてだった。

 そんな私が友人宅へ行くというのだから驚くのも無理はない。

 おとといの学校帰りに小鞠さんに「こっちだよ、遥ちゃん」と案内され、初めて訪れた柊家。閑静な住宅街に立つ、立派な一軒家だった。


「うち、高校からだと歩いて20分くらいかな……。本当は自転車で来ても良かったんだけどね」


 道すがら小鞠さんは少し照れたように苦笑いしながら言った。

 彼女は、ここ青葉ヶ丘高校の周辺ではちょっとした有名人だ。すれ違う生徒の中には、彼女と目が合うと、まるで蛇に睨まれた蛙のように後ずさりする者もいるとかいないとか……。


 まあ、そういう反応をされるような人は、そもそも小鞠さんに殴られても文句を言えないような、何かやましいことをしている可能性が高いので、自業自得だと思うけれど。

 輝夜さんが登下校中にしつこいナンパに遭わないのも「そういう時は、小鞠の名前を出せば一発よ。私にとっての、強力な虫除けスプレーみたいなものね」とのことだった。

 私たちがおととい高校から柊家まで歩いている間も、なんとなく遠巻きに注目されているような視線を感じた……のは、気のせいだろうか?


 ……と、そんな過去の出来事を思い出しているうちに、コンビニでの会話はさらに核心に迫っていた。


「ところで、その友達の家に遊びに行って、一体何をするんだ?」


 興味津々といった様子で、千秋さんが私の動向を探ってくる。さすがに正直に「友達の罰ゲームでバニーガールのコスプレを見に行きます」とは言えず、当たり障りのない範囲で、テストの結果や勉強会の話など、経緯の一部始終を(罰ゲームのコスプレ大会の部分を除いて)話した。

 すると、彼女は「ふうん?」と、何かを察したように小さく声を漏らした。


「……何か隠し事をしてるな?」

「なっ、何でわかっちゃったんですか!?」


 鋭すぎる洞察力に、思わず声が裏返る。私が直立不動で驚きの表情を浮かべていると、千秋さんはまるで教鞭を執る先生のような、諭すような態度で言葉を続けた。


「遥はあまり嘘をつくのが得意な人間じゃないから。そして、残念ながら私は、人の嘘を見抜くのが割と得意だからこうなった。都合の悪いことを隠したい人間っていうのは、不思議とまっすぐに相手の目を見られないものだからな。まあ、遥も接客中は、平気で嘘をつけるみたいだが……」


 嘘、と言われると少し語弊がある。店員として、お客様に不快感を与えないよう、常に適切な態度を演じているつもりではある。

 それは嘘というよりも、一種の虚構、相手が求めるであろう店員像を体現しているに過ぎない。


 コンビニには様々なお客様がいらっしゃる。店員が感情をむき出しにしていては、互いに不愉快な思いをする場面が増え、結果としてお店へのクレーム電話に繋がることもあるわけで……。

 そしてその電話対応をするのは私ではなく、店長の千秋さんなのだ。人に面倒をかけて平気な顔をしていられるほど、私の面の皮は厚くできていない。


「それに、本当に嘘をつき通せる人間は『何でわかったの?』なんて、自分から墓穴を掘るようなことは言わない……お前は本当に、素直でいい子だな。よし、婚姻届にハンコを押すか?」

「だから、なんでいつもハンコを押すだけの最終段階になっているんですか!?」


 痛いところを突かれた、と思ったのだろうか。千秋さんはふいっと視線を逸らし、まっすぐにはこちらを見ない。その仕草は……あー、これが嘘つき、というか、何かをごまかそうとしている時の態度なのか、と判断するには十分だった。


 とはいえ隠し事をしていると指摘されて、それでもなお平然と話を逸らせるほど、私も人生経験は豊富ではない。観念して私は白状することにした。


「……実は、輝夜さんがテストで学年主席から陥落しまして、その罰ゲームをしようという話になっているんです」

「なるほど。それで、その無様な姿をみんなで指さして笑ってやろうというわけだな」

「いえ、私は最初、参加をお断りしたんですけど、どうしてもって言われてしまって……」

「ふうん? 罰ゲームの参加者をわざわざ増やすなんて、その輝夜って子はドMなのかい?」

「いえ、どっちかって言うと、かなりSっ気が強い人だと思いますけど……」


 やはり、私を無理にでも参加させようとしたのは第三者から見ても少し不自然に映るのだな、と改めて思う。けれど、そこを掘り下げていても本題にはたどり着かない。


「それで、その……コスプレには一家言お持ちの店長の前で言うのは大変申し訳ないんですが、罰ゲームの内容というのが、バニーガールを着ること、なんですよ」

「ほう? あの貧乳がバニーガールねぇ……」


 千秋さんと、輝夜さん、小鞠さんの三人は、それぞれ面識がある。それは、夏休みにみんなでプールに行こうという話になった時、私が「こちらは、バイト先でお世話になっている店長の千秋さんです」と紹介した際に発覚した。


 輝夜さんと小鞠さんが、二人揃って「ええ、どうもお久しぶりです、」とごく自然に挨拶を返したので、私が紹介するずっと以前から、彼女たちの間には交流があったことが判明したのだ。

 なお、それぞれ個別にメッセージアプリでのやり取りもあった模様……そういう大事なことは、私が紹介する前に普通は教えてくれるものじゃないかな?


 それと、決して反りが合わないわけではないのだろうけれど、輝夜さんは千秋さんのことを内心(時々口にも出して)「年増」と呼び、千秋さんは輝夜さんのことをあけすけに「貧乳」と呼んで、互いに牽制し合っている節がある。


「そうかい。あのプライドの高いお嬢様が、そんなに自分の無様な姿を見られたいのか。殊勝なこった。よし、行き先は柊小鞠の家なんだな。ちょうどいい、私が車で送って行ってやろう」

「いえ、でも、せっかくのお休みなのに、わざわざ……」

「いいからいいから。せっかくのお休みに、あんたが友達と遊びに行くんだろう? なら、私も一緒に遊びに行きたい」


 そういうわけでせっかくの貴重な休日にも関わらず、上司が運転する車で、部下はなんだか少し護送されているような気分を感じながら、友人宅へと移動している、というわけである。


「しかし、コスプレが罰ゲームとはねぇ。ククク……遥はまだ気がついていないのかい?」

 

 千秋さんが、含み笑いをしながら言う。


「え? 何にですか?」

「決まってるだろう。あいつから、時々送られてくるんだろう? 遥にだけ、こっそりと。様々なコスプレの写真がさ」

「あ……」


 言われてみれば確かにそうだ。メッセージアプリを通じて、様々なアニメやゲームのキャラクターになりきった輝夜さんの画像が、当人から定期的に送られてくる。

 中には、今回のバニーガール以上の露出度の高いものもある。その度に私は、それが相手なりの好意の表現であることは理解しつつも「すごい!」と褒めつつ、「でも、あまりにきわどい格好の写真は、ちょっと目のやり場に困る……」と、遠回しに、しかし正直な感想を返していた。


「それはつまり……どういうことですか?」

「決まってるじゃないか。どうでもいい理由をつけて、あんたを呼び出したかっただけだろうよ。今回はテストの結果が、ちょうどいい口実になったってわけだ。これが終われば、次は文化祭があって、クリスマスが来て……なあ遥、クリスマスの予定は、もう決まってるのか?」

「えっ? 私にクリスマスの予定がびっしり埋まっていると、千秋さんはお考えならば、それは大変な誤解ですが……考慮してくださっているんですよね?」

「まあ、せいぜい、うちのコンビニのサンタの被り物をして、店の前でチキンを売るくらいか……」

「ええと……あるんですか、うちの店に、チキン?」

「ああ、そうだな。一応、クリスマスケーキとチキンは、毎年予約を受け付けてるぞ? まあ、近所のスーパーの方がもっと安価で美味しいものが手に入るから、店員にノルマを課して予約させるような真似はしないけど。もし、自主的に店の売り上げに貢献したいという殊勝な気持ちがあるのならば……そうだな、友達を売ればいい」

「友達を売るような人間に、そもそも友達はできないのでは……?」


 私の至極まっとうな疑問に千秋さんは同意も否定もせず、ただ面白い冗談でも聞いたかのように口元を緩めた。


「世の中には、『友達であること』を人質みたいにとって、自分の都合のいいように付き合いを強要してくる人間がいるんだよ『私たち、友達でしょ?』って言葉を安易に口にする人間がいたら、少し距離を置くといい」

「あはは……なんだか、中学時代の自分に聞かせてあげたいくらいですね」

「……そうか。まあ、今はどうやら遥もいい友人に恵まれているようだな」


 千秋さんはそう言って前方の道路に視線を戻した「あの貧乳は、まあ、例外として抜いておくけど」と、小声で付け加えるのを、私は聞き逃さなかった。

 けれど、本当に私がダメな人付き合いをしていると彼女が判断したならば、きっと本気で止めてくれるはずだ。だから、あれはきっと、彼女なりの冗談の一種なのだろう。


 ただ、その時の千秋さんの表情には、いつものからかいとは少し違う、苦労をかけられた過去を思い出すような、苦笑いめいた影が差していた。

 もっと言うなら時折、小鞠さんが輝夜さんに対して見せる表情と、どこか似ているような気もした。


 輝夜さんが過去に千秋さんに対して何かやらかしたのだろうか……? なんとなく気にはなったけれど、私からはそれを指摘することはできなかった。

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