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第二章 第5話

 日本史の小室先生は授業をきっちりかっちり始め終わらせる先生としても有名で、だからこそ私は今まで堅物な人という印象を受けていた。

 だからこそ早めに本日までの授業が終わったと仰り、後日の授業で自習をさせるチャンスにもかかわらずチャイムが鳴る前に退室されたことには驚いた。


 そこから輝夜さんと小鞠さんの動きは目で追えないレベルの俊敏さだった。隣の青山さんが何か私に問いかけるように口を開く前に輝夜さんは私の机に手をかけ「大丈夫?」と声をかけてくれ、そして私が受け答えする前に小鞠さんが到着し「病院に行こう」と力強く宣言された。


「えっと、ひとまず病院に行く必要はない……ですよ?」


 ためらい半分戸惑い半分……私に心配をさせないようにする配慮だったら舌を巻くしかないけれど、病院に行った方がいいという提案は桜坂先生にも言っていたみたいなので、その部分に関しては間違いなく本音なのだろう。


 輝夜さんは小鞠さんの様子を見て何か問いただしたいように口をモゴモゴと動かしていた。

 彼女はなんとなく私の不調の原因が精神的なものであると察しているのだろう。そのことについて口に出してしまうのは良くないと思っているようでもある。


(いやもしかしたら、小鞠さんは春夏秋冬さんと私を距離を取らせたいのかな……?)


 同じ教室になってしまった以上はどちらかが物理的にいなくなることでしか距離の確保は難しいけれども、今日か明日なら病院など何らかの都合で距離を取ることができる。そのうちに解決策を模索するのであれば小鞠さんの意見も頷けるけど、


(むしろ春夏秋冬さんが私に近づいてくる材料になるだけじゃないのかな……?)


 春夏秋冬さんがどういう経緯で青葉ヶ丘高校にやってきたのかわからないけども、彼女の言うことを信じるのならば少なくとも内弁慶ぶりは周囲にバレていないはず。

 おそらくここに私がいたことも予想外だろうから一刻も早く本当の部分を知っている私に口止めを図りたいはずだし、彼女と二人きりになるのはあまりにも怖かった。  


 想像するだけで体が震えてくる。それを悟られないようにするには私はあまりにも弱かった。


「んー、赤井ちゃん」

「ラジャ、ボス」


 小鞠さんがクラスメイトを顎で使う様子は本来微笑ましいものではないけど、なんとなく気持ちを安堵させる光景でもある。

 赤井さん青山さん木村さんのいつもの3人組はボスである小鞠さんの指示で春夏秋冬さんのところに向かって行き何を言うかと思えば木村さんが「スリーサイズをお伺いしたい」と言って相手をドン引きさせていた。


 こちらを伺っているひとつの視線がなくなったので心の中で大きく息をついていると、


「大丈夫なんだね?」

「私には私の味方になってくれる人がいるって今ので分かりました。だから大丈夫です」


 だけど不思議だ。転校生といえば質問攻めに合うみたいな光景を漫画とかでもよく見ていたし、実際に彼女はアイドルを名乗っていた。

 輝夜さんや小鞠さんに慣れていると案外顔面偏差値は普通かなって感じにも見えるけれども、都内に進出してくるくらいなのだから県内の器に収まりきらないくらい人気があるんだと思う。


 でも赤井さんたち3人組が質問に行くまで誰も彼女に話しかけようとしていなかったように思う。

 周りと簡単な会話くらいはしていたのかもしれないけど少なくとも私には聞こえなかった。


「そっか、遥ちゃんは朝のことは知らないもんね」


 私は特に何かを言ったつもりもなかったけど、春夏秋冬さんと目の前の二人との間で視線を何度か交わしていたのでなんとなく察したみたい。心の中を読んでいるような洞察力には少し驚いたけど、小鞠さんが私のことを心配してその能力をフル活用してくれているのであれば何も言うことはない。


「ああ……その説はご苦労をおかけしました。輝夜さんは購買に行ってくれたんですよね?」

「ええ、あなたが倒れたと言ったらどれでも好きなものを持って行っていいと言うから好きなものを持って行ったわ」


 持っていった中にちゃっかり罰ゲームで使うような激マズドリンクを入れてくる辺りがオタク属性をマストで持ち合わせている輝夜さんらしいなとは思う……とにかく購買の人とはある程度顔見知りだったり。


 コンビニバイトとして接客や応対に苦労している人を見ると、どうしても気を使いたくなるというかちょっとお手伝いしてしまったというか……おそらくそのことを覚えていてくれたんだなと。


「普段は兄や弟を殴り倒すくらいにしか使わないからこの力で健全に役に立てて嬉しいよ?」

「あの、そのそうですね……できれば暴力に訴えて自分の意見を押し通そうとするのは控えてくださるとありがたいです」

「相手次第かな~? 言うことを聞いてくれれば早いんだけどね?」


 春夏秋冬さんに対する牽制が含まれているのだろうけれども、たとえこちらに正当性があったとしても暴力沙汰で解決するのはみんなの心象に悪いので控えてもらいたいです。

 もちろん小鞠さんが「正しければ何をしてもいい」という考えではないことは私は承知しているけれども、ちょっと私に関することだとリミッターが外れてしまうというか……。

 気がついたら転校生がまた転校していましたなんていうオチになっていては私もさすがに寝覚めが悪いですし。


「彼女は自分に注目が集まっていないことに気がついたみたいなんだよね」


 主語をぼかしているから分かりづらいかもしれませんが、転校してきて自分に注目してほしいことを言ったのは春夏秋冬さん。だから朝の状況を把握していれば小鞠さんが誰のことを話しているのかは一目瞭然。


「わたしはすぐ遥ちゃんを運んで行っちゃったからわからないけど、何事もなかったかのように自己紹介を続けたみたいなんだ」


 クラスの美少女ツートップとまあそれらのおまけみたいな子が退場したとはいえ、やっぱり転校生なんだから自己紹介くらいは続けるよね? その状況の不自然さには私も見当がつかないけども、クラスメイトの子たちからはある程度距離を取られるような選択をしたってことなのかな?


「あなたの中であの子なら当然そうするよねという考えがあるからこそ、不自然さを感じないんでしょうけど。人が倒れたら慌てるのが普通よ? それを何事もなかったかのように続けたら……チャイムね。作戦会議は昼休みにでもしましょう」


 輝夜さんは先ほどよりも明らかにこわばった表情を浮かべながら小鞠さんに席に戻るように促す。

 普段はほんわかとしている小鞠さんも拭い去れない何か重いものを持っているかのように顔をしかめこちらに何か言おうとして口をつぐみ、首を振って背中を向け席に戻っていく。


 こちらの席に戻ってきた青山さんに「スリーサイズは聞けましたか」と冗談半分に聞いてみると「何それ? 興味ない」と質問した側とは思えないような反応が返ってきた。

 私がぎょっとした表情を浮かべてしまったのか青山さんは少々慌てた調子で口を開く。


「彼女がもしトップアイドルだったらそりゃあすぐさまSNSにアップするけど、このクラスにはトップアイドルだって目じゃないレベルの美少女がバーゲンセールレベルでいるんだもん。仮に答えてくれたとしても『まあそうだよね』で済ませるかな」

「あの……さすがにそれはあんまりだと思うので……えっと、メモくらいはした方がいいと思いますよ?無駄にはなりませんから」


 私が弱々しく言うと青山さんは驚いたような表情を見せて「そっか……そういうことなのね」と何かを考えるような仕草をしつつ不思議な言葉を残した。


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