何故、悪役令嬢に転生する必要があるんだろう?
「何故、悪役令嬢に転生する必要があるんだろう?」
昼休みの文芸室。
お弁当を広げた二人は、食後に思い思いの飲み物を片手に寛いでいた。
部長はティーカップを片手にふと疑問に思ったことを呟く。
「悪役令嬢ですか?」
「そう、最近だと異世界系恋愛小説では悪役令嬢に転生することが流行りだろう?」
「確かに、悪役令嬢転生の小説は多く見受けられますね」
「でも、別に普通の令嬢に転生しても良いんじゃないかな」
そういって、部長はティーカップを口に運ぶ。
文芸部に持ち込まれた私物は色々あるが、部長の持ち込むものは比較的高級そうである。
案外、部長自体がご令嬢なのかもしれない。
「悪役令嬢転生物は、悪役と付くことに意味があると思いますよ」
「いや、何でさ」
「僕の私心になりますが、よろしいですか?」
「話してよ。何時もの小難しい論理でさ」
少し長い雑談となるだろう。僕は部長の方に向き直る。
小難しいとは心外であるが、聞きたいとご所望なので話させていただくことにしよう。
「先ず前提として、"ゲーム"や"小説"などを舞台とする悪役令嬢という、主人公の妨害を行うキャラクターに転生してしまう。と、いうものですよね」
「そうだね。そういった立ち位置のキャラクターに転生することを指すね」
部長はおもむろに本棚の一角を指さした。
そこには、悪役令嬢転生を関する本がずらりと並んでいる。
どれも、ゲームキャラクターや小説キャラクターへの転生物となっていた。
「では、読者に主人公が"悪役令嬢である"ことを知ってもらうには、"自身が悪役令嬢になる"。または、"自身が悪役令嬢である"ことを主人公は知っている必要がありますよね」
「転生先で主人公が悪役令嬢と自分を知っていなければ、読者に説明も出来ないからね」
「つまり、この時点で主人公である悪役令嬢は、必ず"未来知識"を知っている必要がありますよね」
部長はあまり理解が追い付いていないのだろう。
唸りながら天井を見上げて考え込んでいる。
「幼少期から始まるのならば、未来の自分の行いを知っている訳ですし。既に悪役令嬢として物語が始まった時点で記憶を思い出すなどした場合は、それら行為の結果、自身に降りかかる不利益を知っていますよね」
「うん、そうだね」
「それって"未来を知ることができる"って言う特殊能力ですよね」
「ぁ、確かに」
「ですから、悪役令嬢転生とは"予知系チート"令嬢転生と言い直すことができます」
なるほどと部長はつぶやく。
合点が行ったようだ。
「さらに言えば、自身がそのままでは"悪役令嬢"として未来に不利益が約束されていますから、必ず物語に介入して未来を変化させるという、主人公の行動基準と動機付けが発生しています」
「こう考えると、上手く考えられた導入なのね」
「ついでに現代からの転生者ですからね。テンプレートな世界観などをざっくりと説明して、不合理無く伝えられます」
「……そうね、転生なのだから世界観説明もある程度省くことができる導入ね」
「ハッキリと言ってしまえば、恋愛特化の最強異世界転生系導入と僕は考えています」
うわぁと渋い顔をする部長。
そういえば、最強異世界転生系が好きじゃないと言っていた気がする。
「心なしか、悪役令嬢転生系が苦手になった気がするわ」
「悪役令嬢は、嫌われるのが仕事ですからね」
因みに作者は悪役令嬢転生系は好きです。
2022/6/21 投稿