表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/60

第2章 第6話

 昼休みに作戦会議と言ったけれども、その日は始業式で半日授業だった。

 そのことを指摘するのは憚られたけど「私も起きた時に気がつきませんでしたよ」とフォローを入れると、輝夜さんは実に申し訳なさそうな表情を浮かべつつ「今日のところは帰りましょう」と会話を打ち切るようにし、下校を促していたのが印象的だった。


 アルバイトも平穏無事に時間が過ぎ、何を言ってくる様子も無い千秋さんには学校の件は伝わってないのかなと思った。

 帰り際に「もしも家に押しかけてくるようなことがあれば言え」とささやかれたので、こちらが意識しないように配慮してくださったのだなと思いつつ「家まで押しかけてくることはないと思いますよ……」と言いながら、彼女の行動力ならばその可能性はゼロではないな、と内心では思った。


 家に帰って早々「お姉ちゃん無事だった?」と言いながら彼方ちゃんが抱きついてきたので「私は大丈夫」と安心させるような声色で話しかける。

 普段は出迎えに来ない母も「警備会社に電話をかけておこうかしら」とこちらに顔を見せながら聞いていないことまで言ったので「そんなことしそうなキャラですけど、そこまでする人ではないとは思います」と苦笑いしながら返した。


 春夏秋冬さんという人が私の帰り際に襲撃したり、それをけしかける人だ、という共通認識が我が家族の間でなされていることは……私の責任ではないとは思うけど、ちょっとたじろいでしまうところもある。


 翌朝もなんとなく気だるい気分になりながら朝ご飯を食べた。その模様を見て朝練を休もうとする彼方ちゃんに「これから中心学年になるんだから」と言って説得する。


 私は後ろ髪を引かれていますと言わんばかりに、二度三度忘れ物をしたと偽ってすぐに戻ってきた彼方ちゃんに「私は大丈夫だから、私を信じて」と両手を握りながら言って、なんとか学校に向かったのを見送ると、私も朝の準備に取り組んだ。


 そして登校しようとすると母がついてくる「千秋ちゃんのところまでだから」と言うけれども、高校生にもなって親同伴で登校するのはちょっと恥ずかしい気分だ。


「さすがに朝から襲撃をかけるような人ではないとは思うけど」

「油断を誘って後ろから刺すのが暗殺者の手口よ」

「暗殺者の知り合いがいるんですか!?」


 思わずたじろいでしまったが母は「まあそんなところかしら?」と肝心なところをぼかしきれていない恐ろしい発言をなさった。

 内心びくびくしながら母の芸能界トークを聞いていると千秋さんがこちらに気づく。


 ただ彼女はいつもの気の強さを感じるような気だるげな態度ではなく、あからさまに母に緊張しているのが見て取れる。

 背筋をピンと伸ばし硬い表情でこちらを見ていた――その仕草を見て母は満足そうに言った。


「千秋ちゃん、もしも娘に粉をかけるような人間がいたらひき殺してくれて構わないからね?」

「はい、承知しております。その場合警察には伺うことになるのでしょうか?」

「腕のいい弁護士を紹介してあげるからね」

「面倒は見ないということでよろしいのでしょうか?」

「人間はね絶対に逆らっちゃいけない人には絶対に逆らってはいけないのよ?」

「はい、わかりました!」


 二人して母から逃げるように車内に滑り込むと彼女は窓越しにニコニコと手を振った。

 その姿が見えなくなるまで車を進ませてから千秋さんはようやく安堵の息を吐き出した。

 そして固く結ばれていた緊張の糸がプツリと切れたように。


「美奈子さんは責任を感じていらっしゃるんだよ」


 その言葉の意味が分からず私は首を傾げて怪訝な表情を浮かべた。千秋さんは少し困ったように眉を下げ私の反応を見てどんな言葉を使えば良いのか逡巡するような仕草を取った後、ゆっくりと話し始めた。


「私から見てもお前はよくできた子だよ。だから放任するってわけじゃないが、娘にある程度任せてもいいんじゃないかと思ったんじゃないか? 私も親になったことはないが、小学校高学年から中学校の時期は親がどれほど介入していいのかわからないものらしいしな。私も小中はともかく高校時代は好き勝手やったものだし」


 千秋さんが好き勝手やっていた時代の詳細は未だに語られることはない。けれども母がそのことを知っているということだけは私も知っている。

 それはともかく自分の決断が周囲を巻き込んで問題になったとしてその責任は誰にあるのか。


 一般的には加害者であるべきでその道を選んだ私も少しは考えるべきところがあるだろう。しかしただ話を聞くことしかできない立場だったら、責任を感じるべきなのだろうか? 私だったらきっと勝手に責任を感じてしまうけれども。


「人間は失敗をする生き物だが、同じ失敗を繰り返したいと思う人はいない。少し厚かましく感じるかもしれないけれど遥を思ってのことだよ」


 千秋さんはそう言って母や自分、そして他の誰かの行動が私を思ってのことだと語った。

 自分にそこまでの価値があるかどうか私にはよくわからないけれども、みんながそうしたいと思うのならその人たちに任せた方がいいのかな……そういう人たちに何か私ができることはあるのかな?


「というわけで美奈子さんにはよろしく言っといてくれ」

「アッ、ハイ」


 千秋さんが私に何かを提供しようとして言ってくれたわけではなく母がいると緊張するから……って気持ちを最大限尊重しそこは彼女の期待に応えられるように頑張りたいと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ