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第二章 第11話

「あれは定期的な連絡をするアカウントだからコアな人しかフォローしてないんですよね」


 春夏秋冬さんが抗議するように言った。


「あら、そうなの? あれがあなたの限界だと思っていたわ。じゃあなおさら応援団に入って人気が健在だとアピールしないといけないわね」


 セリフだけ聞いていると輝夜さんと春夏秋冬さんが怒りながら舌戦を講じていると感じるかもしれない。

 でもこちらから見えるのは満面の笑みを浮かべた二人の熱い交流だ。

 まあ一番怖いのは静かに目を閉じて介入の余地なし、と言わんばかりに腕を組んでいる小鞠さんだけどね?


 私はこの状況に慌てふためいた結果少しだけ動悸が抑えられた。おそらく輝夜さんと小鞠さんは私がそう感じることを踏まえての反応なのだろう。でも二人の評価が下がるようなことをしていいものかと私は迷っていた。

 今の二人の行動が巡り巡って自分のためになるからといって、それを許して良いものかどうか。凡人の極みである私にはよくわからない。


「夏野さんでしたっけ? あなたなかなか可愛いですし~、応援団の子とも付き合いがあるんですよね? 一緒にやってくれませんか~?」


 突如名指しで呼ばれた途端に口の中がからからに乾き言葉が出てこなくなった。心臓は激しく脈打ち始め嫌な汗が全身を覆い視界の隅がぼやけてくる。

 何か言わなければそう思うたびにあの日の彼女の表情が脳裏をよぎり視界が滲んでいく。


(あれはもう過去のこと……今の彼女とは関係ないはず。私がいつも通りに振る舞えばきっとみんなもいつも通りでいられる)


 そう自分に言い聞かせ、私は震える声で返事を絞り出した。


「お断りします。私はあくまでもお手伝いですから」


 深呼吸を繰り返してようやく言葉がスムーズに出てきた。輝夜さんも小鞠さんもこちらを見て呆気に取られているように驚きの表情を浮かべていて。

 昼休みはいつも騒がしいけれど、今日はそれとは違う異様なざわめきが教室を包んでいるように感じた。


「夏野さんが断られて当たり前のレベル以外のことを断ってるの初めて見た」

「やっぱり転校生、夏野さんと何かあるんだ」

「土下座したらスカートの中を見せてくれそうな女子ナンバーワンの夏野さんが誘いを断るなんて――」


 一番最後のことを言ったのは木村さんだってちゃんと確認したから後でしっかり詰めておきますね? 私には威厳がないので無理かもしれないですけど……。


「な、どうして断るんですか……?」


 春夏秋冬さんの顔から満面の笑みが消え困惑した表情になった。それに答えたのは小鞠さんだ。


「これはあなたの元々のアカウントをたどればすぐにわかることだけど。今はフォロワー1000人……かつてはフォロワー1万人……多少の水増しがあったとはいえ、遥ちゃんとの写真がなくなってから一気にフォロワーが減った」


 春夏秋冬さんは私とのツーショット写真をSNSによくアップしていたのは知っている。ただ私自身にそれほどの価値があるとは思っていなかった。だけど朝ドラにも出演してたような有名タレントに似ている女の子がいるとなれば芸能関係者も興味を持つのは無理はない……今、小鞠さんがそんなことを言っていてかなり驚いている。


 彼方ちゃんとお母さんが一緒に歩いている時に「姉妹」と言われても違和感がないと母が自慢げに言っていたのを思い出す。

 そして私と彼方ちゃんは一応は姉妹と名乗ってもおかしくないほど面影が似ているのだから……つまりはお母さんと私もよく似ているということになる。


「あなたは一体何を勘違いしてるのか知らないけど、爆乳JCだった遥ちゃんがあなたのアカウントに映ってるから興味持ってただけなのよ……まあいなくなった途端にフォロワーがみるみる減って事務所管理のアカウントとして偽ったらしいけど」


 小鞠さんの言葉に私は思わず口を開きかける。彼女の私に対する表現に少しだけ異議を唱えたい気持ちがあったのだ。し

 かし目の前の小鞠さんはまるで触れてはいけない偉人のように威厳に満ちていた。私は言葉を飲み込み、唇をほんのわずかに震わせるだけに留める。


「あなたがここに来たのは、遥ちゃんともう一度接触をして人気を集めたかったから……それを聞いた事務所さんもあわよくば二世タレントとしての遥ちゃんに価値があると踏んだんでしょうね……まあ夏場に成長期を迎えて4cmサイズが増えたから」

「身長の話ですよね! 身長の話なんですよ! 皆さん何で胸に注目するんですか!?」


 そういえばお弁当のおすそ分けの話をどこかでしたかもしれない。お二人ともそのお礼にと色々くださって……もしかしたらそれがサイズアップの理由かもしれない。 

 特に輝夜さんからの頂き物は普段なら買えないような高級なものばかりだと気づかされたし。


「二度と話しかけるなとかそういうことは遥ちゃんが望んでないからわたしも望まない。ただ過去をこれ以上詮索されたくなかったら、せめて色々嘘をつくのはやめなさい。信用して欲しかったらこっちが信用できる材料を見せなさい……あなたが代わりに応援団の筆頭に立つっていうならそのお礼はしましょう……輝夜が」

「なんで私が」

「遥ちゃんほどじゃないにせよ、あなたが隣にいればフォロワーは300人くらい増えるんじゃない? 輝夜も見てくれだけはいいんだから」

「運動神経も抜群で成績も学年トップなのにそれでも輝夜さんって外見以外に特徴がない系女子なんですか? 小鞠さんそれはさすがに過小評価が過ぎると思いますよ……?」


 小鞠さんが輝夜さんに色々と振り回されて困っているのもよくわかる。私も彼方ちゃんのものがどんどん自分の部屋を侵食しているから……姉妹でさえ「そろそろ売ったり処分したりした方がいいんじゃないのかな?」と思うこともあるのに幼なじみというだけで全く興味のないグッズを部屋に置かれているとしたら……彼女の気持ちは痛いほど理解できる。


 周囲でガヤに徹していた赤井さん木村さん青山さんも「春川さん職場でもめっちゃ評判いいから」「運動系の部活から英雄扱いされてるから」「校内でラブレターもらわない日ないから」と口々にフォローを入れていた。

 輝夜さんの自尊心が水を与えられた草木のようににょきにょきと膨れ上がるけれども職場やラブレター云々はプライバシーに引っかかってないですか? あ、私のは諦めてます。


「馬鹿にしないで」


 春夏秋冬さんが悔しそうに反論した。


「みんなでプールに行った時の写真があるんだよねえ……あなたが協力的になってくれるならデータをプレゼントしてあげてもいいんだけど」

「……労働には対価を、覚えておいて」


 春夏秋冬さんは小鞠さんの言葉にぐっと詰まった後答えた。小鞠さんはふっと表情を緩める。


「過去のあなたの所業が全部自分に返ってるだけなんだけどね……まあいいわ、期待だけはしておいて」


 こうして昼休みの騒動はひとまず収束した。クラスメイトたちは私たちの過去について興味津々といった様子だったけど、カーストトップの女子たちに目をつけられたら最後学園生活が暗転するのは明白。よほどのチャレンジャーでない限り誰も質問などしてこない……よね?

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