第八回 商家の怪 一
私は伯父さまの帰りを待ちました。この街のどの辺に泥棒さんがいるかを聞くためです。
そしたら効率よく泥棒さんを捕縛できますでしょ? そうすれば益徳さんは早々に出世。私と結婚。素晴らしきかな人生。
「おーう、今帰ったぞー」
おおぉうっと! 言ったそばから!
「伯父さま、伯父さま、伯父さまー!」
「お、どうした三娘」
「伯父さま、この街にはどの辺に泥棒さんが居られるでしょう?」
「なに、泥棒? 心配しなくてもいい。そんな連中はこの夏侯淵伯父さまの名前を聞いたら飛び上がって逃げだすからな!」
「いや、そういうのはいいんです」
あら、伯父さまったらガビーンって顔してるみたいですわね。
「ほらございますでしょ? 泥棒さんが出やすいとか喧嘩が好きなかたが多いとことか」
「なるほどなぁ。そういう治安が悪いのは西の門辺りかな? 職人とかガラの悪い血の気の多いのが集まるとこだからな」
「西の城壁……!」
「そんなとこに行って遊ぶなよ!」
遊びません。これはお仕事。益徳さんにお手柄を立ててもらうために大事な情報ですわ!
次の日、またもや兄者さんの客舎に行こうとしますと
「おはよう三娘」
あら? 振り返るとまたまた覇お兄さまですわ。
「ごきげんよう、お兄さま」
「三娘、珍しいものが手に入ったんだ。玉の耳飾りだよ。取ってくるから待っていたまえ。きっとお前の耳に似合うはずだよ」
「あらま」
耳飾りかぁ。おしゃれですわね。私はまだ十一歳ですし早いかもですわ。でも益徳さんが見たら可愛いと言ってくれるかしらね?
──いやそれは十兆分の一だわ。
「私よりお姉さまたちに差し上げてくださいまし」
「えええ? 兄ちゃん、お前のために買い求めたんだぞ?」
「私にはまだ早いですもの」
それに急いでおります。私はピューと駆け出しました。
覇お兄さまには申し訳ないですけどね。
さてさて、客舎に到着。今日の益徳さんはどこにいるかしら? この客舎、広すぎて分からないですわ。でも視界に孫乾さんが入りました。あの方、ナイスモブですわ!
「孫乾さん、孫乾さん」
「おや夏侯校尉の姪御さま。本日のご機嫌はいかがですかな?」
「すこぶるよろしいですわ。ところで張飛さまは?」
「ああ昨日のお二人は盗人に憐れみをかけて差し上げたとか。誠に結構にございます。張飛なら只今職務の準備をしております。暫時お待ちのほどを。それまで客間でお休みくだされ」
あら孫乾さんには昨日のお手柄が伝わってるわね。孫乾さんが上司なら出世してもらえたかも知れないけど……。益徳さん残念ですわ。
孫乾さんに客間に通されて少し待つと益徳さん登場でございます。
「ようお嬢ちゃん。今日もお迎えかい。すまねぇな、早速行くかい」
「ええ張飛さま。今日は西門のほうに行くわよ!」
私は益徳さんの前でピョンピョン跳びながら楽しそうに話しておりました。
「西門のほう……? お嬢さま、それはなりません」
咎めてきたのは孫乾さんです。まだそこにいたのね。私と益徳さんの愛の語らいの場にいるなんて~。
……まあ私の一方的なものですけどね。
「西門の城壁のほうには職人や力仕事をするようなもののほか、人相の悪いものが集まって行くのだとか。この話を聞いて留めなくては、私の不始末となります。どうかその儀はおやめくだされ」
くー、やめたらお手柄を立てることが出来ないじゃない~。
「そうかい孫乾。だったらそっちに行かないほうがいいな。お嬢ちゃん。別なところで遊ぼうぜ」
あーん。ゲンナリですわ。益徳さんまで~。そんで遊びですって? 遊びではなくってよ? お仕事ですもん。
「それじゃあ、お嬢ちゃん行こうかぁ」
「ああん張飛さま、お待ちになってぇ~」
矛を持った益徳さんを追いかけて街に出ます。益徳さんったらニコニコしながらお日さまの光を浴びて楽しそう。こっちまで楽しくなっちゃう。
西側の城壁へは行かなかったけど、大きな辻ではなく、市や商家がある賑わった場所を二人で目指しました。
歩き疲れると益徳さんが屋台で餅を買って下さいましたので二人で食べました。素敵。とっても楽しいデートですわ。
「おや?」
あら益徳さんが何かを見つけたようですわ。そちらに目を向けると、真っ青な顔をした商家の老人がキョロキョロと何かを探しているご様子です。
益徳さんは立ち上がってそのご老人のほうへ行くので、私もその後についてまいりました。
「これご老人」
「あ! これはこれはお役人さま!」
「何か困り事のようだな。オイラは張という郎中で、こちらは名家のお嬢さまだ。助けになるかもしれねぇ。一つ話してみな」
「おお、これは天からの佑け。是非とも聞いてくだされ」
そう言ってご老人の誘いで茶店に入って話を聞くことになりました。
ご老人はお茶をひとすすりしてから、青い顔のまま話始めました。
「私は黄と申すもので、先祖代々商売をして参ります。蓄えも屋敷も大きくなり、二百人ほどの下僕を抱えながら不自由なく暮らして参りました」
なるほどねぇ。身なりは悪くないものね。益徳さんも頷きながら聞いております。
「ところが最近、家が古いせいが屋敷の中で怪異が発生しまして困りきっておるのです」
「怪異?」
「きゃぁあああーー」
聞き直す益徳さんの横で思わず叫んでしまいました。だって怪異ですって? 怖い。何それ。お化けってこと? 怖いけど興味はあるわ。
私は益徳さんにしがみつきながらご老人に聞きました。
「それで? それで?」
「最初はささいなことでした。突然高いところから軽いものが落ちてきたり、家鳴りがする程度だったのです」
「なるほど。それで?」
「ある時、女中が井戸に水を汲みに行きますと、井戸の回りに四人の女中が先に水汲みをしている。自分は台所の係だが、このものたちはどこの係だろうと思いながら近づいて行ったのです」
「ふむふむ、それで?」
「軽く挨拶をすると一斉にその女中たちは彼女に顔を向けました。その顔には目も鼻もなく、口だけがニヤリと笑ったので彼女はその場で気絶してしまいました」
「きゃぁあああーー!!」
怖い! なにそのお化け。妖怪“口だけ女中”? こーわい。
私はますます益徳さんにしがみつきました。
「それで? 終わり?」
「まさか。それは屋敷の外です。今度は、うちの妻が使用人を四人連れて蔵の掃除を監督しに行ったときです」
「ふむふむ」
「バタバタと動く使用人に混じって自分も軽いものを取って表に移動させたりしておったのですが、どうもおかしい。四人だったはずの使用人が五人、六人と数が増えていくではありませんか」
「ひっ!!」
「妻は目を擦って確認しますが、見知ったものばかり。広さのある蔵で動くものを数えることは難しいことで、一度作業を止めて蔵の真ん中に集めたのです」
「はいはい」
「するとなんと、同じものが二人ずつ。合計八人いるではありませんか。みんな驚いていると、今度は奥の木箱の影から、妻が出てきたそうなんです」
「ええ? えっと奥さまも二人?」
「そうです。みんな恐ろしくなって蔵から飛び出しましたが、それ以来妻は寝込みがちになってしまい、今でも奥で唸っております」
「ひゃぁぁあああーー!!」
怖い。益徳さんは黙ってお茶飲んでるけど怖くないのぉ? ひーん、聞くんじゃなかったよぉ。今日は二娘お姉さまと一緒に寝ようっと。
「それから……」
「え? まだあるんですの?」
「そうでございます」
「ひぃぃいいいーー!!」
なによ今日は。怖いもの聞く大会? 私にどうしろっていうのよ~。
「聞かなきゃ分からねぇ。黄老人。話してみな」
「は、はい。でもお嬢さまは……?」
「そうさな。お嬢ちゃんは家に帰るかい?」
え? なにそれ。益徳さんは私と離れて平気なワケ? くぬぅ。頭に来た。
「私平気ですよ。どうぞお話下さい。ど、どんと来いですわ!」
すました顔で言ってやった。でも益徳さんに絡ました手にはますます力が入ったんだけど。
ご老人はお茶を飲んで一息つくと話を続けたのです。