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集合住宅ストラテジー  作者: 有折葉縁
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木陰荘のメイドさん

「……なるほど」

 小鷹と話し合った内容をルートに伝えたところ、顎に手をやって何やら考え込んでいた。その様子を見ながら、島原さんが口を開く。

「空き部屋なんだし、タダでいいんじゃないの?知らない世界で一人、何かアテとかあるわけないし」

「それを決めるのは大家さんだよ。腐っていても。僕らが決められることじゃない」

「まぁ……でもさぁ」

「……いいえ。何の対価もなしに御恩ばかりいただくわけにはいきません」

 そうきっぱりと言ったのはルートだ。

「そもそも、お部屋を貸していただけるかもしれないというお話も、こうして皆さんにボクのことを真剣に考えてくださっていることも、それだけで本当に感謝していますし、できすぎなくらいです。恩返しとして、何かできることはさせていただきたいです」

「そうだね。それに先のことを考えたら、自活できるようになっていった方が絶対良いよ。それこそ、何のアテも無いんだから」

 うんうんと頷きながら、小鷹が続いた。島原さんも「ルートくんがそう言うなら」といった風で、納得しているようだ。

「問題は、何をするかだな。ルートは何か希望とか、逆に避けたいこととかある?」

 僕がそう聞くと、美少年は首を少し傾けた。一つ一つの動作が妙に魅力的に感じる。

「うーん、そうですね……。ひとまずこの世界に馴染んで、この世界の生き方がしたいです。ボクたちの世界には、恐ろしい魔女狩りの話が伝わっていて……魔法はできれば、あまり使いたくないです」

 ルートの目は何かとてつもなく、恐ろしいものを見るような色に染まっている。

「魔女狩り?」

「はい。ニホンから来た英傑たちは、懐かしさからか、みな故郷の話を語り継いできました。英雄の言葉とあって、尾ひれがついたものも多いようですが……」

 ルートが昨日言っていた話だ。僕らから見れば、ファンタジーな話の中身と、ルートの語り口から漏れ出る実感が合わなくて、なんとも不思議な気分にさせられる。

「とりわけ魔女狩りについては有名です。私たちの世界ではまず考えられないできごとなので。」

「なるほどねぇ……」

 魔女狩りのことは正直よく知らない。大昔にあった伝説みたいな話だとは思うけど、リアリティはない。だけど有名な話ではあるだろう。ルートの世界に行ったのがいつの時代の「ニホン人」なのか分からないけど、案外僕みたいな感じで、「魔女狩りっていうのがあったらしい」「魔法なんて使えたら研究対象になりそう」とか、曖昧な考えが話だけ伝わっているのかもしれない。

 小鷹も島原さんも、聞き入ってそれぞれ思案しているようだった。そもそも真実として受け入れることが難しい話ではある。

「とりあえず分かった。この世界の生き方、生き方か……」

「無難なのは、アルバイトとか?」

間を空けず、そう提案したのは島原さんだ。ルートはよく分からないといった風に首をかしげる。

「アルバイト、ってなんですか?」

「毎週決まった時間に働いて、その時間分お給料をもらう仕事のことだよ。仕事の内容はいろいろあるけど……。例えばここの店員さんとかね」

 小鷹がそう言いながら辺りを見渡すと、ちょうど店員の一人が料理を運んでくるところだった。

「お待たせしました、カルボナーラがお二つと、マルゲリータピザ、パルマ風ドリアになります」

 物腰柔らかくテーブルに料理をのせていく仕草を、ルートはまじまじと見つめていた。きらきらとした目が、しかししばらくすると不安げな色になってしまう。

「きちんとお部屋の代金をお支払いできるようになることも、お仕事自体もとても魅力的ですけど、常識をまだほとんど知らないボクにできるかどうか……」

 ルートの不安は当然だ。僕だって、客商売は何か粗相をしでかしそうでとてもできそうにない。

「だったら、しばらくは木陰荘の中で働くのとか、どう?」

 島原さんは手を合わせて、さっそくパルマ風ドリアを食べ始めるところだ。

「木陰荘の中でって、例えばどういうこと?」

「それは……ほら、みんなの家事を手伝うとか」

「ボロアパートを選んで住んでる僕らに、お給料の余裕があると思う?」

「うむむ」

 泊まらせてくれたお礼にと、今朝ルートに家事をしてもらったばかりの身だ。それが今後も続けてくれるなら、こんなに嬉しいことはないけれど、そんな希望は現実的な問題に妨げられた。

「いや、どうかな。私も結構いい案だと思うよ」

 小鷹が助け船を出す。小鷹の言うことはいつも正しい。従わなければならないと、僕の本能が言っている。

「小鷹がそう言うならそうしよう。お金は何とかしよう」

「ええぇ?」

 あまりの豹変ぶりに島原さんが引いている。

「話をちゃんと聞かずに全肯定するのって、逆に失礼だと思うけど……」

 そんな、僕は本能に従っただけだというのに。小鷹は苦笑している。

「お金はすずめさんが出すよ。家賃分ね。」

「すずめさんの部屋で働くってこと?なんかちょっと……それはなんかちょっとじゃない?」

 島原さんが困惑している。さっきの僕と小鷹の会議でも、似た結論になっていたはずだ。

「働くのは木陰荘の全部屋ね。みんなの家事のお手伝いをするの。うちに危害を加える人はいないし、みんながルートくんを見ることになるからむしろすずめさん一人より安全。『木陰荘で』一時的に働くというだけで、すずめさんはお金出してくれると思う。」

 ショタコンロリババアのことだ。自分の近くにいてくれるなら、家賃分と言わずいくらでも支払うだろう。

「ハァーなるほどね」

 ルートの眼差しには期待が見て取れる。ややあって、気がついたように口を開いた。

「でもそれって、お手伝いの代わりに部屋を借りる、ということと同じじゃないですか?わざわざお金をいただくのも手間では……」

「それは違うよ。これは社会勉強でもあるんだから、お金をもらって、そのお金で家賃を支払うことにも大きな意味があるはず。料理や掃除なら、他の仕事にも活きてきそうだし、毎回のご飯くらいならみんなで分担すればわけないわ。言うなれば『木陰荘のメイドさん』ね」

 なるほど、さすがは小鷹。僕らにとっても非常に魅力的な話だ。僕は小鷹に合わせて頼んだカルボナーラをぱくつきながら、光明が見えた表情のルートを見つめていた。

「……ぜひ、それをお願いしたいです!」

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