七章 これじゃまともに戦えない。
プリマヴェラとエスターテを繋ぐ中継拠点で一晩を過ごし、その翌早朝にはすぐ出発だ。
ホシズン大陸には、各町と町との境目にこう言った中継拠点――一真の前世で言うところのサービスエリアがある。
四大領地と比較すれば小さな町だが、一定以上の営みがそこにあり、ここにもギルドを介したコントラクターが所属している。
この中継拠点で一晩を過ごす必要があるのは、護衛のコントラクターや商隊達を休ませることも理由のひとつだが、その一方で『夜に行動すること』を避けるためだ。
陽の光の無い夜は視界が悪く、そう言った闇夜に紛れて狩りを行う魔物や野盗も存在するため、必然的に夜襲に備えなければならない。
加えて夜行性の魔物は、昼行性の魔物と比較しても凶暴で狡猾な種が多く、日中の内に行動する時よりもリスクが高いのだ。
さらにもうひとつ理由がある。
「何でわざわざ馬を換える必要があるんですか?」
一真は、カトリアにそう訊ねた。
見れば、プリマヴェラからここまで運んできてくれた馬と比べても、屈強そうな大馬が馬車馬として手懐けられている。
この中継拠点を訪れた時点で、馬車馬も十分に休めている。
にも関わらず馬を換えなくてはならないのは何故か。
その理由を、カトリアは懇切丁寧に答えてくれた。
「プリマヴェラの馬は、砂漠に慣れていないからです。馬も人間と同じで、地形や気候に不慣れでは余計な疲労やストレスが嵩むのです。なので、この中継拠点で砂漠に慣れたエスターテの馬に乗り換えます」
その逆もしかりで、エスターテの馬がプリマヴェラの安定した気候に慣れてしまわないように、砂漠での生活に徹させているのだと言う。
「なるほど……」
そのためにこう言ったサービスエリアがあるのか、と一真は頷く。
プリマヴェラの馬は、最低限の護衛と共に元の町へ帰り、エスターテからプリマヴェラへと戻る際にまたここへ来るらしい。
こう言った細かい配慮を怠らないことで、より安全性を高めた交易が行われるのだ。
「カズマくんも、砂漠は初めてだと聞いています。喉が渇いている自覚が無くとも、一定間隔で水分補給は必ず行ってください。でなければ……冗談や誇張抜きで死にますので」
「は、はい」
敢えて間を置き、声のトーンを落とすのも、目の前でそう言った死因によって斃れた者を見たことがあるからだろう。
やけに重みのある言葉に、一真は頷くしかない。
「あ、いたいた。カズくーん、カトリアさーん」
ふと、二人の後ろからユニが声を掛けてきた。ベールを外している今、彼女の二つ結びの蒼銀の髪が風に揺れ靡く。
「そろそろ出発だから、カトリアさんは最終確認をお願いしますって」
見れば、コントラクター達も各々の配置に着いており、いつでも出発出来るように待っている。
「分かりました。ではカズマくん、お先に馬車へどうぞ」
カトリアは踵を返して、中継拠点の責任者の元へ向かう。
それを見送ってから、カトリアと入れ替わるようにユニが一真の隣に立った。
「カトリアさんと、なに話してたの?」
「ん?何で馬車馬を換える必要があるんですかって訊いて、それを教えてくれた。あと、砂漠では喉が渇いてなくても定期的な水分補給は欠かさないようにって」
「へぇ」
「さてと、俺達も配置に着きますか」
軽く背伸びをしてから、一真は自分達が居座る馬車へ足を向け、ユニもそれについていく。
「カトリアさんって、キレイな人だよね」
ふと、ユニがカトリアに関する話を持ち掛けた。
「え?あぁ、うん。俺もそう思う」
カトリアが美人かどうかを問うのなら、自分の目から見ても確かにその通りだと思い、一真はそのように答えた。
「キレイだし、ギルドマスターの仕事もそつなくこなすし、コントラクターとしても一流、誰にでも公平に接するし、……同じ女の子としては、憧れるなんてレベルじゃないなぁって」
ふぅ、とユニは小さく溜息をついた。
「なんて言うのかな、逆立ちしても勝てないって感じ?」
「……」
翳りの見えるユニの言葉に、一真はどう返すべきかと迷い――ソルの言葉を思い出す。
――出来ることを一つずつやっていきゃいい。見ている奴は、ちゃんと見ているからな――。
外から見たままだけではなく、大切なのはどうやってそこまでに至ったのかの"過程"だと、ソルは言っていたのだろう。
「……あの人がギルドマスターになる以前のことなんて、俺には分からないけど。きっと最初の内は、今の俺達とそんなに変わらなかったんじゃないか?」
「え、どゆこと?」
予想していなかった答えだったのか、ユニはパッと一真の横顔を見やる。
「確かにカトリアさんがギルドマスターになれたのは、ちゃんとした実力と実績……運の良さもあるかもしれない。それでも、コントラクターになったばかりの頃は、誰かに憧れたりもしたんだろうなって」
それにさ、と一真はユニと目を合わせる。
「ユニだって可愛いと思うけど?」
「へ……えェっ!?」
一真の不意打ち(自覚無し)に、ユニは一瞬何を言われたか分からず――即座に素っ頓狂な声を上げた。
「か、可愛いかも、しれない、けどっ、ほ、ほら、だって私、目が紅いし……」
「紅い目が不吉だとか、そんなの関係無いって。初めて会った時、不吉とかじゃなくて、キレイな瞳の色だなって思……」
「〜〜〜〜〜っ……」
ユニは一真からそっぽを向いて、ベールを握りしめて目深に被る。
「って、ユニ?」
「……早く行こっ」
急に早足になって馬車へ向かうユニ。
どうしたのかと首を傾げる一真だが、分からないものは仕方ないとして、ユニの後を追う。
そのユニはと言うと、ベールを握る手を緩めないままに「(カズくんってば絶対天然だ……ッ)」と赤く火照る頬を隠していた。
そんな一悶着(?)がありつつも、定期便は中継拠点を出発して――気温が急激に上がり始める。
「間もなく、砂漠地帯に入ります。お二人とも、水分補給を怠らぬよう、十分に注意を」
カトリアの注意喚起を受け、一真とユニは一旦ボトルの水を呷る。
「確かに、暑いな……」
いくら馬車の幌の中で直射日光を遮られているとは言え、こみ上げてくるような熱気までは防いでくれない。
常に直射日光を浴びているだろう馬の負担は想像に難くない。
砂漠に慣れているからこそ速度は変わっていないが、もしこれがプリマヴェラの馬のままであればこうは行かないだろう。
ユニは早くも暑さに参ってしまいそうなのか、ベールを外して汗を拭った。
「カトリアさん……今から、あとどのくらいですか?」
時間的にどれくらいでエスターテへ着くのかとカトリアに訊ねるユニ。
「まだ砂漠に入ったばかりですから、早くてもお昼過ぎですね」
「……今って、まだ朝早いですよね?」
つまり、あと五、六時間はこの熱砂の海を渡ると言うことだ。
しかも、途中で襲撃を受けて商隊の足が止まることも考慮すると、さらにかかるだろう。
「大丈夫です。二時間も経てば、暑さも慣れてきますから」
カトリアも汗はかいているものの、涼しげな微笑を絶やさない辺りはさすがと言うべきか。
「その二時間の内にどうかしちゃいそうなんですけど……」
ぐったりと幌に背中を預けるユニ。
そんな全身を真っ黒な外套で覆っているからでは無いだろうか、と一真は思ったが、だからといってそれを脱いでしまったらその下は下着しか無いのではないか、とも思い、間違っても口にはしない。
かく言う一真も、暑さに慣れるよりも先に頭がおかしくなるのではないか不安になるくらいだ。
そうして暑さ耐え忍ぶことしばらく。
少しでも暑さを紛らわせようと努めて話相手になっていたカトリアだが、不意に険しい表情に変え、明後日の方向を向いた。
「カトリアさん?どうしました?」
「お二人共、戦闘準備を」
戦闘準備、と聞いて一真は意識を切り替え、ユニもすぐにベールを被り直した。
どうやら、予め懸念していた襲撃のようだ。
カトリアの警戒喚起を合図としたかのように、馬車馬が歩みを止めて、呼び掛けるように嘶いた。
「敵襲!敵襲だ!」
「相手は何だっ、魔物か、野盗か!?」
敵襲を察知したコントラクターが全員にそれを伝達し、途端に慌ただしくなる。
その中で、ソルは腰のベルトから蛮刀とピストルを抜き放ちながら落ち着きを払いつつ告げる。
「相手が何だろうがやる事は同じだ!ジョンとエイムズは左前方!サムソンとダグラスは右前方をそれぞれマークしろ!遊撃は俺がやる!頭は俺達で抑えるぞ!」
ソルの指示によって、彼のパーティーメンバー達はすぐさま馬車から飛び出していく。
歴戦のコントラクター達が淀みなく迎撃態勢を整えつつある中、自分も続かねばと一真はユニと共に馬車を降りて、そこへ加わろうとするが、
「カズマくん、ユニさん、待ってください」
ソルのように声を張り上げることもなく、しかしよく通る凛としたカトリアの声が二人を引き留める。
その彼女は、長柄に複数の剣刃を取り付けたような武器――ブレードランスを手にしながら砂地に降り立つ。
「前方はソルさん達に任せ、私達は背後の守りを固めましょう」
「どうしてですか、敵は前から来てるんでしょう?」
どこから来るか分かっているのなら、少しでも戦力を集中させるべきではないのかと一真は言うが、カトリアは首を横に振る。
「あれは恐らく陽動です。大多数でこちらの戦力を引き付け、手薄になった所を後詰めの少数が狙う。前から来ている以上は、その可能性が高いのです」
「つまり、私達は後からやって来る方を相手にしろってことですね」
自分達の役目をすぐに理解するユニは、サイズの防刃カバーを取り外し、湾曲した不気味な三日月が、陽射しを照り返す。
一真も背中のカタナブレードを抜き放って臨戦態勢を取る。
踏み締められた砂が、小さなクレーターを穿つ。
間もなく、陽炎の向こうから黄色い体躯の魔物が砂を蹴り立てて襲いくる。
発達した後脚に、尖った尻尾、前脚は見れば小さくながらも鋭い鉤爪が生え、太く鋭い牙剥く顎に、赤茶けたトサカが目立つ、恐竜に似た魔物――『サンドラ』と呼ばれる、この砂漠地帯に棲息する肉食竜だ。
その数、十頭が真っすぐに商隊へ向かって来ている。
しかしカトリアの予測が正しければもう数頭がどこかに息を潜めているだろう。
「来て早々に洒落た歓迎だな……邪魔するってんなら容赦はしねぇ」
ソルは不敵な笑みを浮かべ――即座に殺意をピストルに乗せて発砲する。
火薬の炸裂音と共に放たれた銃弾は、先頭のサンドラの右後脚を撃ち抜き、脚を撃たれたせいでバランスを崩して転倒する。
右と左にも数発発砲し、サンドラの群れの足を文字通り止めさせる。
足を止めたところへ、ボウガンの矢と攻撃魔術が降り注ぐ。
これによって、数頭のサンドラが断末魔と共に力尽きる。
残るサンドラ達は怯むことなく突進、ついに爪牙の間合いにまで踏み込んでくる。
「遅い」
牙を振り下ろそうとするサンドラに、ソルはやや斜めに踏み込むことで牙を躱し――次の瞬間にはサンドラの首筋から血飛沫が舞った。
すれ違いざまに、カットラスで首を斬りつけたのだ。
致命傷を受けたサンドラは一歩、二歩とよろめき、やがて砂地に横たわる。
一瞥でそれを確認し、ソルは次の獲物へ向けて砂を駆る。
その一方で、息を潜めていた別働隊のサンドラが頃合いとばかり岩陰から飛び出した。
数は三頭。
コントラクター達は前面に戦力を集中させていると見て、その隙に手薄な背後を狙う。
――もっともそれは、カトリアによって見抜かれているのだが――
「……やっぱり来たか。ユニ、カトリアさん!数は三頭だ!」
いち早く別働隊の姿を視認した一真は、二人にも頭数を伝える。
先んじて迎撃しようと、一真はカタナブレードを構え直して駆け出す。
先頭のサンドラに狙いをつけ、一閃の元に仕留めようと踏み込み――
その踏み込んだ右足が砂に沈み込んだ。
「!?」
重心が傾き、カタナブレードを振りそびれる。
「(踏ん張りが効かない!?)」
目の前で隙を見せた一真に、サンドラはクカカッ、と狡猾に嗤うように鳴き、次の瞬間には尻尾を鞭のように薙ぎ払う。
一真は崩れた体勢のままでカタナブレードを無理矢理構え、振り抜かれるサンドラの尻尾を刀身で受け、しかし踏ん張りの効かない防御はあっさり崩され、一真は吹き飛ばされる。
「うぁっ!?」
背中から派手に砂に叩きつけられ、痛みよりも砂の熱が一真を襲う。
「あちっ、あっつ!?」
反射的に起き上がれたのは怪我の功名か、すぐに体勢を立て直せられた。
その間にも、残る二頭のサンドラが馬車との距離を詰めていく。
ユニとカトリアがいるならばすぐに馬車に被害が出るわけではない。
少なくとも目の前にいる個体だけは自分で片付けるべきだ。足手まといになりたくてここにいるのではないのだから。
しかし、あの重心の傾きは一体何だったのか。
「(違う、踏ん張りが効かないんじゃなくて、『踏ん張りが効き過ぎる』のか!?)」
一真は先の右足の感覚を思い出し、その原因を察する。
ここは、プリマヴェラの地ほど地盤が安定していない。
深い砂は重心を預けるべく軸足を踏み込めば、預けたぶんだけ沈み込む。
その結果、『軸足を踏み込み過ぎてしまう』。
いつもと同じような感覚で踏み込もうとした一真は、その"いつも"とは大違いな足場によって感覚がズレてしまったのだ。
だがその足場への対策を考えている暇はない、サンドラは今度こそ一真を仕留めようと躍起になって襲い掛かってくるのだから。
カタナブレードを構え直して、一真も今度こそと迎え撃つ。
手薄な馬車の積荷を奪おうと迫る二頭のサンドラ。
その前に、ブレードランスを携えたカトリアが立つ。
切っ先を向けるでもなく、カトリアは目を閉じて――彼女の周囲を青白い魔法陣が円を描く。
「――凍て刻め颶風、乱れ荒べ雪月花――『スノーウィンド』!」
詠唱と共に、カトリアの瞳が開かれ、掌から暴風が放たれる。
ただの強い風ではない、魔力によって圧縮された風は刃のように鋭く、さらに極低温の冷気を乗せたそれは、自然発生する吹雪をこれでもかと強めた、風と氷の二属性を併せ持つ上級魔術だ。
この砂漠ではあり得ない冷気を纏う暴風は、瞬く間に二頭のサンドラを飲み込み――ズタズタに引き裂きながらも凍結させていく。
魔術が収まれば、全身に切り傷を創りながらも凍死した二頭のサンドラがバタバタと横たわる。
「わー……これ、私がいる意味あるのかな?」
油断なくサイズを構えながらも、ユニはカトリアの放つ攻撃魔術を見て感心する。
「全くの無意味でもありませんよ。後ろにユニさんがいると分かっているから、遠慮なく攻撃出来るので」
それよりも、とカトリアは一真が相手にしているサンドラがいる方向を見やると、
やっとの思いでサンドラを倒した一真の様子が見えた。
「ハーッ……ハーッ……や、やっとか……」
肩で息をしながら、一真はサンドラの撃破を確認し、カタナブレードを背中の鞘に納めて自分の持ち場に戻っていく。
予想以上に苦戦してしまった。
足場を意識すれば敵との立ち回りが覚束ず、敵に集中すれば足場に意識が向かず、結果的にどっちつかずでサンドラの反撃を許す。
仕方がないので、立ち回りや踏み込みなどを一切無視して、とにかく近付いて力任せにカタナブレードを叩き付けるような攻撃しか出来ず、バスタードソードほどの『叩き潰す』質量がないカタナブレードでは、サンドラの熱砂に耐える強靭な皮に阻まれてなかなか致命打を与えられず、必要以上に時間が掛かってしまったのだ。
商隊はまだ足を止めており、前方の敵を片付けたらしいソル達のパーティーが、増援の気配が無いか周囲を警戒している。
「カズくん、お疲れさ……って、ほっぺ怪我してるよ?」
馬車に戻ってきた一真を見て、ユニは彼の左頬に切り傷が横切っていることに気付いた。
「え?……痛てっ」
カズマは傷を確かめようとして、垂れていた血液が手の甲に付着する。
「あぁ、さっき爪に当たったからか……」
集中していて気付かなかったが、サンドラとの戦闘で爪か何かを掠めたらしい。
「あ、ダメだよ、変に傷口に触ったら……」
ユニは一真に駆け寄り、彼の左頬に優しく右手を添える。
「っ……?」
互いの吐息が届きそうな距離に、ユニの顔が近付く。
内心で動揺する一真の心情などよそに、ユニは目を閉じて治癒術を詠唱する。
「――ケアーエイド」
淡い緑色の光がユニの手に纏われ、一真の傷口が止血され、痛みが引いていく。
「……あのさ、ユニ。治癒術って、触れてないと使えないのか?」
キラーベアとの戦闘後の時も、そうでない依頼を受けた時も、そして今回も。
ユニが治癒術を使うのはいつも戦闘が終わった後で、しかも一真の怪我を負った部位に触れながらだ。
美少女の素手に包み込んでもらえると言うのは良いのだが、その辺りの物理的な距離の近さに、一真は慣れていない。
一真の知るところの治癒術、回復呪文は、触れていない相手にも同じだけの効果を齎すものだが、この世界の治癒術はそうもいかないのだろうか。
「え、カズくん知らないの?治癒術は、距離が離れていたら効果が弱くなるんだよ。だから戦ってる最中じゃない時は、触りながらの方がいいの」
怪我してる部分に回復、促進効果を直接与えられるからね、と治癒術を終えたユニは、一真の頬から手を離す。
「あ、あぁ、なるほど……」
だから毎回触れながら治癒術を使うのか、と一真はその理由に納得する。
……納得は出来ても、慣れないものは慣れないのだが。
警戒態勢は解かないままに、商隊は再び動き出す。
先程のサンドラの群れは、恐らく中継拠点から商隊が出てくるのを待ち、狙っていたのだろう。
でなければ、あれだけの規模の群れで行動はしないはずだ。
あるいは、サンドラの群れの中にはボスがいて、第二波の襲撃を掛けてくる可能性も捨てきれない。
その第二波に備えて、コントラクター達は水分補給なり食事を取るなりして体力の回復に努める。
そんな中で、一真はぐったりと馬車の中で腰を降ろす。
「なめてたわけじゃなかったけど、砂漠での戦闘は想像以上に大変だ……」
気温の高さが容赦なく体力を奪っていくのは当然だが、それ以上に足場が悪いのだ。
沈み込む砂は足を鈍らせ、余計な力を使わせる。
プリマヴェラで戦っていた時とは、何もかも違う立ち回り方だ。
「お疲れのようですね。エスターテまではまだ時間がありますし、少しでも横になりますか?」
カトリアが一真を気遣って、休むように奨める。
一瞬、厚意に甘えてそうさせてもらおうかと思いかけた一真だが、すぐに思い直した。
自分は足手まといになりたくて護衛を引き受けているわけではないと。
「……いや、大丈夫です」
もちろんやせ我慢だが、せめてエスターテに到着するまでは護衛の役目を全うしなくてはと、一真は気を引き締め直す。
「(それよりも、立ち回り方を考え直さないと。これじゃ本当にただの足手まといになる……)」
砂漠の砂に足を取られないこと。
これを知らなければ、戦うなどもってのほかだ。
ソル達は何の苦もなく戦っていたのだ、やはり踏んできた場数が違う。
さてどうしたものか。
最初の襲撃以降、魔物や野盗が商隊に近付くこともなく、悠々と商隊は砂漠を渡り続け――陽炎の向こう側に、石造りの壁に囲われた町が見えてきた。
あれが、エスターテだ――。
と言うわけで、七章でした。
ユニとのフラグを順調に立てていく一真。
初めての砂漠戦で大苦戦。
ユニ、一真に……治癒術です、残念でした。
の三本でお送りしました。
次回は、砂漠の町エスターテに関する説明に終始しそうです。