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第28話

(Side 彼方)


「――さて、皆様、お待たせいたしました!」


 私は、わざとらしく咳払いを一つして、残された二人……輝夜さんと小鞠さんに向かって、できるだけ明るく、しかしどこか投げやりな感じで宣言した。


「これより『第104回・輝け!お姉ちゃん好感度ランキング』を開催いたします! ぱふぱふ~!」


 私の小粋なギャグと効果音に気づかなかったのか、あるいは単にスルーされたのか、返ってきたのは、すごく、すごーく、まばらな拍手だけだった……まあ、いいけど。


 実を言うとお姉ちゃんが部屋を出て行った後、わたしは、この勉強会という名目にかこつけて、どうにかしてお姉ちゃんに関する情報を二人から引き出そうと画策していたのだ。


 輝夜さんからは「まずは勉強をしましょう。目標は全教科満点よ」と、逆にこちらのテスト範囲と各教科の先生の発言内容を根掘り葉掘り聞き出され、洗いざらい吐き出させられた後だったので、この仕返し……いえ、情報交換は必須事項だ。


 それにしても……先生の発言なんていちいち全部覚えてないですよ? と泣き言を吐いたら「え?」と本気で不思議そうな顔をされた時はどうしようかと思った。

 小鞠さんの「輝夜はそういうの得意だから」という助け舟で、春川輝夜パイセンが、教師の発言内容をほぼ完璧に記憶しているという、恐るべき能力の持ち主であることが判明したけれど……正直、尊敬というよりは恐怖の方が勝った。


 以前、彼女がオタクグッズ購入のために、日々のノート代すら節約している、なんて話を聞いた時と合わせて、『何それ知らない……怖……』という心情になったのは、ここだけの秘密だ。


「あ、ちなみに、今の『ぱふぱふ』は、お姉ちゃんのおっぱいに顔を埋める時の効果音も兼ねておりますので、あしからず」


 なぜか輝夜さんからの拍手の強度だけが一瞬増したような気がしたけれど、残念ながら、ここでわたしがいくら「ぱふぱふ」と言ったところで、お姉ちゃんが来てくれて、その豊満な胸でぱふぱふしてくれるわけではない、という悲しい現実も、ここに追記しておきたい。


「私の知る限り、そんなランキング、今まで104回も発表されてなかったと思うのだけれど? そもそも一回も開催されたことなんてないのが正式な見解じゃないかしら?」

「もちろんです。そして、このランキングもまた、夏野彼方の独断と偏見に満ち満ちた、節穴ランキングである可能性が大である、ということも付け加えておきましょう!」


 本当はもっと前から「直接顔を合わせて、お姉ちゃん対策の作戦会議をしましょうよ~」という提案を、この二人からは再三にわたって受けていたのだ。

 でも、お姉ちゃんも最近、ようやく少しずつ明るさを取り戻してきたところだったし私としても、妹として、お姉ちゃんが何の気兼ねもなく、合法的に……いや、違法もへったくれもないけれど、とにかく何の胸のつかえもなく部屋から退室して、わたし達三人が水入らず(?)で話せる状況を作り出す必要があった。


 そのために、この「お泊まり勉強会」をセッティングしたというのに、その大事な会議時間の前に、まず勉強で小一時間近くも拘束されたのは、正直、ちょっと悔しい……!


「ふむ……まあ、良いでしょう」


 輝夜さんは、なぜか少し偉そうに頷いた。


「それで? 当然、一位は彼方さんに決定として、私は二位あたりに付けておきたいところだけれども」

「いやいや、輝夜さん。そこは『二位じゃダメなんですか?』精神を持つべきでしょう? 基本的に、こういう恋愛レースにおいては、一位の勝者としかくっつけないのが定石なんですから……」

「ま、まあ、それはそうだけど……でも、遥ちゃんの性格からして、たとえ彼方ちゃんがいなかったとしても、安易に一位を決めかねるような態度は取ってたと思う。現にわたしのどちらかが、うっかり好感度を下げるような発言をしちゃっても、絶対にもう片方を持ち上げてフォローしてくれるし……」


 小鞠さんが、ぼそっと「シュタルク様」と言った時も、部屋の中で輝夜さんが騒いだ時にも、お姉ちゃんは、すかさず「でも、お二人とも、それぞれすごく素敵なところがあるんですよ」みたいな、さりげない調子で、フォローというか、好感度が上がりそうな発言を続けてくれていたらしい。


 内容があんまりにもあんまりだったせいか、最終的には直接的に「二人とも、そういうところ、本当に素敵だと思います!」と言ってくれたみたいだけど、あれはきっと、「お願いですから、二度とそういう発言はしないでくださいね!」という、強い念が込められていたに違いない。


「……というわけで!」


 私は、話を元に戻すために、パン!と手を叩いた。


「同率三位からの発表と行きましょうか~!」

「大丈夫なの、彼方ちゃん? そのランキング、妙な忖度とか入ってない?」


 輝夜さんは、自分が当然二位だと確信している顔で、しかし「同率」という言葉に引っかかったのか、少しだけ訝しげな表情で聞いてくる。

 その一方、小鞠さんは穏やかな笑みを浮かべて、「ふふ、まあ、大体予想はつくかな」と、自分と輝夜さんが同率三位だろうなと正しく思っている様子だ。


 正直、このランキングの順位そのものには、大した意味はない。これは、むしろ、来たるべきXデー……つまり、慰労会と称して、千秋さんとお姉ちゃんがおそらく二人きりで出かけるであろうその日、その後をこっそりストーキングしたりしないでくださいね? という、二人への牽制けんせいを込めた、遠回しなメッセージなのだから。


 もし、「未成年をラブホテルに連れ込んだ不審な成人女性がいる!」なんて通報されて、せっかくお姉ちゃんのために「悪役」を買って出てくれようとしている千秋さんが、警察のお世話にでもなったりしたらあまりにも報われなさすぎる。


 それにこの二人がどれだけ完璧に変装したところで、その異常なまでのオーラと美貌は隠しきれない。絶対に周囲が騒ぎ出してすぐにお姉ちゃん本人に、彼女たちが後をつけていることがバレてしまうだろうから……。


「では、発表します! 第三位は……同率で、小鞠さんと輝夜さんです! ぱふぱふ~!」

「なんですって!? 私が三位!? しかも同率!?」

「わ~、やっぱり。予想通り~」


 先ほどの「ぱふぱふ」の時よりも、さらにまばらになった小鞠さんの拍手と、自分が当然二位だと確信していたので、心の底から驚愕している輝夜さんの反応。その対比が、あまりにもおかしくて思わず吹き出しそうになるのを堪えた。

 その輝夜さんの驚きようは、かの有名な剣客漫画で、盲目の強敵()魚沼宇水さんが自分に有利なはずの暗闇の中で、心眼を頼りに待ち構えていたにも関わらず、斎藤一に敗れ去った時の「何が可笑しい!!!」と叫んだ、あのシーンを彷彿とさせるものがあった。


「ただ、いくら同率三位だからといって、悲しむことはありませんよ?」


 慰めるように付け加えた。


「だって、お父さんやお母さんよりも、ずっとずっと上位なんですから!」

「ふふ、年頃の女の子なのにそこにお父さんが普通に入ってくるところが、やっぱり遥ちゃんの気立ての良さ、だよねえ」


 小鞠さんが、しみじみと頷く。


 確かにお姉ちゃんは、父親に対して変な嫌悪感を持っていない、珍しいタイプかもしれない。私達くらいの年頃の女の子が、自分の父親に対して抱く感情というのは……まあ、世間一般的に言っても、あまりポジティブなものではないことが多い気がする。


 私だって、もしお姉ちゃんが、普段から「お父さんはね、毎月ちゃんと私達が何不自由なく暮らしていけるだけのお給料を稼いできてくれてるんだよ」なんて、真顔で説明してくれなかったとしたら、いわゆる「年頃らしい嫌悪感」というか、少なくともあまり良い感情は持っていなかった可能性が高い。


 ただ、その感謝の念が行き過ぎて「お父さんの洗濯物も、私のと一緒に洗っちゃいますね」なんて言い出した時には、さすがにお母さんから「遥! いくらなんでも、乙女には恥じらいというものが必要よ!」と、結構本気で勧告を受けていたっけ。


 どうやらお姉ちゃんは、自分の下着が、一般的な同年代の子たちよりも人並み以上に大きいことが、父親に余計な負担……というか気まずさを与えている、と考えているみたいだった。

 別にお姉ちゃんの意思でそうなったわけじゃないのだし、そこまで気にする必要はないと思うんだけど……。


「さあ、気を取り直して! いよいよ第二位の発表です!」

わたしは、わざとらしくドラムロールを口で真似しながら、発表を焦らした。


「そして輝く第二位は………九重千秋さんです!!」

「――誰?」


 輝夜さんが軽くリアクションを間違えているので小鞠さんから指摘が入る。 


「もう輝夜ったら。あなた、少し前にその人の前で、それはもう盛大に号泣して。あまりにも泣き止まないからって、わたしがわざわざ迎えによこされたっていうのに、肝心の恩人の名前を覚えてないとか、いくらなんでも酷くない?」

「えっ!? あの人、そんな名前だったの!?」


 完全な記憶能力を持っているから忘れていたと言うより、忘れたい記憶だったのだろう――どこまでが演技か。


 ――ただまあ、肝心のお姉ちゃん自身は、その出来事を全く知らないわけだから、輝夜さんの好感度ランキングが三位に留まっているのは仕方ないし、おそらく小鞠さんも、この情報を自分の有利に……あるいは、輝夜さんの不利にならないように、敢えてお姉ちゃんには打ち明けることはないだろう。


 だからといって一位にいる私が、このままヒロインレースの覇者になれるかと言えば、それはまた別の話で。現実問題として、姉妹で結婚できる法律でも制定されない限り、私がお姉ちゃんに「抱いてください」とお願いするつもりは毛頭ない。お姉ちゃんを困らせるのは、わたしの本意ではないのだから。


「てか、第二位!? ちょっと待ちなさいよ! 私よりも上の順位ですって!? 小鞠はそれで悔しくないの!?」

  

 ようやく状況を理解したらしい輝夜さんが今度は悔しそうに、再び地団駄を踏みそうな勢いで叫んだ。

 しかし小鞠さんはそんな輝夜さんの剣幕にも全く動じることなく、冷静に、そして淡々と事実を述べた。


「いや、輝夜。そこは悔しいとかじゃなくて、客観的に考えてみてよ。や、どう考えても、千秋さんは遥ちゃんにとって大恩人には間違いないでしょう? 毎日、家から遠い高校まで車で送ってくれて、バイトのシフトだって、遥ちゃんが学校から帰ってきてギリギリ入れる時間に、わざわざ調整してくれてるって話だし。そもそも、あの子に纏わりついていた、あの酷いデマ……悪い噂を承知の上で、それでもバイトとして快く招き入れてくれたんだから。私たちとはそもそも遥ちゃんへの貢献度が違うというか……むしろ、今の私たちが千秋さんと対等に渡り合える要素なんて、一つもないと思うんだけどな」

「ぐぬぬ……」


 小鞠さんのあまりにも正論すぎる完璧な分析と反論に、輝夜さんは言葉を失い、悔しさのあまり以前お母さんに怒られたのを思い出したのか、今度は足ではなく、両手を握りしめてジタバタと空中で振り上げたり下げたりするだけだった。



 でも、小鞠さん……そんな風に自分が知っている情報を全部正直に後出しで喋っていると、いつか輝夜さんに、その優位な立場をひっくり返されちゃうかもしれませんよ? ……まあ、私はヒロインレースの覇者の座は譲るつもりはないから、黙っておくけど……ふふん。



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