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第11話

 人との繋がりは大切だ。それは分かっている。けれど、その繋がりを築き維持していくのは、私のようなコミュニケーションスキルに難のある人間にとっては、時に砂漠を一人で歩き続けるような、途方もない努力を要することなのだ。


 疑いを持たれたら相手が納得するまで、ひたすら誠意を示し続けなければならない……まあ、そもそも自分が原因で信頼を損なったのなら、それは自業自得で、文句を言う資格なんてないのだけれども。


 目の前では校内でもトップクラスの美少女二人が、私のために時間を割いてくれている。この異常な状況に私はどうにか着地点を見つけようと、恐る恐る口を開いた。


「あの、小鞠さん、輝夜さん……せっかくお二人でいらっしゃるのに、私が間に入るのも、なんだか申し訳ない気がしますので……やはり明日からは、お二人だけでご一緒に食事をされるべきかと、存じます……」


 これは、私なりの最大限の配慮のつもりだった。容姿端麗というのは、悲しいかな、この人間社会において絶対的なアドバンテージとなり得る。

 美少女や美少年であれば多少、常識から外れた言動……例えば、かの有名なアニメのヒロインのように「ただの人間には興味ありません!」なんて宣言したとしても、「おお、クール!」みたいな反応で許されるのだろう。


 しかし、これがもししがない容姿ランクFの私が同じセリフを口にしたとしたら、「そうか、奇遇だな。私もお前のような人間には全く興味ないぞ。思い上がるなよ、雑草」と、冷たく返されて終わるのが関の山だ。


 こと、この青葉ヶ丘高校我が教室においては「どちらの可愛い具合がより上位か」で、男子生徒たちの間で密かな論争が日夜繰り広げられている(らしい)という、容姿ランクのツートップ……輝夜さんと小鞠さんが、今、私の目の前に揃い踏みしているのだ。

 この光景、この立場になりたい、少しでもあやかりたいと願う生徒は、おそらく校内に数えきれないほどいるはずだ。

 そんな貴重な空間に私のような者がいつまでも居座るのは、やはり場違いだろう。


 私の遠慮がちな提案を聞いて小鞠さんはすぐに返事をせず「んー」と、まるで可愛らしい小動物が何かを考えているかのように、ハミングするように小さく唸った。

 きちんと口の中に含んだものを飲み込んでから、という育ちの良さが窺える仕草だ。


 一方、輝夜さんは、先ほどのオタクトークの熱量が嘘のように、今は若干緊張した面持ちで、黙秘を貫いている。

 その様子は、やはりこの二人の間の微妙な力関係……あるいは、長い付き合いの中で培われた独特の距離感を示しているようでもあった。


 つまりはこの状況、ふんわりとした見た目に反して、意外と策士かもしれない小鞠さんが「イエス」と言おうと「ノー」と言おうと、輝夜さんはおそらくそれに同調する。

 結果として私が少数派……というか、蚊帳の外になるのは、ほぼ間違いないだろう。


 もっとも「じゃあ、明日からは二人で食べるわね」となれば、それはそれで私の望み通りなので、全く問題はない。

 私は、心の中でそっと祈るような気持ちで、輝夜さんに目線を送ってみる……しかし、彼女はこちらの切実な願いを込めたアイコンタクトを、華麗にスルーしている。


 これは私の気づかぬうちに、何か彼女の機嫌を損ねるようなことをしてしまい、好感度が著しく低下した結果なのでは…!? と新たな不安が頭をもたげる。


 私の切実な願いを込めたアイコンタクトを輝夜さんが華麗にスルーした、まさにその時だった。隣の小鞠さんがまるで全ての計算を終えたかのように、にっこりと天使の微笑みを浮かべて輝夜さんの方へと話を振ったのだ。


「ねえ輝夜は、どう思う? 遥ちゃんの、その、手作りのお弁当…とっても美味しそうだし、毎日違うメニューで栄養バランスも考えられてて、素晴らしいと思うの。だから、そのおすそ分けを、ぜひとも賜りたいよね? ね?」


  自分で「イエス」とも「ノー」とも言わずに、最終的な判断を相手に委ねる(ように見せかけて、答えの方向性を誘導する)高等テクニック! これはアレだ、パートさんが休憩室に持ってくる、ちょっと趣味の合わない、でも断ると角が立ちそうなお土産のお菓子を、「〇〇さんも、これ、美味しいからどうぞ〜」って周りに勧めながら、断れない空気を作り出すあの感じと全く一緒だ……! 

 判断を人任せにするな、と心の中でツッコミたいけれど、昼食を一緒に食べるか食べないかという問題を、ここまで複雑な心理戦に持ち込む必要があるのだろうか……!? 肝が冷える思いだ。


 しかも、ここで輝夜さんが「いえ、おすそ分けは結構よ」なんて断ろうものなら、彼女の言葉を借りれば「校内でも一、二を争う美少女」である小鞠さんの顔に泥を塗ることになりかねないし、私(が気にしないとしても)に対しても微妙に角が立つ。まさに八方塞がりだ。


 輝夜さんは、一瞬だけ逡巡するような表情を見せたが、すぐにいつもの理知的な顔つきに戻り、こう答えた。


「そうね……。昨日の今日で、少々食生活のバランスが乱れているのは否めないし、諸事情から今後しばらくは栄養面には特に配慮をしたいと考えていたところよ。もし美味しいものを頂けるというのであれば、それは歓迎すべきことだわ」


 『ネコ娘』コラボ商品の大量買いによって、著しく偏ったであろう食生活(または金銭的なダメージ)への反省と、今後も同様の事態を繰り返す可能性を示唆しつつ、それを正当化するためにも普段の食事は質素倹約・栄養バランス重視でいきたい、という強い意志の表れ……に違いない。

 いや、たぶん、そんな深読みをしなくてもいいのかもしれないけれど、何も言うまい。


「…というわけで、」


 小鞠さんは、満面の笑みで私に向き直った。


「輝夜がお望みなので、明日からも一緒にお昼、決定ね! よろしくね、遥ちゃん!」


 もはや、私に選択肢は残されていなかった。


「ハイ」


 力なく、しかしはっきりと、私はそう返事をするしかなかった。


 結果的に、私の願いは叶ったわけだ。平時は一人で黙々と食べていた昼食を、時折でも誰かとお喋りしながら過ごすというのは、高校生らしい、ささやかな憧れでもあったのだから。

 その相手が校内トップクラスの美少女二人だなんて、望外の喜び、と言ってもいいのかもしれない。


 でもね?


 正直に言えば、今の私の心境は、ただ「嬉しい!」だけではなかった。それは例えるなら、「ああ、お昼はお肉が食べたいなあ……」ってぼんやり考えていたら、目の前にいきなり、最高級の但馬牛A5ランクの、分厚いシャトーブリアンのステーキが、ドン! と差し出されたような感じだ。嬉しい。嬉しいけど、あまりにも規格外すぎて、どう扱っていいか分からず、ただただ呆然としてしまう、あの感じ。


 友人にランク差なんて設けるほど、私はイキった人間ではないつもりだ。けれど、どう考えても、私と彼女たちとでは住む世界が違う。これ以上ないくらいの上位存在である彼女たちと、これから対等な友人関係(?)を築いていくなんて、想像しただけで胃が痛くなりそうだ……。

 私の、せっかく少しだけ色を取り戻し始めた学園生活は、これから一体どうなってしまうのだろうか……。

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