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第五回 張郎中 一

 さて私たちは宴会を辞去して、伯母さまやお姉さまと馬車でお屋敷へと帰る道中、私は一人だけテンション高く騒いでおりました。


「ねえねえ一娘お姉さま、楽しい宴会でしたわよねー!」

「え? ええ、そうねぇ」


「二娘お姉さまのお歌、とってもお上手でしたわよー!」

「ああ、ありがと……」


「ねぇ伯母さま。張飛さまは私の護衛になるんですってよ~。あんな筋肉ムチムチの人に守られるなんて、なんて頼もしー!」

「あれはとっても傑作だったわ」


 回りの雰囲気がいまいちなのに気付かずに、私だけは浮かれておりました。そして屋敷へと到着。屋敷の中に向かって私は大きく叫びました。


「たっだいまー!!」

金五(きんご)楽三(がくさん)、さっさと来て三娘を押さえなさい!」


 と伯母さまの使用人を呼ぶ怒鳴り声……。私は恐る恐る伯母さまを見ると、美しい柳眉をまるで鬼神のように吊り上げておりました。


「へ、へい奥様。お嬢様を押さえていかがなさるので……」

「柱に縛りなさい。そして(きゅう)の用意を」


「へ、へい」


 きゅ、キュー(・・・)トな三娘ちゃん!? ……じゃないわよね。


 私は金五に押さえられ柱で腕を縛られてしまいました。伯母さまは私のお腹を椅子に押し付け腹這いにし着物を腰まで下げて、楽三の持ってきたもぐさを山のように背中に据えます。


「あ、あ、あ、あー! 伯母さま許してー! 勘弁してー!」

「あー、うるさい! 私にとんだ恥をかかせてくれたわね! お灸を据えなきゃ気が治まらないわよ!」


 そう言ってお線香に点けた火を私の背中の山盛もぐさへ点火……! 現代の皆さまには分からないかも知れませんけど、めっちゃ熱い! マジ激熱なんですのよ?


「あー! あぢぢぢぢぢ!!」

「何いってるの! 女の子がはしたないわね! どうして宴席に出てきたの! どうして曹閣下はあなたが市中をフラフラしてることを知ってるの!」


「お、ほ、ほ、ほ、あづづづづづ!!」

「まったく! このお馬鹿!」


 さんざん灸を据えられて、終わりに近づいた頃、伯父さまも帰って参りました。


「ただいま帰ったぞー」

「あ、妙才(みょうさい)さん、お帰りなさい」


「おお三娘は灸か……。まあ仕方ないな」


 伯母さまが呼んだ『妙才』は伯父さまの字です。

 ですがなんです? 伯父さま、このお灸がいつもの夏侯家の風景みたいないいかた。何が仕方ないんですの伯父さま。現代ならヒドイ虐待ですよ?


「ホントにこの子は何をしでかすか分からないんだから……」


 伯母さまは大きな溜め息を吐きながら、火の点いたもぐさをようやく払い除けて下さいました。ホッ、解放されたか。


 伯母さまは使用人に伯父さまにお茶も持ってくるよう命じ、私には衣服を整えて座るように言いました。


「まったく。三娘、あなたは早目にお嫁に出したほうが良いみたいねぇ」

「本当ですか!? 伯母さま!」


「う!」


 伯母さまは私に反省させるためにそんなことを言いましたが、私が食らいついて言ったのでたじろぎました。


「さ、三娘。あなた早く嫁に行きたいというの?」

「ええ伯母さま。ダメかしら?」


「ダメに決まってるでしょ!」

「あらどうして? 伯母さまがおっしゃったのに」


「あなたには、ちゃんとふさわしい人を私たちが選んであげるわよ」

「あら。私にだって選ぶ権利はあるでしょう?」


「なによ。めぼしい人がいるわけ?」

「張飛さま」


「お 黙 ん な さ い!!」


 またまた激怒が再燃。まるで悪鬼、羅刹のお顔! 怖いですわ!


「なんで今日会ったばかりの張飛なんかが夫候補なのよ! そもそもあれは客将の配下でとても婿になんか出来ないわよ!」

「あらだって曹操さまから官位をいただいていたわ。ということは曹操さまの配下というわけでしょう?」


「何言ってるの。あれは一時的なものでしょう?」

「それだって立派なものだわ」


「何が立派よ。郎中なんて、下っ端役人だわ! あーた。郎中の秩石(ちっせき)はいくら!?」


 と突然向き直って伯父さまに話を振るものですから、伯父さまはお茶を噴いておりました。

 秩石とは役人のお給料のことですわ。


「そうだな、関羽の侍郎が比四百石(ひよんひゃくせき)で、張飛の郎中が比三百石(ひさんびゃくせき)くらいか?」


 それを聞いた伯母さまは『そうらごらん』といったような顔をしておりました。『比三百石』とは三百石と二百石の間のお給料ですわ。


「そんな比三百石なんて伯父さまの配下の配下よ。そんなとこに嫁に出せますか」

「だったら、いくらくらいの秩石ならいいんですの?」


「あのね、伯父さまは校尉(こうい)だけで二千石の秩石があるの。それ以外に騎都尉(きとい)太守(たいしゅ)まで任されてる。合わせて数千石なのよ? それであななたちはこんな大きなお屋敷に住んで、美味しいものを食べて、キレイな着物を着れてるわけ。せめて一千石か比二千石くらいない男に安心して嫁になんてやれますか」

「比二千石……」


 私はお茶を飲み直している伯父さまのほうを向きました。


「伯父さま! 比二千石となる役職はなんですの?」

「比二千石といえば中郎将(ちゅうろうしょう)だな」


「中郎将……!」


 伯母さまは伯父さまに近寄ってそのお顔を睨み付けました。


「あーた! 三娘に余計な知恵を付けなくていいの!」

「だ、だって聞かれたからよ……」


「あの子、また変に騒ぐわよ!」

「まさか……。張飛が中郎将なんかになれるかよォ~。俺だって曹公に付き従って、従弟の間柄もあってようやく校尉だぞ? それが客将劉備の配下ごときで手柄もコネも家柄もないヤツが、漢の中郎将になれるもんか」


 伯母さまは顎に手を当てて考えてから笑顔になりました。


「それもそうね」

「だろう? もしも張飛が中郎将になれるなら、三娘を嫁にやったっていい」


「うふふ。万に一つもないもんね」


 そう言って二人して大笑いです。ぬうう。私は声を張り上げました。


「だったら張飛さまが中郎将になったなら、嫁に行ってもいいんですね!?」


 という言葉にまたもや二人で大爆笑。


「いいとも、いいとも。そしたら張飛に嫁にやる」

「でも期限がなくちゃ面白くないわよね、あなただって年頃を過ぎちゃ結婚も何もありゃしない。来年中。つまり建安三年中に中郎将になってごらんなさい。もしもなれなかったら、二度と世迷い言は許しません! 私が言う人と結婚してもらいますからね!」


 ピシャッ!

 くくくく、こりゃ何がなんでも益徳さんに中郎将になってもらわなくちゃならなくなった~!

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[一言] 灸を据える(物理)。
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