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第13話

side 小鞠


 信用っていうのはガラス細工みたいなものだ。築き上げるのには途方もない時間と繊細な注意が必要なのに壊れるのはほんの一瞬。

 ましてや、一度ヒビが入ってしまったものを元通りにするなんて、ほとんど不可能に近い。

 ゼロから、ううん、マイナスから信頼を得るなんて、どれだけ大変なことか……。


 輝夜が、青葉ヶ丘高校で「かぐや姫の生まれ変わり」なんて呼ばれて、みんなの憧れの的になっているのは、わたしが一番よく知っている。

 だからこそ、その完璧なイメージが崩れること……例えば、隠していたオタク趣味が露見することなんかを、人一倍恐れていることも。


 オタクだって別に悪いことじゃないのにね。でも、彼女にとって、今の「輝夜」でいることは、きっとすごく大事なことなんだろう。それが、たとえ「高校デビュー(笑)」で手に入れた、少し窮屈な鎧だとしても。


 その大事なイメージを守るために、そして何より、やっと少しだけ距離が縮まりそうだった夏野遥ちゃんとの関係を、自分の失言(?)で壊しかけてしまったことに、今、目の前で輝夜は盛大に落ち込んでいる。


 わたしの部屋のベッドの上で、膝を抱えて、頭を下げて、背中を丸めて……見事なまでの、完璧な体育座り。ここまであからさまに凹んでいる姿を見るのは、久しぶりかもしれない。


「だって……」


 か細い声で輝夜が何かを言いかけるけれど、それに続く言葉は出てこない。声も小さいし、いつもの覇気が全く感じられない。

 気分の低下は、当然、口調や態度にも現れるものだけど、ここまで言葉が出てこなくなるのは、相当参っている証拠だ。


 相談に来てくれたのは嬉しいけど、ろくにこちらと目を合わせようともしないし、普段なら、ガチャの結果だの、アニメや漫画の感想だので、良くも悪くも感情豊かに一喜一憂する余裕すら、今の彼女にはないらしい。

 完全に、自らのミスで袋小路に迷い込んで、どうしていいか分からなくなって、平気な顔もできず、かといって一人でいることもできずに、わたしのところに泣きついてきた、ってところかな。


 まあ、こういう時、友人としての役目はいくつかある。まずは共感する言葉を述べて、当人の自己肯定感を少しでも回復させてあげること。

 必要なら元気づける言葉をかけること。そして何より、今日明日中に無理やり「気を晴らせ!元気を出せ!」なんて、無茶をさせないこと。落ち込む時は、とことん落ち込む時間も必要なのだから。


「…しょうがないわね」


 私は、できるだけ穏やかな声で言った。


「落ち込むのは分かるけど、とりあえず、うじうじしてても始まらないでしょう? ひとまず何かアニメでも一緒に観ましょうか? 気分転換になるかもしれないし」


 輝夜が抱えているこの悩み……特に遥ちゃんとの関係については、最終的には輝夜自身が一人で向き合って、解決するべき筋合いのものだと思う。

 わたしがいつまでも隣で手を引いてあげるわけにはいかないのだから……でも、こうして長年の友人が、子犬みたいにしょんぼりと気落ちして、明らかに助けを求めてわたしの部屋までやって来たとなれば、手を差し伸べないわけにはいかないでしょう?

 世間一般で言うところの「友人関係」っていうものだと、わたしは認識している。


「…でも……遥は、」


 輝夜が、ようやく顔を上げて、か細い声で言った。


「私がこうやって急に凹んでるのを知ったら……きっと、すごく気にして、心配しちゃうと思う……また無理しちゃうかもしれないし……」


 ああ、ほら、やっぱり。そういうところなのよね、この二人は。お互いに優しくて、相手のことを思いやれるからこそ、変に気を遣いすぎて、かえって距離感が掴めなくなって、すれ違ってしまう可能性がある。


 ……彼女が言うには、コンビニのバイトというのは極めて忙しいらしいから、仕事に没頭することで、対人関係の悩みなんかは一時的に紛れているのかもしれないけれど……。


「だったら、尚更じゃない」


 私は少しだけ声のトーンを上げた。


「じゃあ『憧れられた私』の仮面を被って、自信を持てるようになるまで時間を作って、それで、また遥ちゃんと1から交流をし直すつもりなの? せっかく彼女のバイト先にまで押しかけて、大きなきっかけ作りをしたっていうのに」

「そ、それはぁ……」


 さっきまで少し持ち直しかけていた輝夜が、私のやや強めの、直接的な物言いに、まるで塩をかけられたナメクジのように、再び小さくなってしまった。


 ……いけない、ちょっと言い過ぎたかしら。でも、ここで甘やかすだけでは、きっと何も解決しない。

 私は心を鬼にして、今度は回りくどい言い方を一切せずに、もっと力強さを増して、彼女の背筋をシャキッとさせるように、ややもすれば脅かすくらいの勢いで、言葉を続けた。


「いい、輝夜? 褒め言葉とかポジティブな言葉っていうのは、確かに言われれば気持ちがいいかもしれないけれど、相手がそれを信じられていなければ意味がない」

「……」


 輝夜は、ぐうの音も出ない、といった様子で、ただ黙って俯いている。


「いいこと? よく聞きなさい。たぶん、遥ちゃんは、あなたの昨日の態度とか、今日の昼休みのこととかの色々含めて、でもやっぱりあなたに嫌われたくなくて、きっと全力で『気にしないでください!』って感じで謝ってくると思うわ。だから、あなたはまず、それを受け入れること。そして、かつ、彼女の自己肯定感を増す方向に、さりげなく話題を持っていくこと。 いいわね?」

「……難しいよぉ


 輝夜が、消え入りそうな声で呟く。


「当たり前でしょう!」


 私は、今度こそ呆れたように言った。


「相手と仲良くなる、信頼関係を築く、というのはね、まず相手が『この人と仲良くなりたい』って思ってくれるところから始まるのよ。最初から何もかも、自分の都合の良いように、何の障害もなくスムーズに行くものですか。今回のわだかまりは、元はと言えば、あなたが作ったんでしょうが」

「……厳しい……」


 輝夜は、ぽつりとそう漏らした。


 ええ、厳しくもなるわよ――だって遥ちゃんは、わたしから見ても、文句なしに好意に値する、本当に、本当にいい子なんだから。

 できることなら、わたし自身が彼女の隣のポジションに成り代わりたいくらいに、ね。


 そんな素敵な子を不用意な言動で傷つけて、おろおろしているだけのあなたには、これくらい言わないと伝わらないでしょう?

 私は、心の中でだけそう呟いて、再び輝夜に向き直った。さあ、ここからどうやって、この不器用な親友の背中を押してあげようか。

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