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第六回 張郎中 二

 一方その頃、曹操さまは知恵袋チームに囲まれておりました。曹操さまには優れた頭脳集団があるのです。曹操さまの強みですわね。その集団が曹操さまの行く手を遮っております。それは兄者さんのところに行かせないためなのです。

 メンバーは荀彧(じゅんいく)さん、郭嘉(かくか)さん、荀攸(じゅんゆう)さん、程昱(ていいく)さんですわ。


 荀彧さんがおっかない顔で曹操さまに詰め寄ります。


「閣下。言わないことがありません。劉備を鎮東将軍ですと? なぜ劉備に将軍職を安売りしました? 彼のものの毒気に当てられ、その歓心を買おうとしてですか?」


 曹操さまが宴席で兄者さんに将軍を命じたことを咎めているのです。曹操さまも、なかなか言い訳ができず、目を泳がせておりました。


「いいですか? 徐州六郡は誰のものです? 劉備のものでも、呂布のものでもありません。あれは漢のもの。劉備は敗れて逃げたのですから彼に領有権はありませんよ。我らの悲願である徐州奪還を実行するのに劉備はいりません」


 そこに郭嘉さんも参加します。


「そうです閣下。劉備という将を得るのはよいでしょう。しかし徐州は我らのもの。兗州(えんしゅう)、徐州、豫州(よしゅう)の全域を領有して初めて袁紹(えんしょう)と対抗できるのです!」


 はい、三娘が解説いたします。この頃、曹操さまは兗州と豫州が本拠地で、その回りは敵だらけ!

 その中でも袁紹の勢力は曹操さまを大きく凌いでおりました。

 ですから曹操さまは呂布のいる徐州を得て力を蓄える必要があったのです。


「分かってる。分かってる」


 と曹操さまは答えますが、知恵袋集団は納得行く答えが得られないので解放しません。

 荀彧さんはさらに進言します。


「いいですね。劉備には兵を貸しません。我らでやるのです。劉備には豫州の小沛の太守を命じて呂布の目を逸らさせるのです。関羽と張飛には将才があるようですから千の兵を与えて捨て駒として先鋒を命じ、徐州軍を乱れさせるのです。そしたら我らはゆっくりと出陣し、意気揚々と漁夫の利を得れるはずです」


 曹操さまはそれを聞いてポンと手を打ちました。


「なるほどのぅ。さすが荀彧だ。その作戦で行こう」

「それが賢明でございます」


「今日、劉備と会うから早速相談してみよう!」

「閣下! これは我らの作戦! 客将なぞに言うは無用です!」


「あ、なるほど……」

「本気で聞いておられました? 心ここに非ずでは困ります! 早くいつもの閣下にお戻りください!」


 と言うと、曹操さまは帯を叩いて命令し出します。


「あい分かった! 程昱、そなたは兵力がどれほど必要か分析せよ」

「御意!」


「荀彧。そなたは粟糧(ぞくりょう)を集め、兵を飢えさせんよう兵站(へきたん)の任に着け! 兵糧、物資が無くては戦はできん。分かっておるな!?」

「委細承知にございます」


「荀攸! 相手の情報を集めよ!」

「すでにやっており、こちらの竹簡(ちくかん)にまとめてございます。細かいことをさらに探ります」


「でかした! では郭嘉、そなたは知の限りを尽くし、いかに兵を少なくして呂布を捕えるか、策をまとめよ!」

「お任せください」


 知恵袋集団は、命令を受けると、サッと散会していきました。残された曹操さま、ほうと溜め息をつきました。


「どうれ、劉備と遊んでこようっと」


 ……恐るべし兄者さんの魅力お化け!


 ですが、皆さんが去った柱の影から一人の女性が顔を覗かせたことには誰も気付きませんでした。





 さて私はというと、一刻の猶予もありません。さっさと益徳さんに中郎将になっていただかないと!

 兄者さんたちに与えられた客舎に向かおうと衣服を整え、パーっと駆け出しました。


「三娘、三娘」

「なんです?」


 そこには伯父さまの次男である夏侯覇(かこうは)お兄さまがにこやかに立っておりました。私とは二歳年長の十三歳でございます。

 覇お兄さまの上には長男の(しょう)お兄さまが私より四歳年長。三男は(しょう)お兄さまが一歳年長。四男の()お兄さまは産まれの早い同年でございます。

 みんな従兄でございますが、一緒に育ったのでみなさんをお兄さまと呼んでおります。


「あら覇お兄さまじゃありませんか」

「おはよう三娘」


「ごきげんよう。では行って参ります」


 覇お兄さまとお話している暇はございません。益徳さんに急いで出世してもらわないと。私は伯母さまの教育通りの礼をとってお兄さまの前から辞去しようとするも、またもや止められました。


「なんだよ、どこに行くんだ。たまには兄ちゃんとも遊んでくれよ。兄ちゃん、なんでもしてやるぞ。お馬になろうか? それとも肩車がいいかな?」

「まあ素敵。でも今はとっても急いでますの」


「お、おい。市場で美味しいものを買ってやるぞ?」


 ですが私は、覇お兄さまの前から走り出しました。


「ああなんだよ、兄ちゃんはお前を──」


 私の背中に向けられたその声は当然、私には聞こえるはずがありませんでした。





 活気ある街の中を走って行くと、兄者さんや徐州官僚さんたちに与えられた客舎に到着。

 こりゃ相当でかいですわ。伯父さまのお屋敷くらいありますもの。中には使用人もぞろぞろおいでで、まるで一つの街のようです。

 門衛さんに中にいれてもらうように言うと、最初は邪険にされたものの、夏侯淵の縁者というと、まるで海老みたいに後ろに退いて通してくれました。さすが伯父さまのお名前。


 中に入ってもこんなに広いと益徳さんがどこにいるか分かりません。


「おや身分卑しからぬお姿の女子童(めのこわらべ)とはこの屋敷に場違いですな。まさか町人の御用聞きの御使いではございませんでしょう。一体当家にどんなご用事で?」


 あらやだ。物言いが頭良さそう。声のほうを向くと、まさに文官らしいおかた。一体どなたですの? このかたに聞くのが良さそうですわね。まずはご挨拶をしなくっちゃ。


「大変申し訳ございません。私は夏侯淵の縁者でして夏侯三娘と申します。昨日、張飛さまが私の護衛となりましたので面会に参りましたの。張飛さまはご在宅でしょうか?」

「おやおや、なんと夏侯校尉の? これはとんだご無礼を致しました。私は徐州別駕従事(べつがじゅうじ)孫乾(そんけん)と申します。とは言え今は土地を失い、この客舎の家宰(かさい)くらいしかやることがございません。張飛であれば、屋敷の奥で寝て……いや休んでおりますので呼んで参ります。どうぞ客間でお待ちくだされ。さあご案内致しますぞ」


 この方は兄者さんの側近の孫乾さんでした。別駕とは兄者さんのサポート、副官みたいな地位ですわね。州の偉い人が出掛ける際に、別の車に乗るのでこういう役職名なのです。

 私が客間で待っておりますと、三つの足音が聞こえて参りました。


「やあおはよう三娘ちゃん。お姉ちゃんに似て可愛いね」


 と言って入ってきたのは兄者さん。ニコニコして気に入られようとしてるのは丸見えですわ。そこから一娘お姉さまへの足掛かりにしようと考えてるに違いありません。一本筋の通った助平ですわ。

 ですが、黙って後ろに立つ長身の雲長さんの威圧に驚いて小さくなっております。ざまぁですわ!


 そこに頭をかきながら入ってきたのは益徳さん。うーん、なにやら申し訳なさそうなご様子ですが、その姿も可愛いですわね。


「あのさぁ、夏侯のお嬢ちゃん?」

「益徳。三娘ちゃんだよ」


 ねー、益徳さん。なんで兄者さんに名前を教えられてるの? 私、自己紹介しましたわよねぇ。そんで兄者さん、頼りなさそうなのに女の名前の記憶はすごいわ!


「そぅ……、三娘さんよぉ。オイラ、その護衛にされたってのは、さっぱり覚えてねぇんだ。なにがなんだかわかんねぇ」


 ぬぅわぁぁぁあああにぃぃぃいいい!?

 クラクラクラクラ、立ち眩みですわ! か弱いから!

 なんですって、名前も覚えてなけりゃ命令も覚えてないですって!?


「あのぅ、張飛さま。曹操さまは張飛さまを郎中に任ぜられ市中の取り締まりと私の護衛を命ぜられたのです……」


 と言うと、益徳さんは照れたようにはにかんで、


「いやぁ悪い。酔ってさっぱり覚えておらん」


 と可愛らしく笑い始めたのです。

 くっ。この時の旦那は私に関心のかけらもございませんでした。まあ確かに私は十一歳。女としての興味なんかわかないでしょうけどね。悔しいですわ。


 すると雲長さんが、益徳さんに凄んだのです。


「益徳。閣下は確かにお前を郎中に任ぜられ、市中に三娘どのを見かけたら保護するように命ぜられた。男たるもの役目を与えられたら全うせねばならぬ。儂も侍郎を命ぜられたので印綬や具足、任命書が来たら登城するつもりだ。そなたも役目につくがいい」


 ナーイス。ナイスですわ。雲長さん。そこに益徳さんが雲長さんに言いました。


「でもよう義兄(アニキ)。オイラ郎中の仕事なんかわからねぇぜ?」

「……そうさな。閣下は三娘どのの警護や保護を命ぜられたのだから、彼女がこうして迎えにおいでになったのだ、従って彼女の命令に付き合ってやるといいのではないか?」


 と言ってニヤリと笑いました。これは雲長さんのイタズラですわね。益徳さんが少女に振り回されるのを楽しむと言う。

 益徳さんは仕方ないという風に溜め息をつきました。


「分かったよ義兄(アニキ)。それじゃあ、お嬢ちゃん。早速市中に出てみようや」


 しめた! 私は益徳さんの手を引いて門を出ます。途中で益徳さんを冷やかす人がたくさんいたけど、私はデートだ、デートだとルンルン気分でした。


 外に出ると、益徳さんはまるで子どもと遊ぶように尋ねました。


「はぁー、夏侯のお嬢ちゃん。オイラは何をすればいいんだい?」

「出世していただきます」


「は?」

「なっていただきますよ、中郎将に!」


 益徳さんは笑顔で固まっておりました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この時代でも嫁ぐのに年収が重要なんですね。 というか現代より身分に拘るから当然か。 そして益徳さんとデート♪ 益徳さんが笑顔で固まるところが素敵です( ´艸`)
[一言] お前が中郎将になるんだよ!
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