五章 突然休日になると急に暇になる。
一真とユニの二人が、プリマヴェラピルツ50本の納品依頼を受け、その途中でキラーベアとの戦闘になりつつもどうにか達成した、その日の晩。
プリマヴェラの町に帰還して依頼達成を報告した際に、受付嬢に一真の左腕に巻かれているのを訊ねられ、キラーベアから受けた傷だと答えると、受付嬢は血相を変えてカウンターの奥へ飛び込み、その十数秒後に今度はカトリアが飛んできたのだ。
プリマヴェラ深森でキラーベアと遭遇した旨を伝えると、すぐさまDランク以上の依頼として『キラーベアの討伐』が発注された。
聞く話によると、キラーベアの危険度はDランク相当であり、本来ならばEランクのユニでも相手にさせてくれない大型の魔物だったのだ。
そんな相手に、まだFランクだと言うのに一真は一戦交えたどころか、キラーベアに深傷を負わせてやったと言うのだ。
不慮の事態だったとは言え、よく無事に帰ってきたとカトリアは安堵していた。
依頼達成の報告を終えてから、一真とユニは夕食をいただくために集会所のテーブルに着いた。
一真個人としては『ハミングバード』で夕食を食べようと思っていたのだが、左腕を怪我したことを知ればリーラは心配するだろう。
彼女には余計な心配はさせたくないとして、今日のところは集会所での食事だ。
「さーて、今日はどうしよっかな」
ユニはベールを外し、メニュー表をパラパラとめくる。
一真もメニュー表を手に取って見て、すぐに閉じた。
「俺、ナポリタンとサラダのセット」
「はやっ、って言うかまた安いので攻めるね?」
「まだそんなに贅沢が出来るほど、懐に余裕が無いしなぁ」
もうしばらくは安く済ませるよ、と一真は苦笑する。
「……じゃ、私もナポリタンとサラダにしよっと」
もう少しだけ悩んでから、ユニも一真と同じものをオーダーした。
オーダーを終えて、運ばれてくるのを待つ間、一真の方からユニに話しかける。
「そう言えばさ」
「ん、どしたの?」
「ユニは、どうしてヒーラーになったのかなって。……俺、なんか魔力適性が無いみたいで、魔術とかそう言うのが全然分からなくてさ」
魔力適性の有無を羨んでいるわけではない、適性があるならどのような適性試験を受け、どのようにしてヒーラーとなったのかを知りたいだけだ。
一真の問いかけに対して、ユニは思い出すように小首を傾げる。
「んー?どう言う魔術とか属性が得意なのかって言うのは、測定士さんが最初に調べてくれるの。そしたら私は、治癒術に向いてるんだって」
「それでヒーラーってカテゴリされてるのか。……でも、なんでそんな物騒な鎌なんて武器にしてるんだ?」
一真は、ユニの傍に立て掛けられているサイズに目を向ける。
普通なら魔力を込められた杖や魔法剣などを扱うはずだろうに。
「それは、私が一人でも魔物と戦えるように考えた結果かな。杖じゃ弱いし、剣はなんか上手く使えないし……あ、鎌だけじゃなくて、槍とかも得意だよ」
「あぁ、なるほどな……」
RPGにおけるヒーラーは基本的に治癒術を得意とし、魔力耐性に優れている反面、物理的な戦闘力は低く、敵に近付かれると何も出来ずに倒されることも珍しくない。
そのため、パーティー内では最後尾に立ち、前衛に守ってもらうのがセオリーだが、ユニはそれを良しとしなかったようだ。
……と言うより、パーティーを組んでいないから一人で戦うしかなかったのかもしれないが。
「ん?ちょっと待てよ……」
ふと、一真は瞬きを二、三回繰り返す。
「一人でも戦えるようにって……ユニ、もしかして誰ともパーティーとか組んでないのか?」
「うん、そうだよ」
今更になってそれに気付いた。
そもそも、誰かとパーティーを組んでいたら同行者を募る必要などないはずだ。
前世で知り得ている中でなら、ヒーラーと言う回復役は引く手数多で、野良から捜そうと思っても簡単には見つからない……とされている。
「ヒーラーなのに誰とも組んでないって、かなり珍しくないか?」
「あのねぇカズくん。キミが最初に私のギルドカードを見たとき、どんな反応したか覚えてる?」
ユニはちょっとジト目になって一真を睨む。
「え?えーっと……その格好でヒーラー?って、あっ」
思い当たる節があった。と言うか思い当たる節しかない。
「ね?」
「……そう言うことか」
確かに、一目見ただけなら誰も彼女をヒーラーとは思わないだろう。
見るからに"死神"のような格好と、物騒な大鎌を背負っていては、むしろパーティーに"不吉"を招きそうだと思い込まれてしまうのは無理もないことか。
それにね、とユニは嘆息をついた。
「ほら、私の目って紅いでしょ?紅い瞳は不吉の証だ、なんて言う人もいるし。……好きでこんな色に生まれたんじゃないのに」
紅い瞳は不吉の証だと言うのは、一真にも分からないでもなかった。
赤系の色とは暖かさを持つと同時に、血=死を連想させる狂気的な部分もあるが、それはあくまでもただの思い込みに過ぎない。
「……」
そんな"ただの思い込み"一つで人を判断すると言う"傲慢さ"に、一真は腹に据えかねるものを感じた。
故に、
「バカじゃねぇのそいつ」
一真は、わざと吐き捨てるように言ってやった。
「だってそうだろ。確かに身に付けているものがヒーラーらしくないって言うのは分かるけど、瞳の色が紅いから不吉?そいつ、自分の血がそれと同じ色してるって知らないんじゃないのか?」
「カズくん……?」
そう言ってのける一真に、ユニは目を丸くしている。
「だからさ、そんな奴の言葉なんか聞かなくていいし、そう言う奴に限ってどうせ大したことないんだよ。……ほら、スライムに囲まれてボッコボコにされた挙げ句、身ぐるみ剥がされて放り出されたことがあるとか」
「ぷっ、はははっ……!た、確かにっ、スライムにやられちゃうのはっ、くくっ、かなり恥ずかしいかもっ……!」
一真の喩えを聞いて、ユニはおかしそうに笑う。
そんな様子に、受付嬢は二人分のナポリタンとサラダのセットを運んできたのはいいが、何がそんなにおかしいのかと戸惑っている。
「あの、ナポリタンとサラダのセット二人前です。お待たせしました」
おずおずと声をかけられ、二人ともそれに気付いた。
オーダーしたものを受け取ってから、ユニは一真に向き直った。
「うん。ありがと」
「ん?」
「私のためにそう言うことを言ってくれて、ありがとうってこと」
「ただの悪口だよ。まぁ、ちょっとでも気が晴れたなら、いいか」
食べるか、と一真はフォークを手に取り、ユニも「いっただきまーす」と声を弾ませた。
食事を終えてから、二人は集会所の前で別れることにした。
「今日はホントにありがとうね、カズくん」
「どういたしまして。また何か手伝ってほしい依頼とかあるなら、手伝っていいなら手伝うよ。……役に立つかは別だけど」
「うんうん、頼りにしてるからねっ」
それじゃね、と軽く手を振ってからユニは一真の自宅とは反対方向へ歩き出す。
それを見送ってから、一真も自宅へと帰っていく。
翌日。
いつもと同じような時間帯に目が覚めた一真は、やはりいつものように朝の時間を忙しなく過ごし、さて依頼を受けに行こうかと道具箱を開けようとして、
左腕の怪我に気付く。
ユニの治癒術と手当のおかげで、瘡蓋もしっかり出来上がってきている。
だからといって、武器を振るうような激しい動きをすれば、破けてしまうだろう。
それに加えて、ここ一週間近く毎日依頼を受けている。
ひとつでも多くの依頼を達成し、ギルドに貢献しなくてはと躍起になってはいたが、怪我を残したまま無理をする必要もない。
結論、
「……今日は休日にするか」
開けようとした道具箱から手を離す。
しかしどうするか。
休日にすると決めたのはほんの五秒前だ、これが昨夜の内なら今朝は思う存分惰眠を貪っていただろうが、もうしっかりと起きている今から二度寝をする気にはなれなかった。きちんとした生活リズムが染み付き始めているのなら尚の事だ。
「あ、そうだ」
ふと、あることを思い付いた一真は踵を返すと、テーブルの上に紙を広げ、その紙面にペンを走らせていく。
十数分ほどペンを走らせて、ようやく筆が止まる。
「よし……」
インクの乾燥を待ってからそれを折り畳んで、支給された普段着のポケットにそれを押し込み、ついでに買い物へ行く準備をしてから出掛ける。
まず最初に向かうのは、食材屋だ。
せっかくの休日なので、ゆっくりじっくり買い物が出来る。
品揃えを見てみると、少し前にはすっかり品切れになっていたプリマヴェラピルツが、『入荷しました!』と言うポップと共に並べられている。
つい昨日に、一真とユニが拾い集めて納品されたものが、早速売り出されたようだ。
俺も食べてみるか、と一真はプリマヴェラピルツを一本取り、籠の中に入れる。
「あ……」
ふと、背中から声が聞こえ、背後にいた気配がすぐ左隣に回ってくる。
「やっぱりカズマさんでした。おはようございます」
聞き覚えある声の通り、リーラがぺこりと挨拶してきた。
「リーラ、おはよう」
「私服ってことは……今日は、コントラクターのお仕事はお休みですか?」
リーラは、一真の格好がいつもの軽装で無いのを見て、今日は休日なのかと見たようだ。
「そんなところ。今日はゆっくりしようかなって」
「……あの、カズマさん。左腕、どうかされたんですか?」
さりげ無く左腕を隠しているのを見抜かれてしまった。
「あー、えっと。全然大したことないんだけど、昨日ちょっと怪我した」
「えっ、大丈夫なんですか?」
案の定と言うべきか、リーラは怪我を心配してきた。
ここで「大型の魔物と一戦やり合った時に一撃喰らった」と正直に話せばさらに心配するかもしれない。
なので一真は、ちょっとだけ誤魔化すことにした。
「うっかりスライムを踏んで転んで、運悪く石で切っただけだよ」
「……スライムちゃんって、踏んだら滑るんですか?」
スライムに"ちゃん付け"するリーラは、『スライムを踏んで転ぶカズマ』と言う状況が想像出来ないのか、小首を傾げている。
「あいつらって意外とツルツルしてるからな。リーラにはわからないかもしれないけど」
「へ、へぇ……?」
微妙に納得してなさそうなリーラを後目に、一真は自分がよく使う食材を一通り籠に詰め、手早く会計を済ませて食材屋を跡にした。
「……わたしに心配させないようにしたのかなぁ」
一真の背中を見送りながら、リーラはそう小さく呟いた。
次に一真が向かった場所は、プリマヴェラの町の鍛冶屋だ。
コントラクター用の武器や防具を販売している他、個人に合わせた装備の生産も請け負っている。
尤もその場合は、相応の金額や素材を要求されるのだが、コントラクター達はこぞって自分専用の装備を発注しに行くのだとか。
『ヘパイストス』と掲げられた看板の目下、その奥には、良質な石炭を詰め込まれた炉の中で、炎が揺らめく。
炉から上げられた鉄板は赤々と輝き、素手で触れれば火傷どころではないほどのそれに、男達は金槌を叩き付け、伸ばし、整え、硬めていく。
ガヂン、ガヂン、ガヂン、ガヂン、と規則正しく――それを為すことは決して容易いことではない――金槌音は打ち鳴らされる。
それを指揮するのは、貫禄ある壮年の男。
この男――否、"漢"こそが、コントラクター達が敬い、そして恐れる、鍛冶屋『ヘパイストス』の長、通称、『棟梁』である。
若い頃はSSランクのコントラクターとして、数々の飛竜や魔獣、怪虫を薙ぎ倒し、英雄とは彼のことであると囁かれるほどの剛の者。
体力的に限界が見えてきた頃にコントラクターを引退し、現在では鍛冶職人として後進を二重の意味で鍛えてやっている。
その棟梁は今、目の前にいるコントラクターらしき青年と話しており、鞘に納められたサーベルを差し出す。
「手間かけるな、棟梁」
「気にするな。これが仕事だからな」
受け取ったサーベルを腰のベルトに提げさせるコントラクター。
「近々、エスターテ行きの商隊の護衛を頼まれるから、コンディションは万全にしておきたくてな」
「いつもの定期便か。しかし近頃は不穏とも聞く」
「だからこそ、俺みたいなのが頼まれるのさ。なぁに、そうそう遅れは取るものかよ」
「油断するなよ。不要な言葉か」
すると、棟梁が一真の存在に気付いたか、そちらに視線を向ける。
「どうしたルーキー。何か用か」
一真と棟梁は、カトリアの案内の元に一度顔を合わせたきりだ。
低く、渋く、しかしよく通る声は、必要以上の口を叩かない。
率直に用件を話せと言わんとする棟梁に、一真は先程の紙を取り出して見せる。
「おはようございます、棟梁。武器のことで相談があるんですけど、こんな感じの武器って作れませんか?」
棟梁はそれを黙って受け取り、目を凝らす。
紙面に描かれているそれは、流麗な曲線美を持ち、一真が普段使っているバスタードソードよりも細身の刃だ。
棟梁が紙面を見ている横から、先ほどの青年も覗いてくる。
――よくよく見ればその青年のコントラクターとしての装備は、白灰色のシャツの上から黒いジャケットを羽織り、腰には銃やサーベルを備え、まるで"海賊"のような出で立ちをしている。
「こいつは……"ソンバハル製"のブレードに似てるな」
「うむ。原型はそれだろう」
青年と棟梁が言葉を交わす。
ややあって、棟梁は目線を紙面から一真の顔へと向け直す。
「作ることは容易い。問題ない」
「え、マジですか?」
簡単なことだと言う棟梁に、一真は拍子抜けする。「難しい」と言われると思っていたからだ。
しかし棟梁はそこで「だが」と挟む。
「これは相当な手練が無ければ扱えぬ代物。主にその技量はあるか」
無表情のまま、淡々と問う棟梁。
一目で一真がどのような武器を求めているかと見抜いたようだ。
同時に、それはお前自身が扱えるのかと問うている。
「無いなら、手に入れるまで自分を鍛えるだけです」
簡単に思う通りにはならないかもしれない。
そうだとしても、扱えるようになるまで努力をすると、一真は言う。
彼の答えを聞き、棟梁は頷く。
「三日待て。それで十分だ」
「ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げて感謝する一真。
棟梁は頷き「これは預かるぞ。参考にする」と一真の持ってきた紙を懐にしまい込むと、作業に戻って行く。
頼んでみるものだな、と一真はほっと一安心する。
「ルーキー……あぁ、『キラーベアに深手を負わせたルーキー』って言うのは、もしかしてお前のことか?」
すると、先程まで棟梁と一緒に紙面を見ていた青年が、一真に話し掛けてきた。
「え?えーと……確かに昨日、キラーベアと遭遇して、ちょっと戦ったのはそうですけど」
一真と彼は初対面だ。
だがどこから広まったのか、Fランクコントラクターである一真がキラーベアと一戦交えたことが噂になっているようだ。
「いやな、ギルドに入って間もないのにキラーベアに一発『かましてやった』なんてどんな奴かと思っていてな。……言っちゃ悪いが、とてもそんな顔には見えないな」
覗き込むように一真の顔を見る青年。
「我ながら冴えない顔だとは思ってます」
卑屈になったわけでも、自信過剰になったわけでもない、一真も自分自身でどう言う顔立ちをしているのかくらいは自覚している。
「そう言うなよ。と言うか、『冴えた顔』ってどんな顔だ?」
一真の言い方に苦笑する青年。
「っと、一方的に話し掛けといて悪かったな。俺は『ソル・ソーダライト』。Aランクのコントラクターだ」
ソルと名乗る青年に、一真も名乗り返す。
「Aランク……あ、俺、カズマ・カンダです」
「カズマか。躍起になるのはいいが、怪我するほどの無茶はするなよ?」
ソルの視線が、一真の左腕に向けられる。
「あ、はい。気をつけます」
確かに、怪我をしていいことはあまりないかもしれない。
単にルーキーである自分のことに気を配っているのだと思い、一真は素直に頷いた。
「……意外と素直だな。てっきり噛み付いてくるものかと思ったよ」
すると、一真の反応を見てソルは瞬きを何度か繰り返す。
ソルからすれば、コントラクターになって間もないルーキーは、少し依頼がこなせるようになっただけで偉くなったと勘違いするものだと思いこんでいたが、一真はそれに当て嵌まらなかったようだ。
「年齢もランクも上の先輩相手に、どうやって噛みつけと」
「あまり生意気を言うなら一発ボコってやろうかと思ったんだが、その心配は無さそうだな」
うむ、と大仰に頷いてから、ソルは踵を返す。
「じゃぁなルーキ……カズマ。縁があったら、その時はよろしくな」
ひらひらと軽く手を振りながら、ソルは『ヘパイストス』を後にしていく。
それを見送る一真は、小さく呟いた。
「ソルさんか。……一緒に戦ってみたいな」
あの海賊のような装備で、どのように戦うのか。
気になるものは気になるが、ソルも言っていたように、縁があれば共に轡を並べることはあるだろう。
一真も、ソルとは背を向け合うように『ヘパイストス』を後にする。
その"縁"がすぐそこに巡り来ていることは、今の彼に知る由は無い――。
と言うわけで五章でした。
海賊装備な青年、ソル・ソーダライトとの邂逅と、何やら一真は新しい武器を手に入れそうです。
次回から物語は新たな展開を迎えますので、地道にこそこそとお待ち下さい。