第十二回 古廟の女怪 一
なかなか出世って難しいですわ。
益徳さんを一年ほどで中郎将へとランクアップさせるのが難しいことに今更ながら気付きました。
しかも、益徳さんは私がそんなことを画策していることなど知りません。知らずにいろんな市中の問題を解決してくださっているのです。
こんな有能なお役人が他にいて?
そんな益徳さんと日々市中をお散歩。毎日が楽しすぎる~。好きな人と一緒にいれるってこんなに楽しいことなのかしら?
でも益徳さんは、曹操さまの部下ではなく、兄者さんの部下なのよね。
手っ取り早く曹操さまの部下になってくだされば曹操さまの覚えもよく、出世も早いのに。
曹操さまと兄者さんは、私と益徳さんが仲良くなるように、あちらも仲良くなってきたようです。まるで親友のようだというウワサですわ。
そりゃ曹操さまは兄者さんの魅力にメロメロですもの。でも兄者さんはどう思ってるのかなぁ?
そんなことを考えながら益徳さんをお迎えに兄者さんたちの客舎に着きますと、珍しく兄者さんが出迎えて下さいました。
「よう! 三娘ちゃん! お姉ちゃんたちは元気かい?」
「元気ですわ。劉備さまはお出かけ?」
「そうだ。閣下が都を案内してくれる第八弾だな。今日も珍しいところに連れていってくれるそうだ」
「八弾! いつもそんなに一緒に遊んでらっしゃるのねぇ」
「遊ぶとは人聞きが悪いな。雲長に聞かれたら怒られちまうよ」
「あらごめんなさい」
呆れたわ。お二人とも働き盛りなのに毎日都の中を駆け回ってるなんて。
「ずいぶん曹操さまと仲がよろしいのですねぇ」
「そうなんだ。閣下とは話も趣味も合ってな。義兄弟たちは肉親だが、閣下とは親友だな」
「ま。趣味ってどんなことですの?」
「いろんなことだよ。詩を吟じたり音楽を楽しんだり市中の闘犬をこっそり見たり、庭園を見ながら酒を飲むとか」
「あら楽しそう」
「あとは女……おっと」
「……聞こえましたよ」
「う。聞かなかったことにしてくれ」
ジト目で兄者さんを睨み付けます。軽薄極まる。弩助平ですわ。軽蔑。
兄者さんは照れ隠しに口笛を吹いていらっしゃいました。
「そんなに曹操さまが好きで相性が合うのなら曹操さまの幕下に入ればいいのに」
そうよ。そうすれば益徳さんの出世も早いかも知れませんわ。
それに兄者さんはにこやかに答えました。
「まぁ閣下は司空、オイラは州牧で、漢の臣には違いねぇ。オイラたちの主君は帝だからな。オイラたちァ、同じく漢のために働くのさ。オイラと義兄弟は漢の未来を案じてな。黄巾賊や宦官や官僚の腐敗、董卓の専横を倒すために立ち上がったんだ。だけどまだまだ呂布も袁術もいる。困ったもんだよ」
軽く説明致しますと、黄巾賊はカルト教団で大きなテロ組織でしたが今は鎮圧されました。
宦官や官僚は少し前まで、権力争いをしてまともな政治を行わなかったのです。
そこに董卓というものが現れて、勝手に帝を決めるなど臣下にあるまじき行為をしたので誅殺されました。
そして呂布は兄者さんの州牧の印綬と土地を奪い、袁術というものは皇帝を僭称しております。兄者さんはそれを嘆いておいでなのです。
ですが私はジト目で兄者さんの顔を見ました。
「こころざしは立派ですが、お二人で女性と遊ぶことばかりではいけませんわ」
おっと兄者さん、図星を突かれたって顔ですわ。分かりやすい。でもいつもの笑顔に戻ってこう言いました。
「オイラ徐州に女房を置いてきちまったからな。恋しさの余りってやつよ」
「呂布の捕虜になってるってことですもんね。早く助けられるといいですね」
「そうなんだ。三娘ちゃん、慰めてくれよ~」
私の肩に片手を置いて、もう片手は目を抑えて泣いたふり。肩に置かれた手をつねってやりました。
「痛ぁ!」
「ふふ。騙されませんわよ。それに子供の私に慰めてもらってどうするつもりですの?」
「へへ~。三娘ちゃんは益徳に恋しちまってるもんな」
「ま。やだぁ~……。そんなことォ~」
「あるだろ? 目を見りゃ分かるよ」
「やめてくださいよォ~。張飛さまには言わないでくださいね?」
「言わん言わん。鈍感なアイツがいつ気付くのか見てるのがオイラの趣味なんだ」
「悪い趣味ですわ。でも、劉備さまはこんな年端もいかない私が張飛さまと一緒になっても構わないんですの?」
「構わない。益徳と三娘ちゃん、オイラと一娘ちゃん」
ダメだこりゃ。この人はホントにお姉さまが好みなのねぇ。
まぁこの時代、若くして結婚なんかもありますから、兄者さんも若すぎる私に抵抗がないんでしょうけどね。
兄者さんをお姉さまから目をそらさせるためには、よいお妾さんが必要みたいですわね……。
「よう! お嬢ちゃん。いつも遅れてすまねぇな」
「あらいいんです。本日もよろしくお願いいたします」
ペコリ。頭の角度はどうかしら? 益徳さんのお気に召したかしら?
頭をあげると、益徳さんの大きなあくび。あら全然見てなかったのですね! ヒドイ。兄者さんが口を抑えて笑ってますわ。ムっといたしますわね。
「今日はどこにいく? お嬢ちゃん」
「どうしましょう? いつもの市中巡回といきますか?」
とやっていると、兄者さんが声をかけてきました。
「益徳、三娘ちゃん。遊ぶのはいいが危険な場所には近づくなよ」
「と、おっしゃいますと?」
「二人で人ならぬものをいくつか解決したとした話は聞いたが、鬼神のたぐいは人の力ではどうにもなるまい。ここ許は新しい都だ。まだ開発も遅れて藪に紛れた廃墟なんかはその辺にたくさんあるし、近くの山には青嵐賊なんてのも潜んでる」
たしかに兄者さんのおっしゃる通り、ここ許は新しい行政をする場所として、たくさんの人が集まっておりますが、元々は田舎町。その名残はそこかしこにございます。それに山賊さんもいる……。怖いものばかりですわ~。
「それからこれは閣下から聞いた噂話だがな」
「どんなものですの?」
「甘家荘の町外れにある后土廟には、なんでも幽鬼が出て、人を誑かすらしい。特に男を誘うのだとか」
「あら女性の幽鬼ですの?」
「そうだ。オイラはどんな女か見てみたいと閣下に言ったが、所詮は噂話だし、民衆がそんな目に見えないものを恐れていてはいけない。早々に取り壊してしまう予定だ、とおっしゃってな」
「あら、劉備さまは幽鬼でも女性ならあってみたいんですの?」
「そうさな。一娘ちゃんみたいな別嬪ならなおさらだろうな。『ささ幽鬼ちゃんこっちへおいでよ』『あらあなた様は私が怖くないんで?』『当たり前よぉ。お前さんみたいな別嬪さんなら大歓迎よ』『まぁお上手ね。でも男の人は浮気をしますでしょう?』『……まさか。お前さんみたいな女が出来りゃオイラ、他に女なんて要らねぇやな』『あら口が上手いわね、このこのこの』『おいおいよしておくれ、可愛いなぁお前さんは』」
なーんか一人で盛り上がっちゃってます。上下振り分けての熱演でしたが、眉を吊り上げた雲長さんに引き摺られながら連れていかれました。兄者さん劇場閉幕ですわね。
「ふーん。女の幽鬼かァ」
「あ、あら? 張飛さまは女性の幽鬼が気になりまして?」
「まぁ人を脅かすような悪いヤツなら郎中の務めとしてなんとかせにゃなァ」
いいいいーーーー!!
な、なんでそんなに危険に飛び込んでいきますの? 兄者さんだって近づかないほうがいいって警告してますのに。
「当然お嬢ちゃんは危険だから来なくていいんだぞ?」
いや、ニカッて笑ってますけど。どうしてそんなにつれないことをおっしゃいますの?
「わ、わ、私も行きます!」
「おおそうかい。お嬢ちゃんは度胸があるね。そう言うヤツァ大好きだよ。ともに戦場で戦いてぇな」
えええーー!?
大好きですって? イヤンイヤン。身体がフワフワ舞い上がって飛んでいきそう。
こうなったらどんなとこでもお付き合い致しますわよ!




