第二章 第10話
「……そういえば最近、疲労感がないんですよね?」
勉強している時も背筋がピンと伸びていると小鞠さんに言われたのでついそう答えると、輝夜さんは「それはバイトの日数が減ったからじゃないかしら?」と言う。
思い当たる理由はそれしかなく私は苦笑するしかなかった。
もちろん転校生の春夏秋冬さんがこちらに視線をやる機会が減ったのも理由の一つだろう。
彼女が体育祭の実行委員になってからクラスメイトと話す機会が増え、クラスでの立ち位置も上がってきた気がする。
もちろん輝夜さんや小鞠さんのような一軍女子とまではいかないけれど……私? は周りの手助けもあるからようやく半熟くらい?
「そういえば小学校の頃って運動会の練習があったけど、高校の体育祭では練習なんてしないのかしら?」
「まあ一般的には高校生にもなれば、運動会とか体育祭って何度も経験してるだろうし。体が大きくなるだけでやることは基本的に変わらないしね」
小鞠さんがそう答えた。応援合戦に参加する生徒たちは昼休みや放課後に自主的に集まって研鑽を重ねている。
だけども私たちのようにアルバイトがある者や小鞠さんのように応援合戦以外の種目に多めに出るよう頼まれた生徒には声すらかけられていない。
ここでかわいそうなのが「運動神経は壊滅的」だけど「コミュニケーション能力もないわけではない」赤井さんが応援団に加えられたこと。
バイトの日数が減って手が空いたので私は練習のお手伝いと称して彼女の鍛錬に付き合っている。
もしかしたら背筋が伸びたのはそのおかげかもしれない。普段使わない部分が鍛えられたのかな……?
「それにしても輝夜、中学生までは面倒くさいとか言って一部の競技にしか参加してなかったけど、5つもエントリーして怪我でもしない?」
「怪我でもしたら遥に看病してもらえるかしら? ナース服でも着て見舞いに来てもらったらすぐに完治しそう」
「私がお見舞いに行っただけで治る怪我だったらそれは仮病なので、勝手に安静にしててください……」
少し毒づいた言葉を吐いた私は内心ビクビクしていたけれども輝夜さんはその言葉を全く気に留める様子もなく、小鞠さんに至っては「その時はちゃんと治らないような怪我をさせておくから」と恐ろしい予告までしてきた。
見た目にも分かるほどの重傷を負わせれば暴行罪に該当すると考えられる。ただもしかしたら小鞠さんは美少女だから許されるかもしれない――いわゆる「美少女無罪」ってやつ……いや、さすがに無理があるかなあ?
「でも本当に大丈夫ですか? バイトとかもあるのに」
「あら心配してくれるのね。もっとエントリーしておけばよかったかしら?」
「張り切るのはいいけど本当に怪我をしたら目も当てられないわよ。さすがにわたしもあなたが怪我をしないだろうから言ってるんだし」
「……遥は借り物競走に出るのよね?」
小鞠さんの軽口に輝夜さんは少し照れたように頬を染めながら、私がエントリーした種目について尋ねてきた。
私は組の点数には大きく関係ないけれど、運動神経のない私でも1位を狙える競技を選んだ。少しでもクラスに貢献したいと思ったから。
同じように運動神経に自信がない赤井さんが応援団に入れられてしまったのを見て、自分も何かしなければと思ったのだ。その結果が借り物競走――
「こういう借り物競争って好きな人とか書かれてるのが定番よね?」
「あれってよく考えたら、該当するものがなかった場合に困るものって普通は書かないですよね?」
「該当するキャラが引いてお話的に盛り上がるからいいんじゃないかしら……エンタメってそんなものだし」
輝夜さんがコミックやラノベの借り物競争で定番のネタについて話し始めると、私はツッコミを入れつつ会話を盛り上げて小鞠さんが冷静な口調で話題にオチをつける。
この高校の借り物競争については詳しく知らないけれどさすがに「大物大臣の命」とか「金銀財宝1億円」なんて持ってこようがないものを書く人はいないだろう。
引いた瞬間ゲームオーバーになる借り物競争は……盛り上がるかもしれないけれど参加している側としてはつまらないだけだ。
……まあ個人的には運動能力がない人間に体育祭で人権はないと思ってるから、何に出ても面白くないとは考えているけども。
「ちょっとそこのお三方よろしいですか~?」
昼食を終えて私たちは談笑に花を咲かせていた時だった。
唐突に投げかけられた言葉に私たちは緊張感を覚えずにはいられなかった。別にやましい話をしていたわけではなく、話しかけてきた相手に対して自然とそんな反応になってしまったのである。
はっきり言ってしまえば、春夏秋冬さんは最近までこちらに話しかけるような素振りさえ見せていなかった。そんな彼女が突然話しかけてきたので、私はどう反応すればいいのかわからず戸惑うしかなく。
「別によろしいけれど、手短にお願いね」
小鞠さんは黙って怒気を放っているし、彼女と比較すれば輝夜さんは一見すると会話の余地があるように見えたけど「手短に」という言葉からは、長話をするつもりなど毛頭ないことがありありと伝わってきた。
私はと言えば早鐘のように鳴り響き始めた鼓動を抑えようと浅い呼吸を繰り返す。それが全くの逆効果だと知りながらも。
「応援団の人材不足が深刻でして、いかにも人気のありそうな面々に声をかけてって先輩方に言われてるんですよ〜?」
「じゃあ、あなたが入ればいいんじゃないかしら? 人気のアイドルなんでしょう? フォロワー1000人だけど」
小鞠さんの言葉に春夏秋冬さんは一瞬ひるんだように見えたけど、すぐに表情を取り繕った。
彼女の表情はまるでそよ風に揺れる柳のように周囲のざわめきとは無縁とでも言いたげ――内面バチギレしているのは過去に付き合いのあった私にはよく分かっているけれど。




