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第三十三回 強襲 三

 幕舎に入った兄者さんと、甘夫人はたったの二人きりです。兄者さんは甘夫人を抱き抱え、寝台にそっと寝かせました。

 甘夫人は、じわじわと首を投げ出した狐の姿に変貌していきます。兄者さんはそれを見つめておりました。


 そして、狐と化した小さく細い手を握り涙を流しました。


「お前、オイラたちを守ってくれたんだな。命を掛けて! こんなだらしのないオイラをよォ! 梅!」


 甘夫人はしばらくそのままでしたが、やがてまぶたをピクピク動かして、ゆっくりと目を開けました。


「……旦那さま……?」

「おお、梅! ああ梅! 目を覚ましたのか!」


「張遼……は……?」

「心配ない。ここは曹司空閣下の陣だ。お前のお陰で助かったんだよ!」


「ああ……良かった……」


 甘夫人は、涙を流す兄者さんの涙を拭おうとして気付きました。自身の姿が狐になっていることを。


「あ……旦那さま」

「心配ない。お前が狐だろうがなんだろうが、お前はオイラの命の恩人だ。オイラの大事な女房なんだよォ……」


 兄者さんは、甘夫人の胸に顔を埋め、助かったことと甘夫人が息を吹き返したことに安心して声を上げて泣いたのでした。





 そしてこちらは雲長さんです。五百の兵を率いて駒を小沛の城へと近付けます。

 すると気付いた兵士が声をかけました。


「おい。そこを行くのはどこの隊だ? (ちょう)の名前は?」

「されば小沛のものにござる。長は拙者で、名を関羽と申す」


「か、か、関羽だと!?」


 兵士は大変おののいて、手をバタバタしておりましたが、しばらくすると落ち着いたようで、両手で進行を止めるようなゼスチャーをしました。


「あ、あ、あ、暫時ここでお待ちを!」

「うむ」


 素直。待てと言われて待っちゃうのもいかがなものかと思いますが、兵士はしばらくすると一隊を連れてきました。


「驚いた。逃げたと思ったら戻ってきたのか。関羽!」

「それを聞くのは誰か?」


「俺は高順だ! 丁度この辺の残党狩りをしてたのよ」

「ほほう、高順か。そなたの用兵は見事であるぞ」


「何を言ってやがる! この高順、勝負を所望!」

「ほ、ほう。面白い。不躾(ぶしつけ)ながらお相手いたそう」


 な、なんと、この戦場では呂布軍のナンバーツーと対戦と言うことになってしまいました。慌てたのは夏侯惇さまから借りてきた兵士です。


「な! 勝手に一騎討ちを受けるなど、言語道断であるぞ!」


 みたいなことを口々に言います。都の兵士ですから、雲長さんよりも偉そうでした。ですが、この部隊には、元々雲長さんにくっついて来た兵士が少ないながらも混じっておりました。

 その兵士は、余裕で言い放ちます。


「まぁまぁ、お宅らうちの大将の膂力(りょりょく)を知らねェな? まぁ見てなって。面白いもんが見れるからよ」


 それを聞いた都の兵士が、雲長さんのほうを見ると、高順と一合、二合と槍を交えたかと思うと、高順の武器を空高く弾いてしまいました。

 そして、高順に刃を向けます。


「そなたの敗けだ。一つ伺うが、儂の義弟である張飛の姿が見えん。そなたか? それとも張遼か? 益徳を手にかけたのかァ!!?」


 得物の偃月刀を突き出しての突然の剣幕です。高順は高速で首を横に振ります。雲長さんは、ゆっくりと偃月刀を下ろしました。益徳さんが討たれたわけではないとホッとしたようです。その隙を見計らって高順は馬を駆って逃げてしまいました。


 雲長さんはたった五百の兵ですが、張遼が率いる万兵ひしめく小沛の城へと叫びました。


「みんな頑張れ! ご主君は無事だ! 今から関羽が参るぞ!」


 するとさっきまで怒号が聞こえていた城の中が一度静かになり、すぐに歓声が聞こえてきました。


「「「えい! えい! おうおう!!」」」


 まだまだ戦っている兵士はたくさんいるようです。雲長さんが練兵した兵隊たちです。城は落ちても降伏などしていなかったのです。


「陳到はおるか!」


 と叫ぶと、しばらくして離れた場所から銅鑼の音が聞こえます。


「辛抱せい! もうじき参る!」


 とやると、さらに銅鑼の音が鳴り響きました。おそらく僅かな兵とそこで踏ん張っているのでしょう。


 雲長さんはニヤリと笑って城門へと向かいますが、城門から一将が部隊を率いてやって参ります。

 雲長さんは得物の偃月刀に力を宿し、馬を低速で駆けさせます。

 それが分かった兵士たち。ソワソワしながら、ここ一番の期待です。


 前方の将も薙刀を振り上げてと襲いかかって来ます。


「拙者は関羽。そなたの名を聞こう!」

「俺様は魏越である! 関羽! 刃を交えるのを楽しみにしておったぞ!」


 あらあら、このかたは呂布旗下の勇将魏越のようです。どうやら雲長さんを敵ながら認めていたようです。


 バサッ!


 でも認めていただけじゃダメですね。相手を知らないと。一合も交えることなく、横薙に斬られてしまいましたよ?


 それを見た雲長さんの兵士たちは、両手を上げて雲長さんを称えました。


「うぉぉおおおおーー!!」

「やった! やったぞォ!!」

「敵将魏越は、我らが主人、関羽さまが討ち取ったァ!!」


 わぁわぁと喜ぶ声に呼応して、城内からも歓声や銅鑼の音が上がります。どっちが寡兵か分からないくらい。

 そこで雲長さんは叫びました。


「全員突撃ーーっ!!」


 すると元からいた雲長さんの兵士たちは、怒号を上げて槍を前に突きだし、魏越の出てきた城門を目指して駆け出します。

 少し遅れて五百の都の兵士が、同じようにして突撃していきました。

 元々この五百の兵士は命じられて付いてきただけで、旗色が悪くなったら逃げようとの腹積もりでした。しかし、雲長さんと僅かな兵士の士気によって、心意気も変わったようでした。

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