魔王の堕落〜推しのアイドルに会いたいので、とりあえず人類に宣戦布告しといたから〜
魔王城に緊張が走ったのは、玉座に届いた一枚の紙切れからだった。
それは人間界で人気絶頂のアイドルグループ《ミラクル☆ハーモニー》のライブポスター。
「この……光に満ちた笑顔! これぞ聖女……否、勇者を超える輝き!」
魔王は拳を震わせ、すぐさま決断した。
「よし、人間界に宣戦布告だ! そうすれば彼女らは必ず勇者として現れる! 我が城でライブを開かせ、握手会も独占だッ!」
配下たちは唖然とした。
そして俺――人間出身のスパイであるレオンは、頭を抱えた。
「理由がオタク丸出しなんだよ、魔王様……!」
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宣戦布告の知らせに、人間界は蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。
国王は緊急会議を開き、聖女や勇者候補を招集する。
そして――人々の前に現れたのは《ミラクル☆ハーモニー》だった。
「わ、私たち、勇者に選ばれちゃいました!」
「歌とダンスで平和を取り戻します!」
……完全に魔王の思い描いたシナリオ通りだ。
俺は確信した。この戦争、歴史上もっともくだらない理由で始まったと。
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幾ばくかの苦労を乗り越え、ついに《ミラクル☆ハーモニー》が勇者として魔王城に到着する。
「魔王よ! 人類を苦しめるのはやめなさい!」
先頭のリーダーが高らかに叫ぶ。
しかし魔王は戦う気など微塵もなく、目を輝かせて叫んだ。
「我が望みはただ一つ! 城の大広間でライブをしてほしい! できればアンコール三回! 握手会もフルセットで!」
「……は?」
勇者アイドルたちはあまりの要求に呆気にとられた。
俺も頭を抱えた。これをどうやって「戦争を止めた」と報告すればいいのか。
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結果。
魔王城の大広間で《ミラクル☆ハーモニー》初の“異世界ライブ”が開催されることとなった。
観客は魔族、ステージに立つのはアイドル勇者たち。
魔族の怪物たちがペンライトを振り、咆哮と共にコールを入れる異様な光景が広がる。
「魔王様! 戦争は……?」
「なにを言うか! 平和だからこそライブは輝くのだ!」
俺はもう何も言えなかった。
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かくして人類と魔族の大戦争は回避された。
代わりに定期的に魔王城で《ミラクル☆ハーモニー》のライブが開かれることになり、人間と魔族の交流は思わぬ形で深まっていく。
「魔王様……平和のために戦うんじゃなく、平和のために“推し活”をするなんて、前代未聞ですよ」
「ふははは! 推しが尊い限り、戦など不要! これぞ魔族と人類の共通理念だ!」
――こうして、くだらない理由で始まった戦争は、くだらない理由で世界を救ったのであった。
なんか良さげな案が思いつけば長編化します。