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2体目のステルス妖魔を討伐して数日、麻琴は裂が討滅したステルス妖魔の情報を整理する為に影鬼図書館を訪れていた。

ファンタジー小説に出てくる冒険者ギルドのように影鬼図書館で異端鬼は非合法な仕事を受ける事が出来る。関係者以外立ち入り禁止のスタッフルームの先には複数の個室が有って各部屋には1台のノートパソコンが設置されている。ディスプレイには古風な掲示板の絵が表示され、これまた古風な紙の絵が有りクリックすると仕事内容が掲載されている。

普段、麻琴から仕事を受けないタイミングで裂はここから仕事を受けている。影鬼の分家に属する麻琴は機能を知っておく為に閲覧する事は有っても使用する事は無かったが、初めて使用する事になるかもしれない。


……ステルス妖魔に関わりそうな仕事は、無いわよね。


そもそも接触する方法が不明で今の段階では影鬼では裂、警察では霞しか実物を見ていないのだ。小遣い稼ぎ用の掲示板にそんな仕事が載っているはずが無い。

分かってはいたが徒労に終わった疲労感から自分勝手だと自覚しつつ『使えない』と心の中で悪態を吐いてしまう。

ノートパソコンの使用履歴を消して部屋を出ると想定外の人物が待っていた。

背は162センチの自分より少し低い。利発そうな少年が満面の笑みを浮かべて見上げてくる。


「龍牙君?」

「はい、この間ぶりですね、麻琴お姉ちゃん」


親族内でも争うのが当たり前の影鬼家の中で何故か懐かれている少年だ。

彼は麻琴よりも本家にまだ近い序列に居るがその割に本家の人間よりも麻琴に懐いている。


「珍しい場所で会うわね」

「ふふ、逆にここか年始挨拶くらいでしか会わないじゃないですか」

「そういえばそうね」


そもそも麻琴は影鬼家の集まりに顔を出す価値を感じないので影鬼の人間と会う事が稀だ。


「麻琴お姉ちゃんは普段、家の会合にも出ませんしね」

「家の地位向上を求めなければこんなものじゃない?」


ここで話していては影鬼所属の異端鬼から不審な目を向けられる。

互いに面倒な配慮をしなくて済むように麻琴は視線で龍牙に移動を促し、龍牙も素直に麻琴に続いて関係者以外立ち入り禁止のエリアから出た。


「本家の人たちより能力が有るのに不思議ですね」

「う~ん、寧ろ私は何で皆がそんなに会合に出たがるのか分からないわ」


影鬼図書館はラーニングコモンズと呼ばれる相談できる図書館のスペースも用意しているのでそちらに移る。その中でもガラス張りの半個室の1室に2人で入った。

4人掛けの机が設置されており向かい合うように椅子に腰かける。


「そういう教育をされてきましたからね。自分の出来る事を増やすって意味も有りますし」

「母さんが影鬼じゃないのも大きいのかもしれないわね」

「そういえば、そもそも鬼にも関係無い方でしたっけ?」

「まあね」

「なら麻琴お姉ちゃんの影鬼に拘らない姿勢も納得なのかな」


何が楽しいのか龍牙は笑顔は崩さず、麻琴の言葉1つ1つに表情を変えている。

麻琴に対して好意的な感情を抱いているようにしか見えないが、麻琴は影鬼関係者の表情を基本的に信用していない。権力争いに明け暮れる者たち特有の能力なのだろう、麻琴は影鬼関係者が表情と内心で一致しているのを見た事が無い。


「そんな麻琴お姉ちゃんが裂お兄ちゃんを専属鬼にまでしてしたかった事って何なんでしょう?」

「え?」

「今は裂お兄ちゃんも専属から解かれましたし、それ、僕がお手伝いは出来ないでしょうか?」

「何でまたそんな事を」

「この間、裂お兄ちゃんとは少しだけ話したんですけど、僕はお姉ちゃんのお手伝いがしたいんですよ」

「へえ、裂がよく話なんて聞いたわね」

「ふふ、凄くぶっきら棒でした」

「ああ、会話にはならなかったのね」

「ちょ、ちょっとは会話しましたよ?」

「適当な返ししかしなかったでしょ、アイツ」

「え、ええ、まあ」


麻琴は意識的に裂の事を分かっていると印象付けるような言動をして龍牙の反応を見た。

裂の態度が褒められたモノで無かったのは事実で、しかし人の良さから認めるのは気まずくて苦笑い、そんな表情だ。


……本心なのか、それとも何か思惑が有るのか。まあ、別に何でも良いのだけど。


龍牙の本心には対して興味は無い。単純に自分の邪魔にならなければ良い。

相手に対して失礼ではあるが権力争いの絶えない家に居れば仕方の無い考え方でもある。


「それで、私にどうして欲しいのかしら?」

「すっごい悪い顔してますよ麻琴お姉ちゃん」

「そう?」

「はい」

「影鬼の人間が協力を申し出て来て素直に受けちゃ駄目でしょう?」

「……そうですね」

「まあ言葉でメリットデメリットを晒しても裏が有るんじゃないかって疑っちゃうのが影鬼の嫌なところよね」

「……行動で示す?」

「多分、影鬼同士はどこまで行っても互いを信用出来ないでしょうね」

「う~ん、それじゃ僕は何をやってもお姉ちゃんに信用して貰えないって事ですよね?」

「ええ。あ、でもこれは影鬼に限った話じゃないのよ?」

「え?」

「普通に社会で起きてる事でしょ。学校でだって喧嘩やイジメが有るでしょう?」

「あ、そっか」

「そう。だから影鬼だから信用されないんだって特別に考えないでね」

「……はい」

「じゃあ、私はそろそろ行くわね」

「はい。またね、麻琴お姉ちゃん」


食い下がる事無く素直に引き下がる辺り龍牙は歳に合わず理性的だ。

その理性的な態度は麻琴にとっては有難いが、余計に疑いは募る。


……子供の独占欲なら少しは残念そうな表情を浮かべる気もするけど、分からないわね。


利権や仕事の情報を集めれば何かしらの予想が建てられる大人と違い、龍牙の本心は予想も出来ない。

その上、龍牙は常に微笑んでおり完璧にポーカーフェイスだ。正直に言って影鬼の中でもトップクラスに表情が読み辛い。

図書館を出てスマホから裂の連絡先を呼び出しメッセージを送る。


『ステルス妖魔の情報は掲示板には無いわね』

『そんなもんだろ』

『龍雅君も居て焦ったわ』

『おねショタボーイも健気だねぇ』

『無いから』

『わ~怖い』


意図的に茶化すのは裂の常套手段だがそれは通信傍受を避ける為だ。

しかし今回は事前にステルス妖魔の事は影鬼家に伝えてあり傍受されて困る話題になるとは思えない。


『改めてステルス妖魔の事も話したいし会えない?』

『図書館か? まだ学校だから30分くらい掛かるぞ』

『え、何で学校? 帰宅部でしょ?』

『友達と話し込んでた』

『貴方、友達居たの?』

『失礼な』

『まあ良いわ。図書館で待っているわね?』

『了解』


予想外の単語に驚いた麻琴だが裂の現在地が学校なのは仕方が無い。

受験生なのだ、麻琴は鞄の中の教科書とノートを思い出して化学の受験勉強で時間を潰すと決めた。


▽▽▽


麻琴が龍牙と話し始めた頃、裂は学校でもあまり人気の無い休憩所で以前に麻琴が話していた男子生徒3人に囲まれていた。

教師はほぼ来ず、先輩生徒が後輩男子を囲っている状況に面倒事を避けたい生徒たちの思惑も加わって出来た状況だ。


「この間はよくもストーカー呼ばわりしてくれたな」

「……あ」

「テメ、覚えてないってか!?」

「ふざけやがって」


先日は2人からの本当に興味の無い視線に負けた3人だが時間を置いて自分たちの面子が潰された怒りを貯め込んでいた。

裂の態度から本気で覚えていない事が分かり3人は絶対に殴る事だけは決めた。


「もう何でも良いから殴るなら殴ってくれないか?」

「は!?」


自分たちの価値観と違い過ぎる裂の感覚に目を丸くして困惑する3人に対して裂は腕を緩く開く。


……殴ってみろ。


分かり易い挑発に正面に居たイケメン男子が右拳を振り被る。

防御も回避もする様子の無い裂は少し頭を振って拳を額で受けた。


「があああああああああああああっ!?」


拳が下に向くように殴られる直前に額を下に向けて軽く逸らす。

その為、拳ではなく手首で裂の額を殴る事になった男子生徒は手の痛みに悲鳴を上げた。

絶叫に違い叫び声は校内中に響き少しして数名の走る足音が廊下に響く。


「何があった!」

「何をしている!」


休憩所に対して階段と廊下の2方向からそれぞれ教師たちが駆け寄ってくる。

3年生男子3人が2年生男子1人を囲んで、3年生の1人が自分の右手首を掴んで痛みに蹲っている。2年男子の額には殴られたように赤くなっており、少し擦り切れて薄っすらと出血している。

駆け寄ってきた5人の教師の内、冷静に裂を観察した中年の1人が保護教諭を呼ぶように若い教師に1人に指示した。


「2年の灰山か」

「はい」

「何が有ったか聞いても良いか? まあ、お前は被害者なようだが」

「分かりました」

「先生! こいつは」

「お前が殴り掛かったのは灰山の額の血を見れば分かる」

「っ!?」

「話によっちゃ停学も有るぞ。下手に騒げばそれだけお前たちの評価は下がる。メンタル診断によっては高レベルの更生プログラムを受診する為に退学だってある。その程度のリスク判断は出来るな?」


教師は問う体裁を取っているが、周囲に居る人々はこれが通告なのだと理解していた。

大人しくして居れば情状酌量、騒ぐならば厳しい対応。

大人から子供に対する対応だから選択肢を与えてやるから、どちらか選べ。

痛みに耐える上級生にも、裂を囲う他の2人に対しても。


「俺は行っても?」

「1つ聞かせろ。お前は殴って無いな?」

「はい。額に1発貰いましたが、それ以上も以下も無いです」

「良いだろう。経緯について明日、質問するかもしれない。今日の事は忘れるな」

「分かりました。失礼します」


惨状と言って良い状況の中から平然と裂は去って行く。

見送った教師も裂の異常さは分かっているが、逆に異常な者がこの場に居続ける方が危険だと判断した。

後日、形式的な質疑応答の場は設ける事にして教師は手を怪我した生徒を保護教諭に任せる為に他の生徒たちに下がるように伝えた。

休憩所から離れた裂はスマホに麻琴からの連絡が届いているのを見て図書館での合流の為、学校を出る事にした。

ステルス妖魔については情報不足、特に建設的な意見が出る事も無いだろうと溜息を吐きながら裂は図書館に向かう為、駅を目指した。

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