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第41話

 青葉ヶ丘高校ではテストの結果が発表された。成績上位者は点数に応じて様々なリアクションを見せている。

 全生徒が対象ではなく上位者のみがその特権に預かれるため、必然的に名前が最初に記される生徒たちは鼻高々になるのが常だった。


 しかし、今回のテストでトップを飾ったその少女は心ここにあらずといった風情で成績表を見つめている。

 その表情は虚ろで生気がほぼ感じられない。まるで魂が抜け出たかのような有様だ――輝夜さんは私の隣でぼんやりとしていた。


 輝夜さんは私と簡単な会話はするけれど何かを言及するのを避けるような、心の中にお互いバリアを張っているような、一定の距離を保ったコミュニケーションを続けている。

 このまま夏休みに入ってしまったら、関係はリセットされそのまま縁遠くなってしまうかもしれない――そんなことを考えると私は不安でたまらず、思わず指先を震わせた。


(やっぱり私から一歩踏み出さないと……!)


「輝夜さんと小鞠さんとお二人のおかげで私の名前もかなり上の方に表記されるようになりました……ほら、見てください」


 心の中で何気ない会話をしようと念じながら、ひたすら「普通! 普通!」とイメージして話しかけてみる。

 すると輝夜さんは驚いたようにまばたきをしながらこちらに小さく笑みを浮かべ振り向いた。

 彼女の表情には一瞬戸惑いの色が浮かんだけれども「そうね あなたは優秀な生徒だったもの」とわずかに間を置いてから返事をする。


「それでですね。お礼を言いたくて……ちょっと放課後お時間ありますか?」


 テストの結果が発表される日以降は半日授業に切り替わるから午後の早いうちは家に帰ることができる。

 私はその分働くつもりでいるし、些細ないさかいがあった千秋さんとも働き始めこそ互いに戸惑いを感じていたが業務の忙しさのおかげでそんなことはすぐに忘れられた(遠い目)


 私の労働云々ともかく、この誘いを輝夜さんに断られてしまったらもう何をきっかけにして話をすればいいのか思いつかない。私は焦りで心臓がバクバクし始めたのを感じていた。


「そうね。私も話さなければいけないことがあるから。いいわ。時間を取ってあげましょう?」

「ありがたき幸せにございます」

「どういうキャラなの?」


 手早く下校の支度を済ませ私たちは足早に空き教室へと向かい到着を果たした。けれども私たちは向き合ったまま、お互い何か言おうとして、しかし言葉が続かず、沈黙が重苦しい空気を作り出していた。


「お見合いでしょうか?」


 私が冗談めかして口にすると、輝夜さんはわずかに肩を震わせる。

 

「では後は若い二人で」


 輝夜さんはそう言ってにやりと笑みを浮かべながらその場を立ち去ろうとした。


「輝夜さん何か いけないものが見えていませんか!? ここには私と輝夜さんしかいませんよ!?」


 学校の中に若い身空で天に召された人がいる可能性はゼロではないけれど、この状況を興味津々に覗かれてしまうと会話どころではなくなるような気がする。告白現場をクラスメイトに見つかったかのような、でもその姿を見たら全てが終わるような居心地の悪さを感じている。


「さてと。冗談で場は和んだと信じたいけれど……そうね。まずは謝らないといけないわ」


 輝夜さんは少し困ったように眉をひそめそれから真剣な表情でこちらに向き直った。


「あなたに近づくために様々な嘘をついたわ。もしかしたらこれからも嘘をつくかもしれない。だから……ごめんなさい」


 輝夜さんは深く息を吐き絞り出すように言いながら頭を下げた。その姿には罪悪感と深い後悔が感じられた。


 私は今までの人生の中で謝罪されるケースは案外少なかった。数えるくらいしかなかったかもしれない。だからどう振る舞えばいいのか正解がよく分からなかった。

 もともと人に頭を下げられて平気な顔ができる人間ではなかったしそういう風に育てられた覚えもない。もしもここで威張り散らすような態度を取ったら母に叱られるだろう。


 けれども「そんなことしないでください」と相手に言うのも違う気がした。心苦しかったけれど謝罪は素直に受け取らなければいけないと思った。

 だからここで私は何か謝るだけ受け取るだけではない言葉を言わないといけない。たとえそれが拙いものであっても。


「私は輝夜さんに色々なものをいただきました。それは嘘をつかれたから無くなるようなものではありません。出会いのきっかけが私が好ましく思わない行為に由来するものであっても、関係を断絶するようなことはしたくないです」


 勇気を振り絞り自分の言葉で伝えた。拙い言葉だったかもしれないけれど嘘偽りのない私の本心から出る言葉だった。

 それでも心から出た言葉は相手の心を動かすことができると信じていた。それが自分の少ない能力を棚に上げた戯言かもしれないとしても。


「ありがとうっていうのも変な話ね?」


 彼女はそう呟き顔を上げた。頬には涙が伝っていて潤んだ瞳が私を見つめていた。その表情は感謝と申し訳なさ、そしてかすかに物寂しさが混じっている。


「ところでどうして高校デビューだったんですか?」


 私は何気ない調子でけれど興味を隠すことなく尋ねた。


「遥なら何を言ったところで、私と友達になりなさいって言ったらそれで終わりだったって今なら分かるけど」


 自重するような呟きには苦笑いをすることで応じる。後悔はいくらでも浮かんでくるものだ、自分不器用ですので……。


「人は誰でもどんな状況でも過去の自分を否定して現在の自分を肯定したいからなのかしらね? 主語が大きくて申し訳ないけれども」


 輝夜さんは寂しげな笑みを浮かべながらこちらを悲しそうに見つめた。その言葉には自分自身への戒めとあらがえないほど膨れ上がる内面のなにがしかがあるようだ。


「今でもなお否定したい何かはありますか?」


 輝夜さんの瞳をじっと見つめながら尋ねてみる。あまりに寂しそうだからつい聞いてしまったけれども、


「あるといえばあるようでいて、ないと言えばないのかもしれない」

「どういうことですか?」

「見ようとすればあるんだろうけど、見なかったふりをしたらそれはないのかもしれない」


 輝夜さんは曖昧な笑みを浮かべながら答えた。その表情には過去と向き合うことへのためらいと前に進もうとする決意が混在している風だった。


「人間は過去には行けませんし未来を見通すことはできません。今この状況をどうするかしかありません。ただ希望の種みたいなものは撒くことができる……そんな気がします」


 心なしか頬が熱く両手で顔を覆いたい心持ちだった。あからさまに動揺していますと言わんばかりの態度は取るつもりはないけれど。


「じゃあ帰りましょうか。いつまでもここにいるとあなたに私の子種を撒きたくなってしまうし」

「人智を超えた能力の持ち主ですか!?」


 冗談めかして言っているけれどもその内部の心情を表すかのような瞳は本気にも見えた。よもやそんなことをするつもりはないよね と冷や汗をかきながら私たちは並んで空き教室を出た。


 廊下にはこちらを待っていたと思われる小鞠さんが立っていて少々の言葉の応酬があったけれども、私は普段通りの日常が戻ってきたと感じていた。

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