第一話 リュッセル村にて
…パタンっ。
「はぁ〜〜、ピリカ様の本は何回読んでもワクワクする!!!おじさん、第二節も買ってきてよ〜。」
「ゼルはその本ばっかり読んでいるな。続きを読む前に、少しは村の子達と遊んだらどうなんだ。」
「嫌だよ。あいつら俺のこといじめてくるもん。家で本読んでる方が気楽でいいよ。」
ここはリュドーレン西方王国の管轄する大陸の最南端に位置する辺境の村、通称”リュッセル村”。
周辺は森に囲まれ、少し歩けば綺麗な河川もあり、とても自然豊かな村である。
村の者達は、木ノ実を採取したり、獣を狩ったり、野菜を栽培したりと、都会暮らしとはかけ離れた生活を営んでいる。
ゼルがこの村に来てから10年、いまだに村の者達とは馴染めずにいた。
ーーー
《…はぁ〜〜。おじさんに言われて獣を狩りに来たものの、全然見つからないよ〜。》
ガンッッッ!!!
何者かに大きめの木ノ実を投げつけられた。
ほんの僅かに視認できた影と足音で、村の子供達であることはすぐに分かった。
「はぁ〜〜〜、だから家から出るの嫌なんだよ〜〜〜。」
リュッセル村は他の村とも交流がなく閉鎖的な村だ。近くの川から拾われて来たゼルのことを忌み嫌う者も少なくない。村の子供達も例外ではなかった。
実際一人で外出している時に嫌がらせを受けるのは日常茶飯事で、もう慣れっこだったゼルは気にも留めずに狩りを続けた。
「よし、今日はこのくらいにしておこう。これだけあればきっとゲイルも大喜びだ。」
今日の狩りの成果は鹿一頭に兎が三羽、10歳の子供が仕留めるには十分すぎるくらいの数だ。
ゼルは生まれつき五感に優れ、体格こそ大きくないものの筋力は大人顔負け。おまけに短剣や弓の扱いも上手く、狩猟が得意になるのは必然的だった。
ひょいと獲物を担ぐと、軽快な足取りで帰路に着く。
村はずれの木造2階建て、家の前には野菜畑があり、裏には手入れのされていない果樹が好き放題伸びていて、お世辞にも綺麗な家とは呼べない。ここがゼルが住む家、育ての親でもあり命の恩人でもある”ゲイルおじさん”の家だ。
勢いよく玄関ドアを開け、一目散に台所に立つゲイルの元へと走った。
ゼルは食卓の椅子に腰掛け、意気揚々と今日の狩りの報告とともに獲物をゲイルへ差し出した。
「ゼル、弓の扱いがさらに上達したな。鹿の眉間に一撃…、こりゃあもう村一番の名手だな。」
狩りの師匠でもあるゲイルおじさんは、とても誇らしかった。
村に馴染めずにいても、狩りができる者はそう多くない。ゼルが村の者達に認められるのもそう遠くないと、少し安堵した。
ゼルが狩ってきた獣と、ゲイルが採取してきた野草や木ノ実で、食卓は豪華なものになった。
夕食を終え自室へと場所を移し寝に入ろうとした時、そいつはやってきた。
ーーーカンカンカン!!!
村にある緊急時用の鐘が鳴り響く。
ゼルはベッドから飛び起き、急いでゲイルおじさんのところへと向かった。
「ゼル!!!お前はこの家から出るな!!!ここは大人達に任せておきなさい。」
「何でだよ!!俺だってみんなの役に立てるよ!!弓も剣も大人達に負けてない!!」
「鐘がなるってことは、この村にとって一大事なんだ。負傷者も出てるだろう。狩りしかしていないお前では足手まといになる。ここで待っているんだ!!」
そう言い残し、ゲイルは家を飛び出した。
《あんな顔をするなんて…。》
ゲイルの物凄い剣幕に、思わず圧倒されていた。表情一つで事態の深刻さが伝わる。
自身の未熟さと情けなさに顔を歪め、ドスンと椅子に腰を落とした。
「ちくしょう、こういう時の為に鍛錬してきたつもりなのに……!!!」
5分10分と時が過ぎ、鐘の音は静まった。
ゼルは様子を伺う為、外へ出る。村の方へ視線を移すと、目を疑うような光景が広がっていた。
村周辺の木々はなぎ倒され、家屋は広く燃え上がり、煙が立ち上っている。
ひどく動揺し焦燥感に駆られるゼル。気持ちの整理などできるはずもなく、気がつけば走りだしていたのだった。