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第二章 第4話

 数分前まで……保健室を出てからスイスイと歩いていたのは分かっている。

 だけども廊下と教室を境にしているドアを前にして、私のあゆみのペースは落ちた。

 

 小中学校の頃は保健室の先生ともツーカーだったから授業開始を見計らって教室に何気ない調子で戻っていた。

 かつての知り合いである春夏秋冬さんはそんな自分を心配する調子を見せて周囲の好感度を上げていたけれど、そんなことを思い出しては、なおさら教室に入りづらくなってしまった。


(また保健室に戻る? 桜坂先生ならきっとそれを許してくれるだろうけれども……)


 桜坂先生の提案を振り切って意気揚々と飛び出して「やっぱりダメでした……」と舞い戻ってもなお、先生は許してくれるだろう。

 でも、教室に戻るのが遅れれば遅れるほど小鞠さんや輝夜さん、赤井さん、青山さん、木村さんたちに余計な心配をかけてしまうことになる。

 特に小鞠さんからは身体の検査を執拗に求められたという話だったので、時間が経てば経つほど「病院に行こう」と強硬に主張されるのは目に見えている。


 これは勇気なのか、無謀なのか、それともその両方なのか、私には分からない。けれども私は結局教室の中に入る選択を選んだ。

 いつもより何倍も開けづらい教室の引き戸を、音を立てないように気をつけながら静かに開く。

 しかしながらやっぱりクラスメイトの注目を集めてしまった。そして廊下側の席、かつての知り合いにして友人を名乗っていた人は、こちらを向かないように意識しているのが背中の緊張から見て取れた。


 教室の中には私が倒れたこと、そして転校生が来たことに対する釈然としない空気が漂っていた。

 皆々の微妙な反応にどう対応すればいいのか正解がわからず、クラスメイトの間に緊張感が高まっていく。そんなとき思いがけない方向から救いの手が差し伸べられた。


「おっと、失礼。我々世代にしか分からない歌だったかな?」


 生徒間でも堅物として有名な小室先生――私にも一度武田鉄矢騒動の時に注意をされ自分の中にも気難しい人なのかなという印象がある小室先生が、授業中にまさかのミスを犯した。

 ポケットに入れていたスマホが鳴ってしまったのだ。その選曲はなんと『Get Wild』かつてアニメのエンディングとして利用され今もなお革新的な演出とともに多くの人に知られる名曲である。


 それはさておき、輝夜さんのテンションが急上昇しているのが手に取るように分かった。彼女は音楽に合わせて小さくリズムを取り始めている。


「体が平気なら早く席に戻れ。このイントロが鳴っているうちに」

「はい」


 小室先生はちらりと私を見てから、どこか気遣うような声でそう言った。私は素早く返事をしてそそくさと自分の席に戻る。

 さすがTM NETWORKを一大エンターテイナーへと押し上げたかつての名曲、クラスに漂っていた重苦しい緊張感をものの見事に吹き飛ばしてくれた。

 私は急いで授業の準備を開始すると隣の席にいた青山さんから話しかけられた。


「これ、配られたプリントだよ」


 そう言って私がいない間に配られたプリントを渡してくれた。


「ありがとうございます」

「いいんだよ。文化祭で頑張ってもらうから」


 にこりと笑った青山さんの言葉に夏休みの前に話していた逆バニーの件がまだ有効なのかもしれないと、ちょっと怯えた。

 もしかしたら青山さんのちょっとしたジョークかもしれない。普通文化祭で過激な格好をして人を集めようなんて考えないだろうから。ただ青山さんの目が笑っていなかったことだけが気になる。


(……文化祭に関係がある? それとも私に何か伝えたいことがあるのかな?)


 しかし授業は再開され小、室先生もいつもの真面目な調子に戻り他のクラスメイトたちもそれぞれ授業に集中し始めている。

 それをただ自分が興味があるからといって無視してしまうのは良くない。

 自分さえ良ければ他人の気持ちなどどうでもいいというのは控えめに言っても子供じみた考えだ。


(あれほど助け舟を出していただいたのにそれを無下にするようなことはできない)


 小室先生の機転、そして青山さんの気遣い。せっかく作ってくれたこの場の空気を壊してはいけない。興味本位な気持ちは抑えて黒板に集中することにする。

 それに私は授業に集中していなくてもテストで良い点を取れるほど優秀な生徒ではないのだ。


(もしも私が気づかないうちに何か失礼なことをしていたとしても、それはすべて私の力不足が原因。だから全力で謝罪してそれでも受け入れてもらえなかったらどんな苦しみも受け入れる覚悟――きっと以前よりも私は困難を乗り越えられるはず)


ノートを開き教科書を広げながら、私は心の中でそう決意を新たにした。

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