No.001-3 少女は点滴スタンドの正式名称を知る
(さてと……声を張ったのはいいとして……)
宙を浮く、赤みがかった白い機体。精神統一でもしているのか、浮いたまま動かない。
「何だよそりゃ!今更そんな効率の悪いデザインのロボットとは!」
その姿を見て、ナイフの機動兵器に乗るテロリストはそう言い出した。
いやそんな事を言うんだったら、そっちが使っているレトロトルーパーだって元々輸送用の大きなロボットのデザインを使いまわしたやつじゃなかったっけ?というか、まず機動兵器を爆弾みたいに使うのって効率以前の問題な気がするんだけど。何というか、馬鹿なのかな。
そんな事を思いながら、思いっきり軽蔑してみる。
「何だァその目は……さては俺のことを馬鹿にしているな!?ふざけやがって!そんなやつは粛正してやるよ!!」
癇癪を起こし始めるテロリスト。ハッキング済みのAI制御機動兵器を、白い機体の方に仕向けてきた。
(馬鹿にしてるのは合ってるんだけどね……)
白い機体が動き始める。そう思った瞬間、機動兵器のメインカメラ内には白い機体は消えていた。正確には、その背後に移動していた。
そして白い機体から突然、赤い液体が溢れ出す。それが2つのガトリング砲の形状に変形し、両手に装備した。
発砲し、AI制御機動兵器に無数の弾が直撃。装甲は凹み、その隙間に入れば回路は切れ、あっという間に機動兵器を破壊した。
「成程、ガトリングか。中々の威力だが……俺の敵ではない!!」
テロリストが乗るナイフの機動兵器が動き出し、両手を刃物に変形させてこちらに迫る。
(遅い!)
白い機体はその攻撃を避けず、防ぐどころか蹴りを入れた。胸部に命中し、思いっきり蹴飛ばした。
「がはっ!?」
(ここで追撃して……)
白い機体はまた赤い液体を出し、それが今度は鎖鎌の形状になる。
分銅の方を投げてナイフの機動兵器の装甲に引っかけ、こちらに引き寄せる。そして、鎌で切り裂く。
(もっかい!!)
続いて赤い液体でマグナム銃を作り、ゼロ距離で一発撃った。
「がっ!?な、な、なっ、何なんだ!?ガトリングかと思ったら鎖鎌で、その次は銃だと!?何がどうなっているんだ!?お前はっ、何の付喪神なんだ!!?」
テロリストは激しく動揺する。『付喪神』という単語が聞こえたが、それは一旦スルーして、白い機体はナイフの機動兵器に迫る。
「や、やめろ、来るな!俺達はこんなところで終わるような雑魚じゃない!俺達はあの人の命の元に、低俗な劣等種共に正しき裁きを下さなければっ、粛清しなければならないんだ!!」
機動兵器の刃物の両腕を振り回しながら、テロリストは慌てている。彼の脈絡のないような発言を無視し、白い機体は背中から6本のチューブを出す。そこから流した赤い液体をトラバサミの形状に変えて、ロボットアームのようにしてナイフの機動兵器を掴む。
(ラストっ……!!)
2本のチェーンソーを赤い液体から作った後に、ナイフの機動兵器を再びこちらに引っ張る。その勢いでチェーンソーを直撃させ、貫いた。
「や、やめろ!やめるんだ!というかやめてくれ!こんなこと、あってはならなーー」
「バイバイ。」
装甲をものともせず、2本のチェーンソーで機動兵器を一気に四等分にする。
断末魔と派手な爆発音が響き、ナイフの機動兵器は大破した。
「ふぅ……」
………
「あ、あの白い機動兵器は……何なんだ……?」
「すごいぞ、テロリストをこんなあっさりと……」
機動兵器の暴走を抑えられず退却した軍と非難した市民は、遠くからこの一部始終を見ていた。
軍の機体を1分も経たずに全てを破壊、もしくはハッキングしたナイフの機動兵器。それが、突然光を放つ竜巻から現れた、白い小型機動兵器によってあっという間に倒された。
血のような赤みがかったその白い機体の姿は、テレビに出てくるようなヒーローというより、死神のようだった。
「とりあえず、接触を図ってみるか?」
「ああ。まずは上に報告するが、どの道あんな力を持つ機動兵器を放置するわけには……って、あれっ?」
軍は白い機体にコンタクトを取るつもりだったが、目を離した隙に、その白い機体は姿を消していた。
尚、消える瞬間を見た人によれば、その機体が地面の方に降りるような動きをした後に、光に包まれ消えたという。
………
「疲れた……」
街の離れた場所。先程まで白い機体の中に入っていた少女は、その路地裏を一人歩く。
物凄く疲れた。だが、その割には体が軽い。今は壁に寄りかかってはいるけど、ちゃんと歩ける。貧血によるだるさも吐き気も無い。ついさっきまでの怪我も完全に治っている。
ただ、体の中が少し変な感じだった。細胞と血液の中に、微生物くらいの大きさの機械が入っているかのようだった。
「生まれ変わった気分はどうだ?まあ、イマイチ馴染んで無いようにも見えるけどな。」
少女の前に、人の姿をした『何か』……もとい白衣の青年が立っていた。
「アンタ……もしかしなくても、さっき話しかけてきたやつね?」
「そーだよ。そん時は、煽るようなこと言って悪かった。」
白衣の青年はそう言ったが、少女は別に気にしていなかった。ああ言われなきゃ、多分少女は生きていなかったから。
それはそうと、彼は何者なのか。少女は白衣の青年に問いただす。
「結局、アンタは一体何なのよ?まず私の体に何したの?改造?」
「改造というか……いや、この場合改造で合ってるか?実際生物学的な意味の人間を捨てさせたわけだし。」
「わざわざ生物学的ってつけなくても良くない?……で、ホントに私、人外になったって言うの?別にどっちでも良いけど。」
「えぇー……」
少女は、自分自身が『人間じゃなくなった』という事実に対して全く興味が無さそうだった。その発言を聞いて、白衣の青年はちょっと引いた。
「うーむ……5年も一緒にいると薄々分かっていたが、その無気力な感じと無頓着っぷりはマジで素みたいだな……」
「だから何なの……ん?ちょっと待って、5年?」
白衣の青年の発言に、気になる言葉が聞こえた。『5年も一緒にいた』と言っていた。
「え?あー、そっか。そう言う反応になるか。」
「いや、まずアンタみたいなやつと一緒にいた憶えないんだけど?」
「そりゃあ、今の俺が成り立つ前の話だからな。その前まで、輸血とか移動とかのために俺を使ってただろ。」
「輸血?移動?……え?いや……え?」
何となく、彼の言いたいことが分かった。でも何言っているのか分からない。いや、どっちなんだ。
困惑する少女に対し、青年は自分自身の事をこう答えた。
「俺は『ヴァイス・ブラッディ』。元々は、お前が点滴スタンドと呼んでいたもの……正式名称、イルリガートル台だった。それがお前の思念を取り込み、生命体として成り立った存在……簡潔に言えば『付喪神』だよ。」
これを聞いても、普通に理解が追い付かなかった。
だけど、今は、これだけは分かる。
やっぱり今の私は『イオリ・ブラッディ』なんだ。……その場の勢いで人間をやめた少女、イオリは、それを再認識し、同時に、胸の高鳴りを抑えられなかった。
………
後日、テレビのニュースで、機動兵器を利用した爆破テロ事件の事が取り上げられた。
軍の機体さえ簡単に破壊、もしくはハッキングしたテロリストは、突如現れた白い小型機動兵器によって倒された。
そして、両手を刃に変形させた機動兵器に乗っていたとされる、テロの実行犯2人が逮捕された。
警察によれば、1人は取り調べの際に『粛清』、『愚者共を裁くための正しき行為』等と意味不明な発言をし続けたため、怪我が完治した後に精神科医に移送。もう1人は沈黙を貫いていた。
尚、この2人の男を病院に搬送する際に検査を行ったところ……
特殊鉱石である『イマジニウム』の成分が、もう一人の男の血液から大量に検出されたという。