ある授業の風景
社会心理学概論。木曜一限のこの授業は、心理とは名ばかりの統計ソフトを学ぶ時間だ。ソフトを動かすために必要な、プログラミングにも似た関数はどれも難しく、正直全く理解できない。だけどこの授業、グループワークがメインで進められる。これが僕には本当にうれしい。
「……小鷹ぁー、今のスクリプト写させて」
お互いに教えあうためのグループワーク。本来なら堂々と 聞けばいいものを、分からないことを恥ずかしがるような、妙な空気感に教室はいつも包まれている。僕もまた、ひそひそと話しかけることしかできない。
「はい」
小鷹はそんななけなしの自尊心を含め、全て察していたかのように画面をすぐ見せてくれる。
「ありがとう」
小鷹のスクリプトは見やすく整理されていて、僕にもそれぞれの意図がなんとなく理解できる。天才はノートとかが汚なかったりすると聞いたことがあるけれど、それはきっと嘘だ。小鷹は昔からノートもずっと綺麗だし、あの才能が天才でないはずもないと思う。
粛々と画面上の文字を写していく。グループワークであることを事前に把握し、最優先で小鷹と履修を被らせた授業だけど、いつもこのくらいのことしかしない。何か特別なことがあるわけではないけど、小鷹と一緒にいるというだけで、不思議と楽しく元気になれる。
僕は小鷹が好きだと思う。だけど、それは恋愛感情とは少し違うのかもしれない。一緒にいるだけで、それ以上の何かが欲しいとは思わないし、ただただこの執着の維持を求めている。僕の小鷹に対する気持ちは、なんと形容すればいいのだろう。
ふと小鷹を見ると、ちょうど目が合った。くすりと笑う。
「ねぇあの二人いつも一緒じゃない?付き合ってるのかな。何か知ってる?」
後ろからわずかに声が聞こえる。ぎくりとする。小鷹に聞こえていたらどうしよう。
「ゼミが一緒なんじゃないの?知らないけど」
僕が表情を固めていると、小鷹は特に何も聞こえていない様子で、教授が指すプロジェクターに目をやった。良かった。僕らの関係に他者が何かを言うのはやめてほしい。それでこの絶妙なバランスが崩れてしまったらどう責任をとってくれるつもりなのか。僕らの関係は、付き合うとか、そういうものではないというのに。