表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/60

第37話

 昼休みが始まり、いつものように小鞠さんや輝夜さんと一緒に昼食をとろうとしていた矢先、輝夜さんが小鞠さんにあっという間に拉致されてしまった。

 文字通り颯爽と輝夜さんの腕を掴み、人ごみを縫うように去っていく小鞠さんの背中を、私は呆然と目で追いかけることしかできなかった。

 一人取り残されて賑わい始めた教室の片隅で少し途方に暮れていると、不意に、三人のクラスメイトがこちらに話しかけてきてくれた。


 金髪のウルフカットが特徴的な赤井さん、背が高くスラリとしているが、どこか儚げで少し健康状態が心配になる青山さん、そして分厚いレンズの眼鏡の奥の表情が読み取りづらい木村さん。

 何でも小鞠さんから「遥ちゃんを一人にしないであげて」と、私にかまうよう頼まれたのだという。


 「さすが、クラスのAランク女子は配慮が行き届いているなあ」と感心する。もし仮に、私が自分自身のことを指して「この夏野遥という人間と昼休みを過ごしてやってくれませんか?」と誰かに依頼したとして、快く了承を得られただろうか? 想像するだけで恐ろしい。


 それはともかく彼女たちの善意に応えるためには、小鞠さんの評価が落ちるような、あるいは「夏野さんと友達やってるんだ、大丈夫?」と周囲に思われかねないようなトークは避けるべきだ。

 もしそうなってしまったら頼んでくれた小鞠さんも、応じてくれた三人組も、そして私自身も、誰も報われない悲しい結末になってしまう。


 金髪ウルフカットの赤井さんこと赤井詩亜あかいしあさん、背が高く線が細い青山さんこと青山久凪あおやまくなぎさん、そして分厚い眼鏡の木村さんこと木村可憐きむらかれんさん――三人はそれぞれが全く異なる方向性に特化したようなビジュアルをしている。

 有り体に言えばそれぞれが全く別のグループに属していそうで、外見だけ見れば、普段はほとんど交わることがなさそうな三人組なのだ。特に、赤井さんは見るからにギャルっぽい雰囲気だし。


「うぃ。じゃあ、クラスのボスから『女神の相手をするように』と仰せつかった、赤井詩亜です。まあ、自己紹介なんかしなくても、遥ちゃんの帽子のサイズから靴のサイズまでボスが全部把握してるって言ってたけど」


 赤井さんの挨拶は最初から最後までツッコミどころが満載だった。「発言の訂正をしているだけで、昼休みが終わってしまいそうですけど!?」と、私は思わず呻くように返した。


 お名前以外は全てがツッコミどころだと感じたけれど、もしかしてこれは、小鞠さんが私の貧困なトークスキルを鑑み、私にツッコミ役をさせることで、適当に時間を潰せるだろうと考えて、わざと「女神」とか「あらゆるサイズを把握している」といった、いかにも嘘満載な情報を彼女たちに吹き込んだのだろうか?


 その「マジ?」とまるで他人事のように言いつつ、どこか面白がっている様子の赤井さん。そして、隣で少しばかり怯えたような表情を浮かべている青山さんと木村さん。彼女たちはこの「ボス」と「女神」の話を、どこまで信じているのだろう?


「ボスのボスって噂も本当だったんだ……アタシら、後で小鞠さんに絞められるんじゃ?」

「「ひいっ!」」


 青山さんと木村さんの小さな悲鳴を聞いて、私は慌てて訂正する。


「すみません皆様、サバでも雑巾でもないので絞められませんし、そもそも私がパワーキャラになっているんですけど、小鞠さんほど怪力じゃないですよ? バイト先で重い荷物を運ぶせいか、一般的な女子よりは力はあるかもしれないですけど……」


 私が怪力の小鞠さんと同等の存在だと思われている節があることに、少しばかり戸惑いを覚える。そして、そもそもの話に戻る。


「あと『女神』というのは、一体どなたのことですか?」

「はい、それは私が担当します」


 青山さんが、静かに手を上げた。


「『文化祭でメイド服を着させたいクラスの女子ランキング』では票が割れましたが『土下座をすれば露出の高い格好もしてくれそうな女子ランキング』では、堂々の一位なので」

「……『女神』って、都合のいい人の代名詞か何かだったんですか!?」


 青山さんの淡々とした説明に、私は脳がフリーズしそうになる。売春の世界で「神待ち」なんて言葉があるそうだけども、「神」をこんなにも都合よく利用していいものなんだろうか。

 それとも「捨てる神あれば拾う神あり」と言うくらいだから、「神」というのは意外とありふれた存在で、こんな風に扱っても大丈夫なのかな?


「匿名で行われた調査によれば、逆バニーも着てくれるという結果が出ています」

「そんな格好を生徒に許す教育機関があったら、もう日本の学校教育は完全に破綻してますよ……」


 私の悲痛な叫びにも構わず、青山さんはさらに畳み掛ける。


「でも、もし夏野さんが、実際に頼まれたら?」

「……う、うーん……まあ、どうしてもと、皆が心からそう願って、真剣に頼まれたら……人目に触れない範囲でなら……少しだけ、考えなくもない、かも……しれません……」


 自分でも何を言っているのか分からなくなってきたけども、半ばヤケクソでそう答えると「よし、OK出た!」と、三人はまるで大願成就したかのように固く握りこぶしを作った。その様子に、私は少々怯えた。今年の秋の文化祭で、一体何を企んでいるのだろうか。

 せめてクラス全員が退学になるような、社会的に抹殺されるような催しだけは、絶対に避けていただきたいと心から願う。


「はい、私は木村可憐です。えっと、夏野さんが『データキャラ』というのは本当でしょうか? 同じデータキャラの端くれとして、勝負を挑みたいのですが?」


 今度は、木村さんが静かに発言した。


「まず、何に対するデータキャラなんですか? スポーツのデータですか? 文化系の部活で活かせるデータですか? あと、『データキャラの端くれとして』と仰いましたが、そんなに巷にデータキャラって溢れてるものなんですか?」


 木村さんは無言で眼鏡をクイッと直した。その分厚いレンズの奥で、瞳が光ったような気がする。目が脳に近いため、感情が出やすいという与太話を聞いたことがあるけど、見えてもなお彼女が何を考えているのかまではたぶん分からない――無論、彼女自身が何を言っているのかよく分からないから、私が理解できない可能性も大いにあるのだけれど……。


「古……人づてに色々と聞いてたけれど、詳しく話さないと分からないこともあるんだ」

「んだんだ」

「カースト上位女子って一癖も二癖もあるイメージだったけども、夏野さんは話しやすいとデータを更新しておきましょう」


 データの更新は自由にして頂いても良いんだけども気になる発言があったので訂正を入れておく。


「私は、その、ピラミッドで言うと、最下層の人間ですよ?」

「たった一人で、このクラスの屋台骨になるとは……泣ける……」

「ほんとほんと!」

「んだんだ!」


 インフラ整備などに携わる人たちを「底辺」と見下す人がいるけれど、文字通り、底が抜けたら、その上で暮らしている人たちだって生活できなくなる。

 言葉尻だけで「底辺=下」と考える人は、何かを深く考えようとする気概が足りないんじゃないかな、と個人的には思う。

 それはそれとして、なぜ私がこのクラスの屋台骨にされているのだろうか。


「あの、データキャラを自称する木村さんに、ちょっと質問なんですけど」

「天上天下あらゆる全てを網羅した私に、死角はありません」


 その「天上天下」というのは、木村さんの視界や認識できる範囲内のことではないのだろうか? でもまあ、私も自分の見える範囲以外は想像でしか見えないけれども……。


「私の、スリーサイズとかは、ご存知ですか?」

「上から、ひゃ……」

「そこまでは行ってませんよ!? というわけで、データキャラを名乗るのはやめましょう!?」


 木村さんは私のツッコミに微動だにせず、真顔で続けた。


「間違った情報には、アップデートが必要です。常に最新のデータに」

「もしかして、本当に把握してたりしますか!? 今のは、ブラフじゃないですよね!?」


 慌てて、正しい数値を木村さんの耳元で囁いた。すると、彼女は小さく頷き、「この情報は3000円で売れる」と宣っている。

 データキャラを名乗るのにデータの管理がぞんざいであることが露呈したけども、わざわざ高いお金を払ってまで私のスリーサイズを知りたい人がいるとは思わないので、セーフ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ