突然の異世界転移で実験動物の危機にさらされている件
とてつもない質量の風が、爆音とともに街を襲う。あの手が届きそうにない雲すらも、この爆風とともに押し流されている。ボクは吹き飛ぶ家屋の隙間で、同じように何度も吹き飛ばされながら致命傷を避けていた。
「……!……!」
先ほどまで一緒にいた仲間の名前を叫ぶが、爆発するような風と音のせいで、自分の耳にすら届かない。とても弱いボクを、それでも優しく迎えてくれた大切な仲間。彼らのもとに行かなくては。
決意を込めて顔を上げる。街の上空は相変わらず、あらゆるものが飛び交っていて非常に危険だ。すごい質量と音のせいで、頭の中の思考すら飛ばされそうになるのを必死に耐える。
仲間たちも、きっとこの風には、「アレ」には敵わない。ある程度身を任せつつ、後退を狙っているはず。ボクよりずっと強くて賢いあの人たちなら、もっと前にそう判断して、この風の終着点でボクを待っているかもしれない。それにこのままここにいては危険だ。風が届く範囲は、すなわち「アレ」の攻撃範囲ということだ。
「…………」
唱えるのは基本防御魔法。体の周囲に球形の魔力の層を巡らせる。幾重にも。
あたりを見回すと、ちょうどどこからかトタンの屋根が飛んできていた。全力で飛び乗る。ボクの体はすぐさま上空に舞い上がって、壮絶なGとともに遠方へと押し流されていく。
体に巻き付くトタンの中で、ふと疑念が浮かんだ。あの人たちは本当に、逃げることを選んだだろうか。能力的に歯向かう相手では確かにない。けれどボクよりずっと強く賢く、そして何より勇気に溢れた仲間たちは、本当にこの流された先にいるのか。
あの暴風と爆音の中、ボクの耳には聞こえなかったが、たくさんの人たちの悲鳴が響いていたはずだ。仲間は、ボクが拾えなかった声を拾い、踏み出せなかった一歩を踏み出し、もしかして。
しかしそんな疑念は、強力なGによって途絶えさせられることになる。最後の最後に、きらきらと光る小さな池が視界に入った……気がした。
次に視界に入ったのは、見知らぬ世界と好奇の目を携えてよだれを垂らす、やや衝撃的な姿の女性。見たことのない、そして恐らく元の世界ではありえなかった建築物。ここが異世界であると、なんとなく直感した。ボクがいた世界には、異世界転生の伝説がたくさん残されていたから。
しかしこの異常な様子の女性は……。そういえば聞いたことがある。異世界には魔法が存在しないという話、古い時代に魔女狩りと称して排斥が行われたという話。もしやボクは今、さっきよりも危機的な状況にあるのでは?まさか、まさか。この女性に捕まったが最後、実験動物にされて解剖されて……う、うわぁああああああああああああ!
ボクの意識は、二度目の断絶を迎えた。