完全ひきこもりおじさん
木陰荘のひとつ上の階におじさんは住んでいる。皆森洋、四十三歳。ビデオ通話とかを使ってインターネット上で家庭教師をしているらしい。元々は高校で先生をしていたそうだが、今や完全に引きこもっている。最近のマイブームは作曲。ひと山当てて、家庭教師を辞めたいらしい。
実は僕も、この頃作曲には興味がある。大学生とは暇なもので、授業がない日は時間を持て余す。小鷹以外と遊ぶ気にはなれないし、逆に小鷹と二人で遊ぶこともない。一人でゲームで遊ぶのも嫌いではないけど、ずっと続けるのは疲れてしまう。音楽はもともと好きだし、おじさんも誘ってくれたから、色々教えてもらって作曲に挑戦してみようと思っている。
それで、インターホンを鳴らしたわけだけど……
「あ、渉くんおはよう。おじさんに用?」
出てきたのは若い女の子。百十番で通報すべく携帯に伸ばした手を止める。そもそも時間帯的におはようはおかしい。
「そう。作曲のこと教えてもらおうと思って」
「へー。おじさーん、渉くんが来たよー」
この女の子は島原友奈。花の女子高生にしてほとんど不登校のゲーム廃人。おじさんとは怪しい関係に見えて、健全。ただ一緒にゲームで遊んでいるだけ。前に茶封筒をおじさんが渡しているのを見たことがあるけど、ゲームを遊ぶ以外は本当に何もないらしい。
ドタドタ
奥の部屋から音がする。
「おはよう渉!さては、作曲のことだな?」
寝ぐせ頭のひげ面親父が、顔に合わないイケメンボイスで話す。
「うん……というか、もうおはようの時間じゃないよ。また遅くまでゲームしてたの?……二人して」
「そうだ」
おじさんの物言いは堂々たるものだ。法廷でもその調子で話してほしい。
「島原さんも。その調子だとまた休んだんだろうけど、お母さんに怒られるよ」
JKはむっとした様子だ。
「何ー?渉くんまでそんなこというの?通いたくて通ってるわけじゃないからいいでしょ。私は私で進路も決めてるんだから」
島原さんの進路のことは前に尋ねてみたことがあるけど、結局教えてもらっていない。いわく「こういうのは活動する前から気を付けるのが大事」なんだそうだ。全く意味が分からないが。
「それに、お金もらって頑張ってるんだし、アルバイトみたいなもんじゃない?勤労よ、勤労」
「ちょっとおじさ……」
「あ、あー!そうだ渉少年!作曲の話だよな。準備はすぐできるから、奥の部屋で待っていてくれ」
おじさんと島原さんの間にいかがわしいことは何もないとのことだが、たとえゲームをするだけといっても、多分何かしらの法律か条例に抵触している気がする。僕は馬鹿だから知らないけど、僕の中の真っ当な倫理観がそう言っている。
冷ややかな視線から逃れるように、おじさんは準備しに行った。
「まぁまぁ渉くん。これは私の進路に必要なスキルでもあるから。多めにみてね。」
しぶしぶうなずいて、部屋の中にお邪魔させてもらった。今日の本題は作曲だ。