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第10話


 それにしてもソーシャルゲームのガチャというものは、現代社会が生んだ偉大なる発明なのか、それとも悪しき文明の極致なのか……下手に「ガチャは射幸心を煽る! 規制すべきだ!」なんて声を大にして批判しようものなら、どこかの誰かに目をつけられて、人気のない山中に埋められたり、ドラム缶に詰められて東京湾に捨てられたりする羽目になりかねないような、そんな物騒な気配すら感じる。考えすぎ? いや、でも……。


 この世界は米花町だったり、名探偵の孫が行く先々で殺人事件を引き起こすような、物騒な漫画の世界とは違うはずだ。

 現実の日本において殺人に手を染めるには精神的にも物理的にも、相当高いハードルがある。それは分かっている。


 しかし、様々な利権が複雑に絡み合ったり、あるいは社会への不満を募らせた誰かが凶行に及んだりする可能性は、決してゼロではないのだ。

 自分がどれだけ真っ当に生きているつもりでも、どうしようもない運の悪さで凶悪な犯罪に巻き込まれてあっけなく命を落とす可能性だって、残念ながら否定はできない。


 それが嫌だからといって誰とも関わらず、永遠に一人で部屋に引きこもって過ごそう、なんて言えば、今度は孤独死のリスクが待っている。

 老年期に誰にも看取られず部屋の中でひっそりと息を引き取り、発見されるまでそのまま白骨化……なんて未来も、それはそれで避けたい。

 ああこの世の中ってのは、本当にどうして、こうも上手いこといかないのだろうなって思う――まるで八方塞がりじゃないか。


 ……もし、この世界を創造した「神」って存在がいるとするならば、その神様は、よほどの性格の悪いサディストか、あるいは逆に、よっぽど達観していて、人間一人の生き死になんて宇宙の塵ほどにも気にしない、ドライでクールな種族か、きっとそのどちらかなのだろう。

 しかも、死なない限りその神様には出会えないっていうのがミソで、いざ死んで会いに行ったとしても、元の場所にはもう帰れないってのが、あまりにも神様にとって都合が良すぎやしませんか?


 ……と、そんな途方もない、全知全能かもしれない存在への恨み節をつらつらと述べたところで、何も変わらないのも分かっている。

 それに、その性格が悪いかクールすぎるか分からない神様は、この私に、神様レベルに可愛い最愛の妹を与えてくださったのだ。

 その一点をもってこれまでの全ての不満と恨み言は、綺麗さっぱり帳消しにして差し上げたく存ずる。うん、チョロいな私。


「ねえお姉ちゃん、ガチャをお願い申し上げる次第でございます」


 ソファでスマホをいじっていた彼方ちゃんが、上目遣いで私にねだる。


「また? 彼方ちゃんのやってるゲーム……確か二週間くらい前にも『これは人権だから絶対確保しないと!』って言われてる新キャラ、実装されてなかった?」


 夏野彼方ちゃん――彼女は、この私なんぞにどれだけ溺愛されても、決して嫌な顔一つせず、それどころか「えへへー」と効果音がつきそうな笑顔で、いつも私に甘えてくれる、最高に可愛い存在だ。


 神様が天地創造のついでに、余った粘土か何かで適当にこねて作ったような私とは天と地ほども違う。

 彼女こそは創造主が全知全能の力を注ぎ込み、誠心誠意、魂を込めてゼロから作り上げたかのような、完璧なまでの美少女と言えるだろう。


 かつて、春川輝夜さんの艶やかな黒髪を絹糸に例えたけども、この彼方ちゃんの、光を受けてきらめくプラチナブロンドに近い銀髪もまた、触れるのがためらわれるほど滑らかな絹糸そのものだ。

 もし、有名メーカーのシャンプーやトリートメントのCMに彼女が出演したら、その商品は間違いなく記録的な売り上げを叩き出し、株価はストップ高になるに違いない。


 そして柊小鞠さんと同じように、彼女の周りには常にマイナスイオンが漂っているかのような、ふんわりとした癒し系のオーラがある。

 吸い込まれそうなほど大きく輝く宝石のような瞳、すっと通った綺麗な鼻筋、思わず触れたくなるような、ぷっくりとした桜色の唇……。


 おまけに、胸だけが異様に自己主張している残念な私とは違い、すらりと伸びた手足に、モデルのように均整の取れた体型。非の打ち所がないとは、まさにこのことだ。


 もしも、万が一、神様が私のところにやってきて「やあ遥くん、ちょっと相談なんだがね。君の妹の彼方ちゃんがあまりにも可愛すぎて人間世界の美のバランスが崩壊しかけてるんだ」

 なんて相談を持ちかけてきたとしたら、私はきっと、一秒も迷わずに「ええ、そうですね!」と満面の笑みで同意してしまうだろう。


 あるいは、逆に神様が「彼女はね、私がこの世界に遣わした、究極の美のバランサーなんだ。どうか、君が責任を持って、大切にしてあげてくれたまえよ」なんて頼んできたら、私は「はい! お任せください!」と即座に敬礼し、その場で神様と熱い握手を交わし、マブダチになる自信がある。


「お姉ちゃんはねゲームを、わたしを通してしかプレイしないから分からないかもだけど」


 彼方ちゃんは、少しだけむくれたように頬を膨らませて言った。


「こういうソーシャルゲームっていうのはね、定期的にユーザーにガチャを引かせないと、運営が立ち行かなくなって、すぐにサービス終了しちゃうんだよ! だから、これは世界の平和を守るための、必要経費なの!」

「それは、単にガチャで延命しているに過ぎないのでは……?」


 私の冷静なツッコミは、しかし「推しキャラを当てたい!」という強い欲求の前では、何の効力も持たないようだ。妹が「ガチャで人権キャラをどうしてもお迎えしたいの! お願い!」と潤んだ瞳で訴えれば「……わかりました。やりましょう」と答えるのができた姉というものだろう。たとえそれが運営の掌の上で踊らされているだけだとしても。


 彼方ちゃんがこれほどまでにソーシャルゲームや他のゲームにのめり込んだ時、一番の、そして最大の障害となったのは、間違いなくこの「ガチャ」というシステムだった。

 どうしたって最終的にはリアルな運が絡んでくる。そして、未成年である彼女がお年玉を注ぎ込んで散財することは、当然ながら我が家の両親(特に母)が許してくれなかったのだ。


 私も自分のなけなしのバイト代から「私の分を使っていいよ」と提案してみたことはある。しかしその結果、緊急家族会議が開かれ、「お姉ちゃんが甘やかすから!」「二人ともお小遣い減額!」という散々な結末を迎えただけだった。


 ……それで、なぜ今、私がこうして妹の代わりにガチャを回すという、奇妙な役割を担っているのかというと。


 話は数年前に遡る。当時、彼女が熱中していた(そして現在はサービス終了してしまった)とあるゲームの、どうしても欲しい推しキャラがいた彼方ちゃん。

 何度自分で回しても全く出る気配がなく、最後の望みを託して、彼女は「お姉ちゃん……お願い……」と、涙目で弱々しく私の服の袖を掴みながら、そう頼んできたのだ。


 姉としてそんな庇護欲をかき立てる妹の姿を直視して、断れるはずがない。

 私は「任せなさい!」と力強く頷き、それから考えられる限りのありとあらゆる運気を上げるための方法(と私が信じているもの)を実行した。

 冷水を頭からかぶり、知っている限りの幸運を呼ぶ呪文(主にファンタジー小説由来)を唱え、部屋の四隅に盛り塩をし、最終的にはなぜか全裸になって天に向かって感謝の土下座を100回繰り返すなど、尋常ではない儀式を執り行った後(その反動で、後日きっちり高熱を出して三日間寝込みました)満を持して、妹のスマホで10連ガチャのボタンをタップしたのだ。


 結果――なんと、ピックアップ中の最高レアリティのキャラクターを、4枚も同時に引き当てるという、運営の確率設定を疑うレベルの、奇跡的な神引きを成し遂げてしまったのである。


 それ以来、我が家ではどうしても欲しいキャラがいるガチャが実装された時には、彼方ちゃんが「お姉ちゃん……」と私を見つめ、姉である私は「……何も言わぬでござるよ」とクールに答え、厳粛な儀式(ガチャ口上)を経てガチャに挑戦し、そしてかなりの高確率で目的のキャラを手に入れる、という流れが確立されている。

 私のリアルな運? そんなものは、とうの昔に妹のために投げ捨てましたけど、何か?


「――うおおおおおおおお!!!!! 神様仏様ガチャの神様! 天よ地よ! 火よ水よ風よ! 森羅万象、宇宙の根源たるマナよ! 我が妹に、今こそ、最高の寵愛と加護を与えたまえ~!!!!!」


 どんなに大声で念じたところで、所詮は自己満足の儀式に過ぎない。結果は、タップする前に既に決まっているのだから。

 けれど妹はこの時の私の全力の口上を、なぜか毎回とても楽しみにしているようなので、授業中に暇なときなどにはノートの隅に新しい口上のフレーズをこっそり書き溜めていたりするのだ。


 ピコン!と軽快な音と共にスマホの画面が虹色に輝く。そして表示されたのは、まさしく彼方ちゃんが渇望していた、例の人権キャラの降臨を示す演出だった。


「うわあ! やったー! お姉ちゃん、また当ててくれた! すごいすごい! 大好き!」


 普段から甘え癖がある彼方ちゃんだけども、ガチャで目的のキャラを引き当てた時には、その甘えん坊レベルが数千倍くらいに跳ね上がる。

 有り体に言うと私の背後から、力いっぱい抱きしめてきて、自分の頬を私の頬にぐりぐりと擦り付けてくるのだ。

 このゼロ距離どころかマイナス距離とも言えるスキンシップが、一般的な高校生姉妹の距離感とは言えないであろうこと、多少……いや、かなり過激だと表現しても憚られないであろうことも、私は十分に承知している。


 だけども先述の通り、我が妹ちゃんは神が全霊を込めて作り上げたレベルの究極の造形美を持つ美少女なのだ。

 そんな美少女にこんなにも全身全霊で好意を示され、抱きしめられて、嬉しくないわけがない。彼女がもしも将来結婚するなんてことになったら、こんな風に無邪気に甘えてくれる機会も、きっとなくなってしまうのだろうし……そう考えると、今のこの時間は、とても貴重なものに思えるのだ。


 まあでも願わくば、このゲームが、あまり早々にサービス終了しないことを、心の底から念じたいな……。


 以前「え? じゃあ、今までお姉ちゃんが苦労して引いてきた限定キャラたちは、全部無かったことになるの?」と私が何気なく言ったときの、彼方ちゃんの表情ときたら、それこそサービス終了後の虚無の世界を描いたかのような、この世の終わりのような陰ができていましたからね? 本当に冗談抜きで。


「でも、大丈夫だって! もしサービス終了するとしても、その前に二ヶ月くらいは告知とかの猶予期間を設けないといけないって、なんか法律で決まってるらしいよ!」


 ちなみに、これが妹の反論だった。その法律の正確な情報源は不明である。


 冷静に考えて、特定の関係性を維持するために、相手(この場合はゲーム運営)にお金を払い続けるなんていうのは、夜のお店……例えばキャバクラとかホストクラブに通って、お気に入りの相手に貢いでいる人たちと、構造的には根本的に同じような気もする。


 ……まあ、相手は生身の人間じゃなくて、ただの電子データだし。それで可愛い妹が、こんなにも喜んでくれるなら、別にいいか!


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