メイビー犯罪者
「くふ……ふふ……」
そこには、各部屋の盗聴器から教えてくれるみんなの声を、ぐふぐふ書き記す私、相原忠彦(三十三歳)の姿があった。犯罪じゃないかって?いやいや。実は盗聴行為そのものは罰せないのだよ。え?盗聴器の設置に不法侵入しただろうって?はは、どこにそんな証拠があるというんだね。
ふとカコカコと、音色のない打鍵音が皆森氏の部屋から聞こえてきた。
「お、今日も作曲の練習かな……?」
手元のメモに会話の内容を記録していく。やれ流行りがどうの、不協和音がどうのと、あまりよく分からない会話をしているようだったが、むしろその方が好都合だ。小説家はより広範で深い知識、たくさんのキャラクター性と、それらを支える話し方や考え方など、頭では想像しきれないようなことも捉えなければならない。知らないことを知れる方が、盗聴の意味は大きい。
盗聴も最初は嫌々だった……本当だよ?デビュー作の勢いどこへやら、世間からどんどん忘れられていく失意の中で、苦し紛れに手を染めた。するとどうだ。この木陰荘に住まう住人のクセのあること!聞いていて楽しいし、作品にも活気が出てきた気がする。そう、これは仕事目的のための致し方ない犠牲……なのだ。
ドシドシドシ
突然音が鳴る。出所は盗聴器……ではないようだ。そしてこの音が玄関の外から、しかも近づいてくる音であることに気がついて、顔は青ざめた。急いで隠さなければ。