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第26話

 あの後、結局どうやって勉強会が始まったのか、正直あまり記憶がない。輝夜さんのコスメアプリ談義に花が咲き、気づけばスマホの画面を見ながら三人できゃっきゃしていたような気がする……いや、主に盛り上がっていたのは輝夜さんと小鞠さんで、私は相槌を打っていただけだったかもしれないけれど。


 ただ、輝夜さんが主導してお店……昼食をとる場所(私の提案はスルーされた)を決めたことに対して、あの時、隣にいた小鞠さんが内心どう思っていたのか、今となっては少し気になる。

 もしかしたら「また輝夜は勝手に……」と、少しは疑問を持つべきだったのかもしれないな、なんて後から思ったけれど、その時の私には、そんな余裕はなかった。


 だって、外は、まだ6月だというのに、真夏のような日差しがアスファルトを焼いていたのだ。

 セミこそまだ鳴いていないけれど、じっとしているだけで汗が噴き出し、遠くの景色が陽炎で歪んで見えるようなそんな猛烈な暑さ。

 いくら季節の移ろいが自然の摂理で峠を越せばこの暑さもいずれ収まっていくのだとしても、カレンダーがまだ6月を示しているという事実は、これから訪れるであろう本格的な夏本番……。


 だからこそ、かもしれない。ややもすれば熱中症で倒れそうな暑さの中、重い足取りで歩いていた我々三人は「ねえ、すぐそこにオススメのお店があるんだけど、寄っていかない?」という輝夜さんの鶴の一声に、一も二もなく同意してしまったのだ。


 とは言っても唐突に怪しげなメイド喫茶とか、そういうコンセプトカフェみたいな場所に連れて行かれて「はい、これがあなたの本日の衣装よ」なんて、破廉恥極まるような露出度の高い服を渡されて、「お客様100人から指名を取るまで、ここから一歩も出ることは許さないわ」とか、そういう無理難題を押し付けられたわけでは、もちろんない。


 連れてこられたのは幸いなことに、全国に展開している、ごく普通のファミリーレストランだった。

 少なくとも文明の利器である冷房はガンガンに利いていそうだったし、それだけでもう天国だ。

 我々は入り口で「ふふん、どう? いいお店でしょう?」と、チラリとこちらを見て、どこか得意げにほくそ笑んだ(ように見えた)輝夜さんに対して、特に何も言うわけもなく、素直に入店し、案内された席についてグランドメニューを開いたのだった。


「あらあら、なにをしているの。 遥も小鞠も」


 しかしそんな平和な時間は長くは続かなかった。輝夜さんが、まるでそれが世界の常識であるかのように、きっぱりと言い放ったのだ。


「ココに来たら、頼むのは当然、今やっているコラボメニュー一択と相場は決まっているのよ」


 その言葉に私の隣の席……通路側に陣取っていた小鞠さんの雰囲気が、明らかに変わったのを、私は敏感に感じ取った。

 彼女はテーブルの下で、小さな握りこぶしをギュッと作っているのが、視界の端に見えた。

 表情はいつもの優雅で穏やかな笑顔を崩していない。だというのに、その身から放たれるオーラは、まるで怒りの炎のように赤く燃え上がり、テーブルの下では、きっとその足が、見えない速さで小刻みに震えているに違いない――まるで、水面下では必死にバタ足を続ける、優雅な白鳥のように


 私としては何かの限定アニメグッズがもらえて、それで輝夜さんが喜んでくれるならそれで御の字だったし、最悪でも、ちゃんと食べられる程度の物品……つまりは普通の食事が提供されるのなら、それで良かったのだけれども。どうやら小鞠さん的には、そうではなかったらしい。


 私はこの場の空気が凍り付く前に、必死で仲裁に入ることにした。


「ま、まあまあ、小鞠さん、落ち着いて。せっかくだから、そのコラボメニュー、頼んでみましょうよ。美味しそうじゃないですか?」


 私がそう言ってメニューの写真を指差すと、小鞠さんはふわりと、いつもの陽だまりのような慈愛に満ちた微笑みに戻って、こう言ったのだ。


「……そうね。でも、もし、このコラボメニューの味が、わたしの期待を著しく裏切るような代物だったら……その時は東京湾にでもばらまかれる覚悟はあるのよね?」


 友人を魚のエサ……もとい、コマセにした恐るべき漁業計画の予告。それは、さすがの輝夜さんの背筋をもピンと伸ばさせるのに充分な効果があった。


「ひぃっ! も、もちろんよ! 味は保証するわ! だってこの私がオススメするんだもの! あそうだ、今日のお代は全部、わたしの奢り! 私がぜーんぶ奢るから! ね!?」


 輝夜さんは、必死の形相でそう宣言した。


「あの……輝夜さん。もしかして、輝夜さんは、このコラボメニューについてくる、シークレットレア確率0.1%とかいう、鬼畜仕様の限定グッズが、どうしても欲しいんですよね?」


 私はメニューの隅に小さく書かれた注意書きを指さしながら、核心たぶんを突いた。


「こういうのって今どきガチャみたいなことしてるんですね……なんか、景品表示法とか、そういう法律に引っかかりそうな気も……」

「ち、違うのよ遥!」


 輝夜さんは、ぶんぶんと首を横に振って否定した。


「これは、わたしが! 個人的に! ただただ浪費をしたいだけなの! そして、そのついでに、ちょっとだけあなたたちにも、おなかいっぱいになって貰いたいなって、そう思っただけなのよ! 決して、あの限定アシェラちゃんのアクキーが欲しいとか、そういう邪な気持ちは、一切、これっぽっちも、ないんだからねっ!」


 まあ、当たらないだろうな、と思いながらメニューを選んで、万が一にも欲しいものが当たったら「わーい、偶然ってすごいなあ!」って喜べるけれど。

 こんな風に当てようと周りから期待されて、みんなの注目を一身に浴びながら景品くじに臨むというのは、正直プレッシャーだ。


 まあ仮にここで外れたとしても「残念だったねぇ」で済むはずだし、よもや「期待外れだから、代わりに遥ちゃんを東京湾のコマセにするね」なんていう、恐ろしい展開にはなるまい。……ならない、よね?


「でも、遥ちゃんのガチャ運が良いってのは、わたしも聞いてるけど、」


 小鞠さんが、少しだけ疑うような目で私を見た。


「こういうなんていうか、ちょっとこすいことをやらせる系のコラボグッズでも、ちゃんと当てられるものなの?」

「うーん、こういうランダム形式のグッズでやったことはないんだけど……」


 私は少し考え込む。


「一度だけ彼方ちゃんの頼みで、なんかオンラインくじみたいなのを引いたことがあって。その時によく分からないまま引いたら、なんか一番良い賞……特賞的なものが当たったことがあるから、もしかしたら今回も行けるかも……しれないです」

「へえ、一度だけ? そういうのって、コラボって結構、頻繁に行われてなかった?」

 

 小鞠さんがさらに尋ねてくる。


「あ、いや、それが……」


 私は少し言い淀む。


「その時、彼方ちゃんが『これは無料だから大丈夫!』って嘘をついて私に引かせて……後でそれが、まあ、それなりのお値段がするものだってことが判明しまして……家に商品が届いたときに、ちょうどお母さんにバレて、それこそ目玉が飛び出るレベルで怒られました……それ以来、わたしはガチャ関連は無料分以外、絶対に手を出さないことって固く誓わされて」


 ……最初に彼方ちゃんが「これは1回1500円で引けるんだよ」って正直に言ってくれていれば「え、もうお金払っちゃったの? じゃあ、元を取るためにも全力で頑張るね!」ってなったかもしれないのに。機会があったにも関わらず、無料だと嘘をついてしまったばかりに……。


 お姉ちゃんである私の方はもちろん、「妹の監督不行き届き! なんの疑いもせずに相手をすぐに信じて、相手のためになるような行動ばかりするのはもうやめなさい!」ときっつい口調で怒られたんだった。


 当時はなんで自分までこんなに怒られなきゃいけないんだって、微妙に釈然としない思いを抱いていたけれど、今ならなんとなく分かる気がする。

 世の中って、案外、他人を上手く利用して、自分だけが得をしようと虎視眈々と企む人間がいっぱいいるから。

 芸能界っていう荒波で長年揉まれていたお母さんからすれば、娘の私が、そういう悪意に無防備なまま利用されないようにと強く願ったんだろうな、って(なお中学時代)


「……と、とにかく!」


 私は気を取り直して、目の前のコラボメニューに付いてくるであろう、ブラインド仕様のグッズ(おそらくアクキー)に意識を集中させた。


「よし、お願いします、神様! どうかこの健気な輝夜さんに、最高の幸運を授けてください! なんでもしますから!」

「ん? ちょっと待ちなさい、遥。今『何でもする』って言ったわよね?」


 すかさず、隣から輝夜さんの鋭いツッコミが入る。


「神様に、ですよ! 神様に言ったんです!」


 この言葉尻を捉えて、もし万が一、神様が唐突に目の前に権現あそばされて「ほう、小娘よ。今、何でもすると申したな?」とか言い出したら、不敬を承知の上で丁重にお帰り頂くしかないけれども。そもそも、全知全能の神様ができないようなことを、このしがない夏野遥ができるとは思えない。


 ――まあ、隣にいる輝夜さんや小鞠さんが、「自分の方が美人だから、奇跡くらい起こせるわ」とか言って、本当にすごいことをしでかすんだったら、ワンチャンあるのかもしれないけれど……。


 結局、私と輝夜さん、そして小鞠さんも、それぞれ例のコラボメニューを注文した。運ばれてきたのは、キャラクターの絵がプリントされた海苔が乗っている以外は、ごく普通の、しかし値段の割には量が圧倒的に少ないワンプレートだった。


 「……ふーん、これで2000円?」小鞠さんが、ぼそっと小さな声で、しかし明らかに不満そうな呟きを漏らした。

 確かにお子様ランチレベルの量でこの値段は、成長期の(過ぎた?)我々には少々の不満……というか、物足りなさを感じさせる。

 でももう一個追加で注文して、輝夜さんにさらなる金銭的な負担をかけてもらうのも、なんだか申し訳ない。


 それに、今日の夕飯は、わたしが腕によりをかけて作る予定なのだ。材料に関しては、お母さんや彼方ちゃんが、気を利かせて既に買ってきてくれているはずだし。(テストも近い彼方ちゃんが、わざわざ買い出し班になっているのは「なんの条件もなしに、お姉ちゃんにテスト勉強を見てもらうわけにはいかないから!」という、彼女なりの律儀さ故らしい……ありがたいけれど、中学生の勉強を教えられるだろうか……分からない問題があったらどうしよう……)


「それにしてもこのグッズもこれ、シュタルク様くらいちっさ」


 小鞠さんがプレートの隅に置かれた中身が見えない銀色の袋をつまみ上げ、不満そうに言った。


「いくらなんでも食べるところでシュタルク様のちっさを言うのは、ちょっと良くないと思います……」

「……」


 輝夜さんは黙々と中身の見えないアクキー入りの袋を、ファミレスの電灯に照らしながら、じーっと真剣な顔で見つめている。その姿は、まるでレントゲン技師か、あるいは透視能力者かのようだ。


 あんまりにも彼女が真剣に袋を眺めているものだから、隣の小鞠さんが、いたずら心を発揮して、自分のプレートに乗っていた小さなソーセージ(ポークビッツ?)をフォークでぷすりと刺し、それを輝夜さんの目の前に突き出して、


「はい、輝夜ちゃん、これ、シュタルク様だよ~」


 と、真昼間の健全なファミリーレストランにおいて、口にするのもはばかられるレベルの、痛烈な下ネタをぶっ込んできたのだ。


 その瞬間、私と輝夜さんは同時に噴き出し、テーブルに突っ伏して、腹筋が捩れるほど笑い転げてしまった。涙が出るほど笑ったのは、本当に久しぶりだったかもしれない。もちろん、そんな奇行に走る女子高生二人(と、その横で涼しい顔をしている美少女一人)は、店内の多くのお客様から、大変不審なものを見るような、冷ややかな視線を浴びることになったのだけれども。


 ……ちなみに、その後、開封した戦利品は、見事、私の引いた袋から輝夜さんお目当てのシークレットレア・アシェラちゃんのアクキーが登場し、飛び跳ねながら喜んだ輝夜さんだったけど「ウチに穴を開けるのは~」とお母さんに怒られてしまい、ひとまず我々は本懐を成すために努力に励むことになった。


 ゆ、夕飯前に一通り対策を終えないと「遥は勉強」とお母さんに台所から退席させられちゃうからね、集中集中。



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