何で異世界に転生するんだろうね?
「何で異世界に転生するんだろうね?」
薄暗くなってきた放課後。相変わらず、部室は二人だけ。
文芸部に来たのは良いが、いまいち筆が進まず、週刊誌に目移りしてしまっている。
部長は書籍を片手にしていたが、ついには飽きたのだろう。
いつの間にか、手元にマグカップを用意して、こちらに顔を向けている。
「何で、とは?」
「いや、だってさ。記憶を持って異世界転生した設定っている? 別になくても良くないかな?」
先ほど部長が持っていたのは、そう言えば異世界転生物の小説だった気がする。
読んでいてふと疑問に思ったのだろう。
「便利ですよ、前世所持での異世界転生って導入は」
「でも、別にチートが欲しければ"神様の加護"とか"伝説の一族"とかでも良いと思うんだが。転生した際にチートを神様からもらうなんて、そのままの意味で加護だし」
「確かにチートをもらうための導入なのは、異世界転生の一つの意義ですね」
「そうだろう。それなら、転生せずに"神様の加護を受けた産まれ"でも出自は十分じゃないか」
確かにその通りである。
でも、それ以外にも異世界転生には利点があるように僕は思う。
「じゃあ、それ以外にもあるんですよ。利点が」
「チートを貰う以外ってことかい?」
「ここからは私心になりますがいいですか?」
「別にエビデンスを求めてる訳じゃないから、好きに話してよ」
少し長めの雑談になりそうである。
週刊誌を机に伏せて、部長の方へと顔を向けた。
「異世界転生の利点は、色々あると思いますが、一番は読み手との世界観の共有でしょうか」
「世界観の共有?」
「読み手側の世界と何が違っているのか、何ができる、できないという点が、不合理無く伝えられます」
「異世界に召喚された勇者の驚くポイントを自然に伝えられるってことか」
「そうですね。しかも、異世界召喚ではそれに読み手の倫理観として、不快感や反抗心を主人公は抱かなければならない場面であったとしても、異世界転生の場合はその世界に元からいた住人なため、"そういうもの”という形で受け入れるという選択肢を取ることができます」
分かり易いところで奴隷制度などと注釈をつける。
部長は少し渋い顔をし、考え込み、ため息を一つついた。
「それは何というか、主人公の行動を意味付けし過ぎないかい」
「ええ。ですから雑に導入を行い、行動する動機のほぼ全てに異世界転生したからという理由を付けれるという点で、実に合理的だと思いますよ」
「確かに合理的ではあるが、かなり力技な気がするよ」
「実際、かなりの力技でしょう。ですが、テンプレートとして流行ってしまうくらいには分かり易く、かつ使いやすい導入と言えます」
もうお腹いっぱいと言わんばかりに部長はマグカップを啜る。
一息ついたところで、思い出したかのように再度部長はつぶやいた。
「使っていて、逆に問題になる点とかは無いのかい?」
「ありますよ。少なくとも"読み手の世界の基準値と同等の学力を有している"と自然に解釈されることが殆どですから、理知的な方法を取らない場合や、現代社会的基準にそぐわない解決方法を取ると、主人公が読者から見放されやすいです」
「でも、最終的にはチートでなんとかするんだろう?」
「それは、ほら、異世界転生と最強チートはセットになりやすいので、お約束というやつです」
やっぱり私は、あんまり好きじゃないね。
部長はぼそりと一言呟いて、先ほどまで見ていた書籍の表紙を眺めている。
「かなり色んな部分を省けるから、導入に使われるんだろうけどさ」
「実際、世界観を浅く説明するには丁度良い導入ですが、重厚な世界観を説明するような場合では異世界転生は邪魔になることも多いですね。あと、部長が好きな設定があるようなものには向いていないと思いますよ」
「私の好み? 話したっけ?」
机の上に投げ出された週刊誌を指差す
「異世界転生は上位者の主人公が、友人と表しながら原住民に施す物語がほとんどです。孤独・怠惰・楽勝では、流石に異世界へ転生とは名乗れませんよね」
週刊少年ジャンプの三大原則=友情・努力・勝利
因みに作者は異世界転生系は好きです。
2022/6/20 投稿