第二十七回 山賊討伐 二
さてさて雲長さんの作戦で、韓暹のいる相山の見えるところまでやって来ました。時刻は夜で、当時は灯りなどまったくありませんから、月明かりだけが頼りです。
そこで雲長さんが益徳さんに作戦を再度伝えました。
「よいか益徳。そなたは千の兵を引き連れ相山の山道付近に夜陰に乗して伏兵せよ。儂は敵に侮られるように、わざと弱兵を装い山塞に近づく。さすれば韓暹は、討って出てくるはずだ。そなたは、韓暹の兵が伸びきったところを見計らい、横から突くのだ。さすれば敵兵は混乱に陥るので、勢いで山塞を奪え。奪った後に、韓暹を背後から襲うのだ」
「おう! 分かった!」
「恐ろしいほどの安請け合いだな。まあそなたのことだ。大丈夫だとは思うがな」
「任せとけってんだ!」
「う、うむ。それから山塞には火を放つなよ? 物資を奪うのが目的だからな。降伏したい敵兵は殺してはならぬ。そのまま我が軍に吸収するんだからな」
「分かった、分かった!」
「よし。作戦開始だ。儂は朝になったら山麓で炊煙を焚く。さすれば韓暹は何事かと偵察を出すであろう。それから動き出すだろうから、上手く頼むぞ」
「ガッテン承知だい!」
そう言って益徳さんは歩兵を千人連れて相山に入っていきました。
えー、コホン。今までの雲長さんと益徳さんのやり取りを聞いて、益徳さんがアホっぽいと思われたでしょう? それが違うんです。
山に入った益徳さんは、すぐに顔が引き締まり、戦闘モードに入りました。音を立てるものは小声で叱責しながら、山塞付近の山道に兵を集めます。山道は木々に囲まれ、兵を伏せるには絶好のポイントでした。
「お前ら。俺たちの役目は山塞を出ていった兵の横腹を突くことだ。合図があるまで木の葉を被り、木の枝を兜に挿して身を伏せておけ。飯は戦が終わったら、たっぷり食わしてやる。もちろん、小沛城の女房、子供にもだ。だから頑張れよ!」
「「「はい!」」」
とそれぞれ声を潜めて返答しました。
益徳さんは、素早く地面を掘り、身を伏せられるほどの窪みを作ると、ゴロリと伏せて、その上に木の葉を掛けて眠りました。全身が土だらけですが気にする風もありません。同行した将兵も同じようにしました。
朝日と共に目を覚まし、息を潜めます。山塞の中も賑やかになりました。
やがて山麓から炊煙が上がります。雲長さんの部隊が動いたのですね。
昔は、この立ち上る煙の数で軍勢の数のおおよそが分かったのです。それを見つけた山塞の兵士が韓暹へと報告に行きました。
「何? 山麓で炊煙が上がっているだと?」
「おそらく二百から三百ほどの兵数かと……」
実は雲長さんの手勢は五百ですが、竈の数を減らして、自身の兵力を少なく見せかけたのです。
「ひと揉みに潰せる数だが油断はいけねぇ。すぐに偵察を出して、どこの兵隊か、実際の数は何人か調べな」
「へい!」
韓暹に命じられた兵士数人は、山を下って雲長さんの陣を見つけました。そしてそれらの情報を持って山塞に帰っていきました。
「何? 兵は五百ほどで、劉備の軍だと?」
「はい。竈を少なくして寡兵に見せかけているようです」
「はっはっは。たかだか五百が三百に見せかけて油断すると思ったか!?」
「首領、いかがいたしましょう」
「知れたことよ。山を登り始めたら一気呵成に突撃し、叩き潰すのだ! 功労を立てたものにはあいつらの物資から褒美を遣わそう!」
「褒美を? 本当ですか!? これは士気も高まります。しかし楊奉どのに援軍を要請しなくてもよいのでしょうか?」
「フン! あの程度の兵を討って分け前を多く取られてはたまらんからな。我々だけでやるのだ」
「我らの被害は大丈夫でしょうか?」
「兵法に曰く、『高きによって低きを視るは勢いすでに破竹』だ。振り下ろされた矛は強い。山を下って勢いのある我らも同じよ」
「なるほど!」
「では山塞の門を開け、突撃の準備をせよ!」
「はっ!」
実はこの時の韓暹の部下達の士気は余り高くはなく、心配ごとばかりだったのです。あまり戦慣れしていない寄せ集めの兵士だったのでしょう。
それでも韓暹は、雲長さんの軍勢が声を上げて山を進軍すると、意気揚々と山を下ります。騎兵五百、歩兵二千五百と言ったところでしょうか?
それが騎兵を前面に出して突撃して来ます。
通常では、駆け下って来た騎兵に蹴散らされてしまうでしょう。しかし雲長さんとて戦慣れした名将です。
益徳さんが伏兵している間、持ってきた丸太を組み上げて、急場の柵をこしらえました。
それを山塞から馬蹄が聞こえたらすぐに山道に設置し、そこに土嚢を積んで固定してましたので、騎兵は先に進めず立ち往生。
「どうした!?」
韓暹は立ち止まってしまった兵士に聞きますと、兵士が声をあげます。
「どうやら敵に備えがあったようです。柵があって進めません」
「ならば馬から降りて柵を外せ! 敵は少数だ。勢いのあるまま進まんか!」
その時、前から矢が飛んできました。雲長さんが兵士に命じたのです。韓暹は前には進めず、後ろは兵士が詰まっており、これでは狙い撃ちにされてしまいます。
「い、いかん! 退け! 退けェ!」
兵士たちは、今度は急いで逆走すると、山塞の扉が閉じられております。
「開門! 開門!」
はい、みなさん。主役の登場ですよ。
山塞の高台に登って来たのは益徳さんです。驚いた韓暹軍。そこに向かって益徳さんが腕を振り下ろします。
「攻めよ!!」
とたんにワァワァと言う声と共に、林に劉備軍の旗が立ち並びます。しかしですね、よく見ると、棒に兵士の服をくくりつけたものまであります。これは、大勢いるように見せかけているのです。
韓暹は、顔を真っ赤にして命令を叫びますが、敵兵は前後左右に劉備軍がいることを知り、戦意喪失です。
そこに益徳さんが叫びます。
「大人しく武器を捨てて投降すれば、殺しはしねぇ!」
それを受けて大半の兵士は武器を捨ててしゃがみこみ、手を上げて降伏の姿勢を取りました。
怒ったのは韓暹です。馬を駆って山塞の前に躍り出ます。
「こしゃくな劉備の軍勢め! 呂布どのに城を奪われた食い詰め者! おのれこの儂が成敗してくれる!」
益徳さんはニヤリと笑い、高台より駆け降り、矛を手に取って馬に飛び乗りました。
「開門!!」
命じられた門番の兵士たちは、先を争って門を開けます。ここ一番が見れると、味方の兵士は前面に押し出てヤンヤヤンヤと囃し立てました。
「張将軍!! 張将軍!!」
太鼓を討ちならしての張飛コール。益徳さんは出来るだけゆっくりと馬を歩ませ、自分の高身長を見せながら韓暹の前に立ちます。
「我こそは食い詰め者の大将劉備の旗下、燕人張飛だい! 恐れを知らぬ韓暹め、覚悟せよ!」
「なにを猪口才な! 我こそは漢の大将軍韓暹なり! お前こそ覚悟せよ!」
韓暹は、帝から頂いた官位名を叫んで自分の武器をしごいて突進して参りましたが、そんなものに益徳さんが負けるわけがありません。ただの一撃で韓暹は討ち取られたのです。
「張飛!! 張飛!!」
巻き起こる張飛コールに、益徳さんは照れ笑い。
「さぁ野郎ども! 飯を食おうじゃねぇか。降伏兵も、一緒になって飯を炊いておくんな。今日からお前らも劉備一家だからよ。さぁ雲長の義兄を塞に呼ぼうじゃねぇか」
そう大笑して益徳さんは山塞に入ります。暫くすると、報告を受けた雲長さんも山塞に入りました。
ですがこれで終わりではありません。次は楊奉戦ですもんね!




