白蛇様の試練
ここはとある山の中。あまり日の当たらない草木のかげで、小さなヘビの子が一匹、気持ちよさそうにお昼寝をしていました。
風が吹き、ざわざわと木の葉がゆれて、ヘビの子は目を覚ましたようです。まだ寝ぼけているらしく、長い体をのばして、きょろきょろとあたりを見回していました。
「わたし、何でこんなところで寝てたんだろう。何のためにこの山に来てたんだっけ」
不安そうに舌をちろちろさせながら、さらに体をのばしてみると、少し先に、白い屋根の祠が見えました。
「ああ、思い出した。わたしはこの山に住んでいる白蛇様に会いに来たんだ。白蛇様は不思議な力を持っていて、尋ねてきたものの願いをかなえてくれるって」
ヘビの子は元気いっぱいに、祠にむかって進み始めます。
祠の近くまで行くと、いままでの湿った葉っぱがちらばっている土の道が、白くて四角い石の道に変わりました。そして祠の前には、大きな白いヘビがいます。この白いヘビこそ、ヘビの子が会いたがっていた白蛇様なのでした。
「こんにちは、お嬢ちゃん。どうしたの、こんな山の中まで」
白蛇様は、やさしい女性の声でヘビの子に語りかけます。
「えっと、わたし、ミミっていいます。白蛇様にお願い事を聞いてもらいたくて、ここまでやってきました」
「まあ、それはどういったお願いなのかしら」
「えーっと……んっと……」
小さなヘビの子、ミミは、自分の願い事を思い出そうとしましたが、不思議なことに、どれだけがんばっても、思い出せないようです。
「あらあら、ここに来るまでの間に、忘れちゃったのかな? 心配しないで、そのうち思い出すわ。でもその前に、ミミちゃん、願い事を叶えてもらうにはね、私が出す試練に合格しないといけないの」
「試練?」
「ちょっとした冒険のようなものね。これからミミちゃんは、この祠から先にある神社に、ひとりで行ってもらいます。自分ひとりの力で、無事にたどり着けたら合格よ」
「合格すれば、願い事をかなえてくれるんですね」
「そのとおり。自分の持っている力を信じて進めば、決してむずかしくないはずよ。私は一足先に、神社に行って待っているわ」
そう言うと、白蛇様はするすると、祠の奥の茂みへ消えていきました。
「よーし、かならず神社まで行って、願いをかなえてもらおう!」
ヘビの子ミミが神社にむけて出発してから、一時間がたちました。
「あっ、また祠の場所に戻ってきちゃった」
どうやら、ミミは道に迷ってしまったようです。
「どうしよう、神社っていっても、どっちの方向にあるのかわからないよ。これじゃあ、神社に着く前に日が暮れちゃう」
ミミはつかれたようすで、祠のそばでぐるぐると体を巻いて休みました。
空を見てみると、鳶が大きく円を描きながら飛んでいます。
「いいなあ、鳥さんは。空を飛べたら、神社の場所なんてすぐにわかっちゃうのに」
うらやましそうに鳶を見ていたミミでしたが、いくら見ていても自分に翼が生えてくることはなく、がっくりと頭を下げました。
「あれ?」
するとミミは、地面に何かの跡がついているのに気がつきました。くねくねと曲がっていて、むこうがわの茂みへと続いています。
「これは……そうか、白蛇様が通ったあとなんだ! これと同じように進んでいけば、きっと神社までいける!」
ミミはよろこんで、跡をたどっていきました。茂みに入っても、ミミは白蛇様の跡を見失うことなく、どんどん進んでいきます。
「わたしはヘビだから、地面のあとがよくわかるもんね!」
しばらく進むと、今度は大きな崖がミミの前にあらわれました。
「うわあー、岩だらけで急な崖だ。とてもじゃないけど登れないよ」
ミミは道をまちがえたのかと思いましたが、白蛇様の跡は、たしかにこの崖まで続いています。
「白蛇様は、どうやってこの崖を登ったんだろう」
ミミは困ってしまいました。するとその時、木のかげから猫が現れました。
猫は崖の前に立つと、ぴょんと岩のでっぱりに飛びあがり、そのまま岩と岩をわたって、あっという間に崖を越えて行ってしまいました。
「いいなあ、猫ちゃんは。手も足もあるし、運動神経もすごいや。わたしにもあんな力があればなあ」
ミミは地面に頭をおいて、くやしがりました。頭の中で、白蛇様の声が聞こえてきます。
自分の持っている力を信じて進めば、決してむずかしくないはずよ。
「自分の持っている力……」
ミミがぴろぴろと舌を出してみると、なんだかふしぎなにおいを感じました。
「なんだろう、このにおい。苔のにおいかな」
舌を出したまま、ミミは崖のそばまで近づいていきます。舌を近づけては離して、何かを調べているようでした。
「ここの岩と岩の隙間から出ているみたい」
ミミはその隙間へ、長い体をねじりこみます。
その先にあったのは、トンネルのような、大きくて広い洞窟でした。
「こんな場所があったなんて。きっと白蛇様も、ここを通っていったんだ!」
においを感じとる舌と細長い体が無ければ、この隠された道を通ることはできなかったでしょう。ミミはよろこびながら、暗い道をするすると進みました。
空の色が、どんどん夕焼けで赤くなってきたころ、とうとうミミは神社へとたどりつきました。
「やったあ、神社についた!」
鳥居をくぐると、お賽銭箱の近くに、白蛇様もいます。
「おめでとう、ミミちゃん。よく最後まで投げ出さずに、がんばったわね」
「白蛇様、ありがとう。それで、願い事なんですけど……」
ミミはちょっとの間、顔を地面にむけた後、しっかりとした顔つきで言いました。
「白蛇様、わたしの願い事は、叶えてくれなくてもいいです」
「あら、それはどうして?」
「この神社の近くまで来たときに、思い出しました。わたしの願いは、鳥さんみたいな高くまで飛べる翼と、猫ちゃんのような身軽で強い体がほしいってこと。でも、それはもういらないんです」
「本当に、いらないの?」
「はい、わたしには、鳥さんや猫ちゃんでもマネできない、すごいちからがあることに気がついたんです。そのちからのおかげで、わたしはここまで来れました。だからわたし、ふつうのヘビのままでも、十分なんじゃないかなって」
それを聞いて、白蛇様はにっこりと笑いました。
「すばらしいわ。よくそれに気がつきましたね。鳥や猫、ヘビだけじゃなく、この世界の生き物は、みんなすごいちからを持っています。そのちからを役立ててこそ、生き物たちはより良く生きることができるのよ」
「はい、わたしもそう思います。 あれ、でもおかしいね。そもそもわたしはヘビとして生まれたのに、どうしてわざわざ、他の生き物のちからがほしいと思ったんだろう」
「それは、あなたが人間だからですよ」
「えっ」
白蛇様の答えに、ミミはあんぐりと口をあけました。
「人間はね、どうしても、自分がもっていないものをほしくなるものなのよ。それがあれば、もっといろんなことができるのに、って。それもまた、人間のちからなのかもしれないけどね」
「白蛇様、まってください。このとおり、わたしは白蛇様と同じヘビですよ。どう見ても……人間じゃ……」
言いおわる前に、なぜだかミミは、すごく眠たくなってしまいました。
「ごめんなさいね。あなたが神社で、とてもめずらしい願い事をしていたものですから、私はあなたに大切なことを教えたくなったのです。だからおまじないをして、少しの間、ヘビの姿になってもらったのよ」
まわりの景色が、目の前の白蛇様が、ぐるぐると回り始めます。
「これから先、あなたは成長して、どんどんできることは増えていくのでしょう。でも、どんなにがんばっても、できないことだってあるし、もしかしたら、いろんな理由があって、できないことはもっと増えてしまうかもしれない。でもね、それでも人間は、生き物は、できることのほうがずっとずっと多いのよ。どんな時でも、けっしてあきらめず、自分のできることを探してみて。それじゃあ、元気でね、美実ちゃん」
「……美実! 美実!」
山の道から外れた場所の、たくさんの落ち葉の上に、一人の少女がたおれていました。
「美実、しっかりしろ!」
数人の大人たちがあつまって少女の体をゆすると、少女はしずかに目を開けました。
「ああ、美実、気がついたか! 大丈夫か、ケガはないか」
少女はまだ、夢を見ている心地のようです。
「どうやらケガはないみたいだ。無事でよかったよ、美実。残りの帰り道は、パパがおぶっていくからな」
「ごめんね美実、ママがちゃんとついていなかったから、足をすべらせてしまって……」
「いやあ、それにしても傷ひとつないとは、まさに奇跡じゃ。これも、この山の白蛇神社に、毎年お参りしているおかげかのう。白蛇様、わしの孫娘を守ってくださって、ありがとうございます」
白蛇様という言葉を聞いて、少女はハッとあたりを見回します。
ここから少し遠い場所の、苔のはえた岩の上で、大きな白いヘビがじっとこちらを見ていたのです。
少女と白いヘビの目が合うと、ヘビはするすると、岩のかげにかくれてしまいましたが、少しだけ見えたその横顔は、やさしくほほえんでいるように見えました。
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