九章 デカけりゃいいってもんじゃない。
定期便がプリマヴェラを発ってから二日後。
プリマヴェラの宿屋『ハミングバード』で、入浴を終えたリーラ・レラージェは自室のベッドにぼふんと身を預けた。
「はふぅ……」
少しばかり長湯し過ぎて火照った身体を冷ますように息をつく。
しばしぼんやりしていて、ふと思い浮かぶのは。
「(カズマさん、大丈夫かなぁ……)」
一真のことだった。
『ハミングバード』の厨房や雑務を任されるようになって数年、久方ぶりに自分の作った料理を「美味しかった」と言ってくれて、わざわざ食べ終えた食器をカウンターに持ってきてくれた、なんとなく気になる少年。
彼は今回の定期便に便乗して、砂漠の町のエスターテへ旅立っていった。
その前夜に、一真は「エスターテでお土産を買ってくる」と約束してくれた。
本当はお土産などいいから、毎日来てくれなくともいいから、ふと立ち寄って食事を食べてくれるだけでいい。
「美味しい」の一言と、労いの言葉をひとつさえあれば、それで満足なのだから。
今日は来るだろうかとワクワクする。
しかし遠征に出ていては、来てくれないと分かってしまう。
それは、なんとなく寂しい感じがした。
何故寂しいのかと、思いこそすれど理由は分からない。
分からないが、抱えたままというのももどかしい。
「そうだ、お手紙……っ」
パッとベッドから跳ね起きて、棚から便箋とペンを取り、丸テーブルの上に広げた。
声では届かないなら、手紙に乗せれば良いのだと、リーラはペンを紙面に走らせる。
『カズマ・カンダ様
エスターテの町はどんなところですか?
暑さに参って体調を崩したり、魔物と戦って怪我とかしてませんか?
お土産は楽しみですが、どうしても買えないこともあると思いますので、その時は気にしないでください。
ハミングバードはいつも通り忙しいです。
カズマさんもどうか無理をせずに、無事に帰ってきてください。
帰ってきたら、またウチでごはんを食べていってくださいね、いつでもお待ちしております。
リーラ・レラージェ』
インクが乾くのを待ってから封筒に入れて、ひとまずはテーブルの上に置いておく。
明日の出かけついでに集会所に立ち寄って、手紙をエスターテへ届けてもらうのだ。
「これでよし、と」
ランプの灯りを消し、暗くなった部屋で掛け布団に潜り込む。
なんだか胸が温かい今なら、きっといい夢が見れると信じて。
一真も向こうでいい夢が見れたらいいなと信じて。
――エスターテは今それどころではないことなどつゆ知らず――
おやすみなさい。
疲労は心地好い眠りを促し、一真は深く眠っていた。
昨日に戦闘と、砂漠地帯に慣れるための特訓をすれば、自然と眠りにつけた。
夢を見ることもない熟睡は、辺りに陽の光が差し込み始める夜明けを迎えても、起床を促すこともなくぐっすりと……
「おいルーキー!起きろ!」
突然の怒鳴り声と、毛布が引っ剥がされる感覚に一真は慌てて起き上がった。
「うっ、あぁっ!?は、なに、あ、朝?」
何がどうなったのかと瞬きを繰り返す一真を叩き起こしたのは、ソルのパーティメンバーの一人――エイムズと言う男だったか――だった。
何やらただ事ではないことが起きたのか、焦っているようだ。
「いつまで寝てんだ!さっさと身支度整えて、十分後に集会所だ!遅れたらサンドラどものエサにしてやっからな!」
それだけ言うと、即座に客室を出ていった。
見れば、男部屋の客室に残っているのは一真だけで、他の者は既に集会所に集まっているのだろうか。
「……急ぐか」
手早く部屋着から戦闘用装備に着替え、カタナブレードを背負って一真は集会所へ急いだ。
エスターテの集会所に駆け込むと、既にプリマヴェラのコントラクター達は集まっているが、所内は重苦しい緊張感に包まれていた。
「すいません、遅れました!」
自分が一番最後らしいので、軽く頭を下げながら輪の中へ入っていく一真。
「最後のお寝坊くんがやっと来ましたね。……ラズベルさん」
カトリアが小さく息をついてから、ラズベルを促す。
咳払いをひとつ挟んでから、ラズベルは状況を話し始めた。
「んじゃ順を追って説明するわね。まず、昨夜に砂丘遺跡の調査に向かってたメンバーからの帰還報告……遺跡内で『正体不明の魔物に襲撃された。怪我人も多く、仮の拠点としているベースキャンプから動けない』とのこと」
正体不明の魔物と聞いて、コントラクター達の緊張が強まる。
「この報告を聞いて、ベンチャーズギルド・エスターテ支部は、調査隊の救援に向かうべく新たに人員を砂丘遺跡へ派遣し……まだ誰も帰還出来てない」
ラズベルが言うには、エスターテの町から砂丘遺跡までは、馬を飛ばせばほんの数十分で到着するような距離なので、状況把握報告のために、遅くとも夜明けまでに一人は帰還するはずだったが、それすらも戻って来ていないらしい。
「これによって、エスターテ支部は『緊急事態』を発令宣言、市民達には避難準備を完了次第、南の非常出口付近に集まるよう呼び掛けた。……と言うのが、現状ね」
深く溜息をついて、ラズベルはカトリアに向き直った。
「これはエスターテで起きた問題だから、あたしらが自分で解決しなきゃいけないんだけど、ここまで大事に至ったんじゃ形振り構っちゃいられないわ。……カトリア、悪いけどあんたさんところの"腕利き"、何名か借りたいんだけど、いい?」
この場合の「腕利き」とは、実力のあるコントラクターのことだ。
よその客人の手を借りるなど手前の面子丸潰れではあるが、そんなプライドひとつで事態は動かないことは、ラズベルにも分かっている。
これに対して、カトリアは一も二もなく頷く。
「多くの人命が掛かっているのです。我々も微力を尽くしましょう」
「面目ないわ……さて、人手を貸してもらえると分かったところで、気を持ち直すわよ」
パンッと手を鳴らして、注目を自分に集めさせる。
「ただ数を揃えて砂丘遺跡に向かわせても、その魔物とやらにエサを与えるようなもんだからね、ここは足の速い少数精鋭で攻めるわ。残りは町の守りについて、もしも避難することになった時は、町民の護衛に回ってもらうから」
「すまん、質問をいいか」
そこで、ソルが率先して挙手する。
「はいソルさん、どうぞ」
カトリアが発言を許可し、ソルは誰もが気にしているだろう事柄を訊ねる。
「その『正体不明の魔物』と言うのはどんな奴か、帰還してきた調査隊から聞いているか?誰が砂丘遺跡に向かうにしても、何の対策も無しに行くのはあまりにも危険過ぎる」
正体不明と言っても、外見特徴や、どんな攻撃を仕掛けて来たかくらいは分かるはずだとソルは言う。
これを訊かれ、ラズベルは思い出すように区切りながら特徴を挙げていく。
「そうね……まず、大体全長10mくらいの『全身が岩で出来た、一つ目の巨人』」
「全身が岩の巨人だと!?そんな魔物が実在するのか!?」
ソルのパーティーメンバーの一人が思わず声を荒らげた。
「あたしもそれは疑ったわ。何かの見間違いじゃないのかって。でも、そうとしか言えなくて、姿もハッキリ見たらしいの」
ラズベル本人も到底信じられない存在だが、確かにその姿を見たと、調査隊から聞いている。
「動きは遅いけど、周りの遺跡を破壊しながら襲い掛かってきて、他の魔物は全て踏み潰していった。……明らかに生態系を無視した、異質の存在ね」
「……皆目検討もつかない敵だな」
ソルは眉間に皺を寄せつつ声を濁らせた。
これまでに幾多の魔物を相手取ってきた歴戦のコントラクターと言えど、ここまでデタラメな魔物の相手は初めてだろう。
「だが、分かるとすれば……あまり頭は良くないようだな。何が目的かは知らないが、ただ暴れているだけなんだろう?」
「……まぁ、ただ暴れるだけでこれだけの被害を出してる、とも言えるんだけど」
こっちとしちゃぁ傍迷惑極まりないないわ、とラズベルは嘆く。
それはともかく、その正体不明の魔物は、全長10mくらいの岩の巨人で、砂丘遺跡内で目的もなく無為に暴れ回っているだけ。
現状で分かることは、それしかない。
それと戦うにしてもどう相手にすればいいのか、と誰もが頭を悩ませている中、一人だけ「何故そんなに悩むのか」と言うような顔をしていた。
「いや、そいつ……どう考えても『ゴーレム』じゃないですか。そこまで悩むような奴じゃないですよね?」
誰であろう、一真であった。
「「「「「ゴーレム?」」」」」
多数の声が同じ名前を重ねた。
一真はキョトンとしながらも続ける。
「えっ、ゴーレムって知りませんか?いるところには、普通にいるもんだと思ってましたけど……」
「カズくん、知ってるの?」
ユニに続きを促がされ、一真は思い出しながら答えていく。
「えぇと、全身が岩で出来た巨人のような姿で、知能は低くて、魔力を動力源にして動いて、特定の場所を守るために作られた魔物……って言うのが、俺が知る限りの知識です」
「魔力を動力源に?」
ラズベルが疑問として鸚鵡返しする。
「誰かの手によって魔力を吹き込まれたのか、それとも自然に発生したことなのかは分かりませんけど……」
あとは、と一真はカトリアの方を見ながら答える。
「全身が岩で出来ている関係上、物理攻撃や火、土、雷の魔術には強いですけど、風や水、氷の魔術には弱いはずです」
「いくら大きくとも、物理的な意味で岩に変わりはないと言うことですね?」
カトリアがそう捉えると、一真は大きく頷く。
まさか、この中で一番のルーキーである一真の口からそのような知識が出て来たのだ、皆が皆、意外に思うのも無理はないだろう。
「どこでそんな知識を得たのかは知らないけど、とにかく貴重な情報ね」
よし、とラズベルはコントラクター達の姿を見渡し、カトリアに向き直る。
「カトリア、砂丘遺跡に向かうメンバーはあんたが決めてちょうだい。あたしがそっちのやり方に従うから」
「分かりました。では……」
一拍置いてから、カトリアは頭の中で決めつつあった選抜者の名を挙げていく。
「まず、私とラズベルさん、ソルさん。あと、攻撃魔術が使えるのは、サムソンさんでしたね」
カトリアの名指しにより、ソルのパーティメンバーの一人が頷いた。
「最後に、ヒーラーのユニさん。それと、カズマくん」
「はーい」
ユニは手を挙げながら返事をし、一真は目を見開いて自分を指す。
「えっ、俺もですか?」
危険な魔物の相手をしに行くのになぜルーキーの自分が、と一真は訊ね返す。彼自身は、町に残る側だとばかり思っていたのだからなおのことだ。
気に入っているから連れて行くのではない、カトリアにはきちんとした理由があった。
「ゴーレムとやらの魔物について知っているのは、カズマくんだけです。あなたの持つ知識や情報が、この戦いの鍵を握ると、私は確信しています」
「降って湧いた大任ですね……」
でも、と一真は掌と拳をぶつけてバシッと音を鳴らした。
「任せてください、なんて言えませんけど、全力を尽くします」
「過信のない自信、心強い限りです」
一真の気合を確認してから、残る全員を見渡す。
「残る方々には町の守りと、住民の護衛を頼みます。よろしいですね?」
何故ルーキーの一真が、と思う者もいるが、ギルドマスターたるカトリアの言葉を前に表立って反対する者はおらず、編成は滞りなく決定された。
選抜された六人に優先して物資が回され、残るは町の守りに就く。
ここから砂丘遺跡へ急行するため、エスターテの馬を足代わりにするのだが、一真とユニは乗馬経験や知識がないため、それぞれソルとラズベルの馬に同乗する手筈としている。
馬小屋の前を集合地点として、最初に一真とユニ、次にソルとサムソン、最後にカトリアとラズベルが現れた。
「皆さん、準備はよろしいですね?」
二人の今の姿はギルドの制服ではなく、固有の装備を身に着けている。
カトリアは青と白を基調とした聖騎士のような鎧を、ラズベルは砂漠戦に特化したものか、最低限の防備に薄地のマントを羽織り、狩猟用の大型の弓矢を装備している。
普段のギルドの制服も、実はそんじょそこらの鉄の鎧よりも遥かに丈夫で、なおかつ重量も普通の衣服と大差無いと言う優れ物だが、今回は万全を期すために着替えてきたと言う。
「さて、行くとしますか、ねっと」
ラズベルは馬小屋を勢いよく開いた。
馬小屋の中には、色とりどりの大馬達が整然とお利口さんをして待ってくれている。
ラズベルが柵の鍵を開けると、人懐っこく馬達が彼女に鼻先を擦り付けてくる。
「今回はちょいと大仕事よ、みんな頼むわね!」
そう声を張り上げると、馬達は一斉にブルルッと頷くように啼いた。
ラズベルが一際大柄な黒馬に乗り、その後ろにユニが座る。
その次に大柄な馬にソルと一真が相乗りし、残る中型馬にカトリアとサムソンがそれぞれ乗り込む。
馬小屋を出て、開かれた北門の前に立つ四頭の馬。
ラズベルの黒馬が先頭に立ち、後続の三頭を見やる。
「んじゃ、飛ばすわよ……ハァッ!」
彼女の号令と共に手綱を打ち、コントラクター達を乗せた馬達は一斉に砂を蹴立て駆ける。
ノンストップで馬を飛ばすこと、二十分ほど。
エスターテの町は既に見えなくなり、遠くの視界には薄ぼんやりと遺群が見えてくる。
どうやら、この辺りが砂丘遺跡と呼ばれる領域のようだ。
そこを目前にして、ラズベルは一度馬の脚を止めて振り向き、後続が遅れていないかを確かめる。
「よし、付いてきてるわね。まずはベースキャンプで状況の確認から……」
「ラズベルさん、よろしいでしょうか」
カトリアが挙手しつつ声を掛けた。
「キャンプには怪我人もいるのですね?重傷者から順次町へ帰還させるのでしょうか?」
「そうしたいところだけど……全体の安全確保の方が優先よ。まずは、そのゴーレムとか言うのを何とかするしかないわね」
何にせよベースキャンプにいきましょ、とラズベルは再び馬を走らせた。
遺群の懐近くに、日光の影になるようにして設けられた拠点は、野戦病院と化している。
天幕の中の簡易ベッドは重傷者に充てられ、それ以外はシートの上、それも足りなくなれば地べたにそのまま寝かされている始末だ。
そこかしこで痛みに呻く声や、手助けを求める声が飛び交う中、ラズベルは馬から降りると、各所へ指示を出している壮年の男の元へ駆け寄る。
「父さん!」
ラズベルの声に気付いて、彼女の父らしき男はバッと振り向いた。
彼こそが、エスターテの本来のギルドマスターなのだろう。
「ラズ!?何故ここに……」
ラズベル本人は母親似なのか、父――『イダス・クヴァシル』は、娘とは違う薄灰色の髪を短く刈った容姿だ。
「派遣した増援も帰ってこないって聞いてね。悪いけど、プリマヴェラのお客さん達に人手を貸してもらったのよ」
ラズベルは背後を目配せすると、同じように馬から降りてきたカトリアが、ラズベルの隣に立って一礼する。
「ベンチャーズギルド・プリマヴェラ支部、ギルドマスターのカトリアと申す者です。ラズベルマスター代理の要請を受け、及ばずながら御助力に参りました」
「む、……自分らで魔物を討つこと叶わず、挙げ句にあなた方客人にまで足労を掛けることになるとは、かたじけない」
イダスは目を伏せながらも頭を下げた。
「であれば、状況はご存知であらせられるな。我々は砂丘遺跡の調査に訪れた折、正体不明の大型の魔物の襲撃を受けた。増援のおかげで、明け方にどうにか退けることは出来たが、恐らく一時的なもの。立ち直れば、また動き出すかと」
そして、と怪我人達を見渡す。
「ご覧の通り、怪我人をここから離脱させようにも、あまりにも人手が足りない。物資も底を付きかけており、このままでは全滅の可能性も……」
どうやら、事態はカトリアやラズベルが想定よりも悪いらしい。
「分かった。……なら、あたし達が乗ってきた馬に重傷者から乗せて、町へ帰還させて。ゴーレム……例の魔物は、あたしに……」
「ま、待て、お前達が奴と戦うのか?危険過ぎる……!」
死地へ向かうと言う愛娘を止めぬほど、イダスは薄情な親ではない。
「何のためにあたしがお客様に頭下げたと思ってるのよ。……可能な限りの情報も対策もあるから、任せてちょうだい」
「……すまん、ラズ。だが、少しでも危険だと思えばすぐに撤退しろ、いいな?」
「うん」
ラズベルの肩を優しく、しかし力強く叩くイダス。
それを確認してから、ラズベルはカトリアに向き直る。
出撃だ。
「ぅっ……死神が、死神が俺を……助けてくれ……っ」
「大丈夫大丈夫、死神じゃなくてヒーラーだからねー。まだ死んじゃダメだよー……――ケアーエイド」
その前に、ユニが死神だと誤解されつつもニコニコと治癒術を振るっていたのは、ご愛嬌でいいだろう。
ユニが一通りの治癒を終えてから、砂丘遺跡の主戦場へ向かう。
かつては何らかの文明が発達していたのだろう、レンガ積みの建造物の数々は、今となっては魔物の縄張りとなり、少ない食料や水を巡っての争いが絶えない。
しかし、それらの遺跡の多くは無惨に破壊され、魔物らしい魔物は一切見当たらない。
やはり、ゴーレムらしい正体不明の魔物が好き放題に暴れ回っていたせいだろう。
先頭をソルと一真、その後ろにユニとラズベル、最後尾にカトリアとサムソンが並びつつ、慎重に進む。
「……不自然なくらい静かですね、ほんとにゴーレムが暴れてたのかってくらい」
一真がそうこぼすと、ソルに軽く小突かれた。
「気を抜くなよ。一度は撃退しているらしいが、どこから出てくるか分からないからな……」
声色こそいつものそれだが、ソルはかなり警戒している。
ギルドマスター率いる精鋭に加えて、その増援部隊が総動員して撃退がやっとな相手だ、いくら一真から齎された事前情報があるとは言え慢心など出来ないし、させてくれない。
ソルに小突かれて、「すいません」と一真は自分の頬を軽く叩いて気を引き締め直す。
来るなら来い、とカタナブレードの柄の位置を確かめながら小さく呟く。
ふとラズベルが何かに気付いてそこへ駆け寄った。
「ラズベルさん、隊列を乱されては……」
カトリアが引き留めようとするが、ラズベルは構わずにそれを凝視する。
一体見ているのかと全員がそれを見る。
ラズベルが見ているのは、ただの瓦礫。
「ラズベルさん、それがどうかしたんですか?」
ユニは小首を傾げて訊ねるが、ラズベルはその声には振り向かずに答える。
「……なんか不自然よ、コレ。ただ遺跡が崩れたにしちゃぁ、形が整い過ぎてる」
近いわね、とラズベルの呟きに、全員の緊張が高まる。
ゴーレムは、この近くに潜んでいると。
すると、ラズベルは今度は横たわると、片耳を砂地に押し付け、目を閉じる。
足音など、何かしらの震動音を調べているのだ。
「ん……、……んっ!?」
ラズベルはカッと目を開いて立ち上がり、弓を引き抜いた。
「総員警戒!来るわよッ!」
その警戒を合図としたように、突如として地震が起こる。
「なんだ、地震!?」
一真も慌ててカタナブレードを抜き放って身構える。
各々、武器を構えて四方を警戒するものの、視界にはそれらしい姿は見えないがしかし、地震だけは大きくなりつつある。
不意に、ソルがその場から飛び下がった。
「離れろッ!俺達の真下にいるぞ!!」
ズズズズズッ、と『地面が浮き上がり』、その場にいた全員がソルの近くへ避難する。
浮き上がった地面が、立ち上がった。
見上げるほどに巨大な体躯は土色。
頭部の顔に当たる部分には、隙間から妖しい輝きを放つ一つ目が覗き、一真達を捉える。
大木のような四肢。
壊れかけたロボットのようにぎこちない挙動だが、その巨体は確かに動いている。
これこそが、岩石巨人『ゴーレム』だ。
「うひゃぁ、大っきい……」
サイズを構えつつも、ユニはその大きさに圧倒される。
「図体ばかりが大きくとも、動きが伴わなければ!」
即座、サムソンは魔杖を振るって詠唱する。
「――荒れ狂う水面よ、濁流となりて呑み込め――『アクアブラスト』!!」
セプターの尖端に埋め込まれた魔石が青く輝き、鉄砲水が如き水の柱を放射、ゴーレムの胴体へと叩き込まれる。
水属性の中級魔術だが、使い手によっては岩盤すら貫通させるほどの破壊力を誇るのが、アクアブラストだ。
――しかし、僅かにゴーレムの胸部が少し欠けただけで、致命打には至らない。
「無傷!?……いえ、効いてはいるようですが、とてつもなく頑丈のようですね」
カトリアは一瞬、魔術が効かないのかと疑い、すぐにその効果の程を目視する。
「一発で仕留めれるんなら苦労はしないわ、このくらいで狼狽えなさんな!」
ラズベルが声を張り上げて下がりかけた士気を保持し、自身も弓を構えて矢を掛ける。
深傷を与えることに適した、捻りのある鏃を持つ矢は十分以上のしなりと共に放たれ、先程にアクアブラストが直撃した部位へ砕き刺さる。
それでもダメージは少なく、ゴーレムが怯む様子は見えない。
「こいつも完全無欠じゃない、行くぞカズマ!」
「はいッ!」
ソルはカットラスを抜き放ち、一真もカタナブレードを握り直して、二人同時に駆け出した。
と言うわけで、九章でした。
ゴーレムといえば、ファンタジーではポピュラーな存在ですが、自然界の生態系として考えると異分子そのものですよね。
原生生物の突然変異で生まれたわけではないので、やはり偶然による発生か、あるいは何者かの意図によって作られたものか。
それが明らかになるのは、まだまだ先になりそうです。