第27話
女三人寄れば姦しいなんて言葉があるけれども。さほど騒がしくなることもなく、それぞれがマイペースに課題に取り組むという形で勉強にも集中できた。
気づけば窓の外は茜色に染まり始めていて、あと数十分もすれば夜の帳が下りるだろう。
私は夕飯の準備をするために、そっと自室から退室した。
入れ替わりに彼方ちゃんがひょっこり部屋に入っていき、きっと今頃、優秀なお二人から期末考査に向けてのありがたいレッスンを受けているに違いない。
それにしても驚いたのは、なんでも私がお二人と仲良くなるずっと前から、彼方ちゃんは彼女たちと交流があったらしい、ということだ。
特に小鞠さんとは高校入学直前の三月からの付き合い……つまりは、わたしよりもよっぽど古株の関係だという。
そういえば、以前、バイトからの帰り道で小鞠さんが待っていたことがあったけれど、あれもただの偶然ではなく、彼方ちゃんとの間に何らかの繋がりがあった上での計算された行動だったのかもしれない。
だとしたら私が知っているつもりのことなんて、その人の持つ情報の巨大な氷山の一角みたいなもので、簡単に他の人のことを分かった気になってはいけないのだな、と改めて思った。
キッチンに入ると母が既に夕飯の下ごしらえを始めていた。エプロン姿も様になるあたり、さすが元タレント、と言ったところか。
「お母さん。娘が、お手伝いに馳せ参じに参りました!」
「にじさんじ?」
「私のこの言葉遣いの方がよっぽど昔からある、由緒正しいもののような気がしますが!?」
とりあえず私は母の隣に立ち、料理の下ごしらえ……まずはハンバーグ用の玉ねぎを刻む作業に取り掛かった。レンジでチンをして、しんなりさせた刻み玉ねぎを熱したフライパンに入れ、焦げ付かないように、かつ火の通りが均一になるように、右手に持った木製の炒めしゃもじでリズミカルにかき混ぜつつ、左手でフライパンを軽く振る。その、一連の作業に集中していた時だった。
「……で」
隣で別の作業をしていたはずのお母さんが、不意に、しかし妙に真剣な響きを帯びた声で、私に問いかけてきたのだ。
「結局、どちらがあなたの『本命』なの?」
「え?」
私は思わず手を止めて、母の顔を見た。本命? その単語は、主にバレンタインデーの時期に「義理」と共に飛び交う言葉のはずだ。
あの二人……つまりは輝夜さんと小鞠さんに対して、私が抱いている感情は、間違いなく「友」一択だった。
あれ? なんだか、お母さんの視線が妙に厳しくなったような……?
「…ええと、お母さん? 本命の『友人』ということでしょうか?」
私が恐る恐る聞き返すと母は呆れたように、はあ、と大きなため息をついた。
「いやねもう、何をカマトトぶってるのよ、遥。 まっすぐ聞きなさい。どっちと将来的に子作りしたいかってそういう話をしてるのよ」
「どうやったら、現代の人類史において未だ誰も成し遂げていないであろう、同性同士での子作りが可能になるんですか!? 不可能ですよ! それ以前に、第一、彼女たちとはそういう恋愛関係では断じてありませんが!?」
私は全力で否定した。
未来永劫絶対に恋愛関係にならない、なんてことは、予知能力もタイムマシンも持っていない私には分かりかねますが……。
だいたい、友人二人……それも同性を家に連れてきて、お泊まりまでするということに関して、宿泊を許可して頂いている以上、我が家の母にも、そしておそらくは、小鞠さんと輝夜さんの親にも「まあ、娘同士で仲良くテスト勉強をするだけ」という認識があるはずだ。
よもや、「ウチの娘は、今日あたり友人の家で将来の伴侶を見つけて、子どもを作って帰ってくるかもしれないわねウフフ」なんて、とんでもない妄想を抱いている親がこの現代日本に存在するはずが……あ、目の前に一人。
「え? でも」
しかし、私の常識的なはずの思考は、目の前の母によって、いとも容易く打ち砕かれた。
「小鞠ちゃんも輝夜ちゃんも内心では、あわよくば遥の子どもを妊娠するチャンスだってもくろんでいるわよ? きっと。女の子同士でも、最近はいろんな方法があるんだから」
さらりと、現代医学の可能性にまで言及しながら、とんでもない爆弾発言を投下する。
「母と娘が! 夕飯の支度をしながらするトークの内容なんですかね、これは!!」
私は炒めていた玉ねぎをフライパンから盛大にぶちまけそうになるくらいの勢いで、全力で叫んだ。
「まあまあ、落ち着きなさいな」
母は私の激しい動揺ぶりを、どこか楽しんでいるようにすら見える、余裕の笑みを浮かべている。
「ただね、遥。お母さん、少しだけ心配なのよ。あんなに可愛い子たちが二人も、あなたに特別な好意を寄せているように見えるのに、あなたが全くその気がないように見えるから。もしかして無意識のうちに、二人の純粋な気持ちを弄んでしまっているのではないかしらってね」
「も、弄んでなんかいません! きっぱりと否定させていただきます!」
私は、顔を真っ赤にして反論する。
「お二人にも失礼です! 私と子どもを作りたいとか、妊娠のチャンスを窺っているとか、そんなこと絶対に考えてませんから!」
思春期まっただ中のちょっと夢見がちな男子中学生が、クラスの可愛い女の子に少し優しくされただけで「あれ? もしかして、俺のこと好きなのかな?」と、都合の良い勘違いをしてしまうというのは、まあ、ある意味微笑ましい(場合もある)のかもしれない。
けれど、交流をし始めてからまだ一ヶ月も経っていない、この微妙な距離感の現状において、彼女たちが私に対してそんな恋愛感情や、ましてや子作り願望を抱いているなんて、本気で考えること自体が相手に対してとても失礼にあたると思うのだ。
それを外部の人間……たとえそれが実の母親であっても、面白半分に「あの二人は、あなたに気があるのよ!」なんてからかうのは、娘として、友人として、断じて許容できない。
お母さんがそんなことを言って、万が一にも彼女たちの耳に入ったら、母の評価…株が下がってしまうではないか。普段から常日頃、何かとお世話になっている、この美しい母が、世間から後ろ指を指されるような事態は娘として全力で回避したいのだ。
もし、お母さんが実は裏で何かとんでもない悪事を重ねていて(ラブコメ的な意味ではなく)、それが暴かれて社会的な制裁を受けるというなら、それはもう致し方ない部分もあるかもしれない。けれど、ただの元タレントの、ちょっとお茶目(?)な専業主婦である母が、あらぬ誤解を受けるような言動をするのは、やっぱり見ていられないのだ。疑いをかけることすら、失礼だというのに!
「ハァ~~~~~~~~~~~~~~~~」
「よもやのクソデカため息!? すごい肺活量でビビりましたよこっちは!?」
ラブコメの主人公がすっごい鈍感で「キミさぁ、そこまでされて好意に気づかないとかある?」って思うときにため息をつくことはあるけど、私のため息の十倍は長い間、娘に対して期待を裏切られた感を醸し出しながらため息をつかれましたよ!?
「ハァ~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」
「よもやの二回目!? 誰の気持ちを代弁しているか伺ってもよろしいですか!?」
期待に応えるより期待を裏切る感の強い人生だったとは自責しますが、今までここまでの反応をされた覚えはないので軽くどころか大きく戸惑ってますよ!?




