No.001-2 記憶を失くした少女は人間をやめる。そして名を貰う
「はははははははははは!!!あははははははははは!!燃やせ!!破壊しつくせ!!裁きを下せ!!!」
上空から、ベージュ色の機動兵器が大量に降ってくる。その内の1体、テロリストの男が乗っている黒色の機動兵器から、狂った笑い声が聞こえてくる。それを中心に、周りの機動兵器が派手に暴れはじめた。
更に、黒い機動兵器からはワイヤーが出て来る。それが付近にいた運送用の巨大ロボットに刺さり、そしたらそのロボットも暴走を開始した。
嫌な予感と恐怖を感じ、すぐに逃げようとする民衆たち。だが機動兵器達は、建物に突っ込み、時にその兵器の拳で殴り、時に自爆。しかも逃げ遅れた人すら何の躊躇いもなくーー
「警報が鳴ったから駆けつけてみれば、何なんだあの機動兵器は!?」
「今は被害を抑える事に全力を注げ!中枢はおそらく黒い奴だ!テロリストを鎮圧するぞ!!」
鎮圧のために軍が駆けつけたようだ。だが全くと言っていいほど意味を成さない。
「フハハハハハ!!無駄無駄無駄ァ!!!」
黒い機動兵器の両腕が、ナイフのような形に変わる。物凄い速さで突っ込んで来て、軍の戦車や戦闘機、機動兵器が細切れにされた。
攻撃が当たらなかった軍の機体には、また黒い機動兵器から出てくるワイヤーが刺さり、そして暴走を開始する。
「ダメだ!兵器を出していたら却ってハッキングされる!!」
「はははははははははははは!!どうだ!!何をやろうが無駄なんだよ雑魚どもが!!!大人しく正義の裁きを受け入れるんだなあああっはははははははははははははは!!!」
3秒も経たずに、病院の外が、街が、燃える。テロリストの、何の脈絡のない発言と共に、爆発音が、そして民衆の叫び声が聞こえてくる。
………
「う……」
地べたに倒れこんでいる少女。先程の爆発で派手に吹っ飛んだようだ。
(ここ、は……ああ、そっか。さっきので吹き飛ばされて……)
まだ息はある。だが全身にケガを負い、出血が酷い。多分、もう長くない状態だった。
(こんなことになっても、私自身は中途半端な状態なのね……)
微かに、炎に包まれた街が見える。人々の悲鳴と、狂気的な笑い声がはっきりと聞こえる。
少女は病院の外に思いを馳せていた。だが、誰かも知らない人に、それすら壊されるというのか。腑に落ちない。腑に落ちないが、そう思ったところで何になるのか。少女からすれば、ただ死期が早まっただけでしかない。
(あーあ……結局、なんにも叶わなかったなぁ……)
完全に全部を諦めた様に笑みを浮かべる少女。せめて、一度でも良いから、間近で外の光景を見れたらよかったのに。そう思いながら、目を閉じーー
『いいのか?そんな最期で。』
「……え?」
その途端に、声が聞こえて来た。
人の姿をした『何か』が、少女の目の前に立っている。声は男のものだったが、ぼやけて姿はよく見えない。
その人の姿をした『何か』は、少女に問いかけて来た。
『こんなあっさり死んで良いのかっつってんだよ。諦めたつもりでいても、外に対する憧れを捨てきれなかったお前が。』
「………。」
だから何なのか。確かに諦めきれなかったけれど、無理なのだ。記憶喪失の方はまだ良い。親族が誰も来ないのなら、多分関係は悪いのだろうから。
だけど、奇病ともいえる貧血がいつまで経っても治らない。輸血をしても、ちょっと時間が経ったらめまいが酷くなる。そのため何か支えになるものがなければ歩く事もできない。病院の方も治すことを考えていない。5年経っても、何にも変わっていない。だから、結局無駄なのだ。
というか、この状況で何故今それを問うのか。それも、満身創痍の状態の少女に対して。
『良いから言ってみろよ駄アホ。一応喋れるだろ。』
「駄っ……!?」
はっきり『駄アホ』と言われた。意味は何となく分かる。いや、少女にとって、それはまだどうでも良かった。
『それともあれか。どうせ無駄だからって思ってうじうじしてんのか?そうだとしたら、ダサいんだよ。ハッキリ言って。』
その後のこの発言は、少女からすると聞き捨てならなかった。少女は反論しようとした。しかし人の姿をした『何か』は、反論させる隙を与えずこう言い出す。
『……まずお前、本当に外に憧れてるんだったら……何故治そうと思わない?』
「え……」
少女は絶句した。続けてそいつはこう言った。
『本当にお前が貧血を治したいって言うなら、まず何故その意思を示さなかったんだ?それに病院の外に出たいなら、職員を無理にでも説得すればいいだけだ。そしたら、ちょっとなら外に連れて行ってもらえるはずだったぞ。』
少女は、病院の外に思いを馳せる事はあった。だが自分自身で『治したい』、『退院したい』と思った覚えが、確かに一度も無い。何かを言ったとすれば、テレビの全く同じ話題や、病院側の態度に対しての文句しか言っていない。
何か行動したことが無い。時々テレビを見ながら、食事のおかゆと、輸血をただただ待つだけ。唯一行動したと言えるのならば、夜中にこっそり1階に降りて、入り口のガラス越しに街の風景を見ることくらい。
『グダグダなのは、お前自身も同じだったな。病院側の対応の悪さや、いつまで経っても症状が治らないことを理由にして、前に進もうとしなかった。自分は不幸ですってアピールしてただけだな。』
『見当違いだった』と言うように、人の姿をした『何か』は少女に背を向け、歩き出す。
「待っ……」
行ってしまう。あれが何なのかは分からないけれど、止めないといけない気がする。勝手に一人で自己完結されたからとか、そう言うのではない。止めなければ、少女は、後悔する気がした。
だが、どうして止めなければならない?どの道酷いケガを負った状態では、少女自身はもう長くない。だけど、だとしても、あの人の姿をした『何か』に、言わなければならない。諦めて、心の奥底に閉じ込めていた言葉を。
少女の心の奥底から、何かがこみ上げてくる。
『……結局、あのままの状態で満足してたってことなんだなーー』
「嫌、だ……」
『ん?』
気が付けば、少女は立ち上がっていた。酷く出血しているのに、何の支えも無く、自分の足で立ち上がっていた。
「嫌だ……死に、たく……ない……」
あの瞬間で、全部諦めたはずなのに。ほとんどあの『何か』の言う通りだったけれど。それでも。それでもなお。
「あん……たの、言う……通り……かも、だけどっ……それ、でも……それでもっ……」
『……』
「生ぎ……たい……生き、たい……生きたいよっ!!私は……まだ、何も、見ていないっ!!病院の外の、世界をっ!!こんな所でっ、死にたくない……違う、死んでたまるかっ!!意味不明な貧血症状なんかでっ、こんな、訳の分からない状況なんかでっ!!!!私は、絶対っ!!生、き…る………」
少女は全力で本心を、自分の口から吐いていた。だが、少女の意識が途切れてしまう。満身創痍にもかかわらず、無理に立ち上がり、痛めた喉で言葉を発したから。少女は、力尽きる。
そして……
「……その言葉を待ってたんだよ。」
人の姿をした『何か』である、白衣を着た、19歳男性の外見をしているその青年。彼は白衣の袖口から、何かを伸ばした。
注射針付きのチューブと、包帯やガーゼだった。ガーゼと包帯が、少女が負った傷を塞ぐ。少女の血管に刺さった注射針から、チューブを伝って血液を流し込んでいった。
「さてと、事切れる前に応急処置は出来た。後は……」
白衣の青年から、ワイヤーのようなものが30本くらい伸びてくる。それについた2本針が、少女の体に、そっと触れる。
「『生きる』……ちょいと煽らせてもらったが、それが聞きたかったんだよ。だからこそ、俺が俺として『成り立った』意味がある。」
ワイヤーの針が少女に触れるたび、少女が負った怪我が、癒えていく。いや、恐らくそれだけではない。
「………?」
それと同時に、ほぼ事切れていた少女の意識が、戻り始める。
「どの道、この状況でくたばるのは俺も御免だ。だから、まずあのテロリスト潰すのに付き合ってもらう。……代わりに、お前の奇妙な貧血体質くらいは失くしてやるよ。医療とはまた別の特殊なやり方でな。…ただ、それでやる場合、お前は生物学的な意味での『人間』を、捨てる事になるが……」
白衣の青年は、今度はそんなことを言った。意識が戻りかけていた少女に、その言葉は聞こえていた。
少女がその言葉の意味を理解するくらいまでの意識は、まだ戻っていなかった。だが、少女の意識の中で、これだけはハッキリしていた。
『……何が何でも、私は生きる。これ以上グダグダと生かされるのも、それに甘んじるのもやめてやる。…方法があるなら、どういう結果になったとしても、それにすがってでも。生きてみせる。だからーー』
「良い目になったみたいだな。だったら、ごちゃごちゃ言う必要はないか!!」
その瞬間、周囲が光に包まれる。
「そう言えばお前、名前すら思い出せないんだったか。折角だし、俺が名前つけてやるか。…と言うのはいいが思いつかないな……ん?」
白衣の青年は、自分の手に持っていたタグをポケットから取り出す。爆発によって少女の腕から取れていたのを、拾っていたらしい。
「『No.106』か……じゃあ、『イオリ』だな。……ってことでお前は今から『イオリ』だ!異論は認めない!!」
………
「ははははははははは!!!どうだ!!お前達のような劣等種如きに、この俺が負けるなど有り得な……ん?」
軍の機体を悉く破壊した、黒い、ナイフの機動兵器。それに乗っているテロリストの男が、街の破壊を再開しようとした途端ーー
「な、何だ?」
病院近くから、強い光と共に竜巻が発生する。
「良く分からないが嫌な気配だ……おい!!さっさとアレを吹き飛ばしちまえ!!!」
男がそう言うと、周囲にいた機動兵器が、竜巻の元に向かう。自爆させるつもりだったようだがーー
その機動兵器達は、一瞬で全て切り刻まれた。自爆することも無く、部品が全部外れた。
「……へ?」
困惑するテロリスト。
そして、光を放っていた竜巻の中から何かが出て来た。
羽のパーツが付けられている、血濡れた、白色の小型機動兵器みたいなもの。
「な、な……何だ、アレ……!?」
白い機体は、目を開く。そして、ナイフの機動兵器の方向を向いた。
(……正直、今自分の身に何が起きたのかは分からない。だけど……)
白い機体の中に、コックピットのようなものは無い。代わりに1つの空間が存在する。
そこに、どういうわけか横に点滴スタンドを添えて、空間の中心に立っている人物が1人。それは言うまでもなく……
「だけど、これだけは何となく分かる……今は、今の私は…『イオリ・ブラッディ』なんだ!!」