君は、今流行りの主人公最強系をどう思う?
「君は、今流行りの主人公最強系をどう思う?」
夕暮れの放課後。
部室の中で二人はパソコンの前で、自分の物語を描き続けていた。
時折、手が止まっていたのは知っている。
先ほどまで唸っていた頭を上げて、部長は僕を見つめていた。
ここ文芸部は殆どが幽霊部員ばかり。
8名と名簿に記載されていても、部室を利用するのは僕と部長だけであった。
「どうと聞かれましても」
「なんというか、何故にあんなに流行っているのかわからないんだ」
ああ、なるほど。
部長は新作を書くと意気込んでいたのは知っている。
それで流行りの題材を持ち出したわけか。
「私心で構いませんか?」
「君の意見を聞いているのに、他人の意見を答えてどうするんだい」
確かにその通りだ。
あきれた様子の部長のては完全に止まっており、こちらと会話する気満々のようだ。
少し長めの雑談になりそうなので、僕は手を休め、部長の方に向き直した。
「読んでいて疲れない、だから流行っている。このことに尽きるでしょう」
「物語を読むんだよ、疲れないってことはないだろう」
確かに文字で読む物語である以上、完全に疲れないというのは難しい。
だけども、その中でも疲れの強弱はかならずある。
「もちろん一切疲れないものはありませんが、疲れない物語は数多とあります」
「私には想像がつかないなぁ」
「わかりやすいもので行けば、勧善懲悪がそれにあたるでしょう。後の展開を考える必要がない」
「確かに勧善懲悪は考える余地が無いから疲れはしないが、主人公最強系は全員が水戸のご老公とでもいうのかい?」
鈴が鳴るように部長は笑う。
余程、ご隠居が気に入ったらしい。
「ほぼその通りですね。付け足すと、ご老公のお供や陰にかくれていている忍者も全部兼任して一人で出来てしまう、若いご老公です」
「なるほどね。でも、それでは物語にならないだろう?」
「ええ、だから物語が無いんですよ」
ここで疑問に思ったのか、部長は首を傾げる。
「どういうことだい? 物語が無いなら、盛り上がらないだろ?」
「いいえ、物語自体が盛り上がらないわけではなく、正確には物語の中身がないんです」
「物語に中身が無ければ……それは面白くないだろう」
「別に中身の有無は、盛り上がりと面白さに関係ありませんよ」
どういうことか理解できないと言わんばかりに部長は頭を振る。
「中身がないのに?」
「中身がなくとも」
「中身が無いと物語の起承転結はできなんじゃないか?」
「起承転結はもちろんありますし、水戸のご老公もあるでしょう」
簡単に説明しますよ。と前置きを置いて自身のパソコンに起承転結の割り振りを書き起こす。
『悪い奴が問題を起こした(起)』
『何が起きたかを探る(承)』
『悪い奴が見つかって暴れだす(転)』
『主人公の前には敵わない(結)』
部長にパソコンを向けると、箇条書きで書かれた要点を見せる。
ざっと部長は目を通すと目を細めて、納得するように頷いた。
「ほとんどの最強異世界転生系は、この箇条書きのパターンで完結してます。水戸のご老公もですね」
「成程、確かに一人でこれを行ってしまったら、中身が何も無い物語だ」
「でも、主人公最強系以外の大半の物語もこれには当てはまります。ですが、逆に言えば主人公最強系の物語は、これしかありません。清々しいまでにこれ"だけ"しかないから、無駄なものが無いとも言えるでしょう」
「確かに考える余地が無いから疲れないし、クライマックスは確かにあるから盛り上がる訳か。しかし、近年の流行りが極限まで省かれたご老公とは……」
「別に近年の流行りでもないんですけどね」
今度はインターネットから、古い時代の神話や昔のファンタジー小説の検索を見せる。
最初は面白そうに部長も見ていたが、最後は苦笑いを浮かべていた。
「昔からファンタジーは主人公最強が王道でしたよ。古ければ神話、21世紀ならばライトノベルは特にそうです。主人公最強と言えば聞こえはいいですが、要は永遠の中二病なんですよ。ホント、どんな年齢になろうとも、特に男の子は」
水戸のご老公=水戸黄門
昔書いた『放課後会議俱楽部』のリメイク
書くかどうかは別として、テーマ募集中
2022/6/19 投稿