5 会いたい
人の血を見てトマトジュースだと思う女は生理の血を見てどう感じるだろうか。
ふと、冴はいつもの考え事に耽った。
つまり、これは自分のことだ。
冴は昔、初めて生理が来た時に自分の生き血を見ていちごジャムみたいだな、と思ったことがある。
言葉からしたら可愛い響きだけれど、実際にはグロテスク極まりない。
人間のある体の一部から大量出血し続ける。それが生理だ。
舞台は土曜日の午後。
冴は母親と共にミネストローネを作っている最中であり、トマトソースを水に落とし込んでいる時にそう思ったのだ。
最近、母と共にダイエットをしているため夜はスープのみと決めているのだ。
冴のぽよっと出た腹に、溜まっていく贅肉。
どれもチャーミングなのだが、来年の春から大学生なため、大学生デビューをしようと試み、痩せようと決心したのだ。
だが、野菜スープだけの生活をしつつも、甘いものはちゃっかりと食べているので元も子もないのである。
そして、刻んだ野菜をトマトスープの中に入れている途中に母が、「冴、ちょっと痩せたんじゃない?」と言った。
まだ野菜スープ生活を続けてまる2日である。幻覚もいいところだ。
「んなわけないじゃん。ほら、この通りあご肉もあるし。」
「あご肉も少し減ったよ。スープ効果すごいね」
母が勝手に満足している。一体これのどこが減ったというのか。
だが、これ以上言ったところで母は変わらないと思った。
そんなちょっとやそっとじゃ痩せるわけない、と納得しない冴であった。
ああ、会いたい。
あの人に会ったら、この平凡でなに一つ変わり映えのない日常も、少しはいいと思えるだろうか。
冴のさすあの人とは、例の准教授のことだ。
冴はどこかクールなそぶりを思わせる、朧げな美青年の顔を思い出した。
人には誰しも、この人のそばにいたい、自分の人生が明るく華やかなものになる、と思える人がいるだろう。
その人が冴にとってはあの准教授なのだ。
現に、現状に不満を抱いている。
毎日が、なんの意味もないことのように思えてくる。
まるで駄々をこねた子供のように、たまらなくあの人が欲しくなる時がある。
その場合は、どうしたらいいのだろう?
いつでもどこでも会えるわけでもない人に、こんなにも恋焦がれるなんて、冴には想定外だった。
大体、向こうがどう思っているかもわからない。
もう忘れられているかもしれない。
そうだったら、悲しい。
でも覚えていてくれたら?
向こうも同じ気持ちで、再び冴に会いたいと願っていたら?
大体、ハンカチの持ち主が冴だとなぜわかったのだろう。
ずっと眺めていなければ、ありえないこと…
ひょっとして…
冴は色々考えた挙句、会わないなんてもったいないと思うようになった。
思い立ったが吉日。
冴は再びかのイケメン准教授を探しに行くことを決心した。