三十二章 一人ぼっちで生きていけると思うな。
ディニアルを追って大陸樹ヘイムダルの内部へ突入する一真。
内部は、まるで樹の内側をくり抜いて作られたような、螺旋階段が続いている。
一真は迷わずに階段に足をかけ、一足飛びに駆け上がっていく。
どこまでも続くような螺旋階段の終点に辿り着いた時には、一真は息が上がっていたが、深呼吸を繰り返して息を整える。
「はーっ、はーっ、ふーっ、ふー……」
そこはだだっ広い広間になっており、その奥にはディニアルが大剣に手を添えて待ち構えていた。
「お前と言う存在を初めて知った時、これほど不愉快なことは無いと思った」
不意に、ディニアルは無機質な声で語り始めた。
「このオレとお前、どちらも異世界転生を果たした存在でありながら、プラスの要素のほとんどはお前に傾き、オレに残っていたのは武力と魔力だけだった」
対する一真も、呼吸を落ち着けながら応じる。
「その武力と魔力だって、振るう時と場所を間違えなければ、誰だってその力を認めて頼りにするし、いざと言う時にお前に力を貸そうと思うはずだ」
「違うな。オレはいつも常に他人に尽くす側の人間だった。誰もオレに力を貸そうなどと思わなかった。オレが齎した恩恵を、ただ当たり前のように享受するだけ。それが当然であって、恩恵を怠れば無能だと罵る。オレの周りにはそんな恩を仇で返すような奴しかいなかった」
「そんなわけがあるか!それは、お前が自分の力の振るい方を間違えていたからじゃないのか!」
「間違えていた?オレが?」
一瞬、激昂しかけた一真だったが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「確かにお前は強いよ。大抵の魔物なら、一人でだって倒せるはずだ。だけど、それだけだったんじゃないのか?」
「それだけ、だと?」
「お前はただ、依頼を受けては達成してるだけだったんじゃないのか?」
一真のその言葉を聞いて、ディニアルは眉をピクリと微動させた。
「それがコントラクターと言うものだろうが」
不意にディニアルは大剣を構える。
「話を長引かせて、援軍が来る時間稼ぎでもするつもりか?……くだらないな」
「分かるつもりはないんだな……なら!」
一真も背中のバスタードザンバーを抜き放つ。
「お喋りはここまでだ……今度こそ殺してやるぞ、神田一真!!」
ディニアルの大剣と、一真のバスタードザンバーが激突した。
ソルのカットラスがドラゴンゾンビの白骨を叩き斬る。
ラズベルの矢が、ドラゴンゾンビの鱗を突き破る。
セレスの片手剣がドラゴンゾンビの腐った血肉を斬り裂く。
スミレの忍刀がドラゴンゾンビの傷口を押し広げる。
カトリアの攻撃魔術が、ドラゴンゾンビの翼を焼く。
ユニの治癒術が傷付いたコントラクター達を癒やしていく。
彼女らだけでない、包囲網を敷いていたコントラクター達が、ドラゴンゾンビの出現に気付いて、四方八方から攻撃を開始する。
「怯むな!奴とて不死身ではない、攻撃の手を緩めるな!」
イダスは味方を鼓舞しながらも、大剣を手に勇猛果敢にドラゴンゾンビへ立ち向かい、鱗を斬り飛ばしていく。
「この戦いが済んだら、ワシがなんぼでも奢ったる!せやからお前ら!ヘマ打って死んだりすんなや!」
軽口を叩きながら、リュウガは薙刀を振るってドラゴンゾンビの腐肉を貫く。
エスターテとソンバハルのコントラクターが攻勢を掛けている中、ゼメスタンのコントラクターは後退し、シルヴィアの護衛に就いていた。
ワルドはシルヴィアを下がらせようと進言する。
「本部長殿、ここに留まるのは危険です。一度安全圏までお下がりください」
だが、シルヴィアは手にしているサーベルを鞘に納めることなく言い放つ。
「何を言う。皆が命をかけて戦っておるのだぞ。総大将が旗の下で喚くだけでは士気に関わる」
「しかし、もし奴がこちらに気付いて狙ってこられれば……」
「構わぬ。朕が的になれば、その間に他の者が奴を仕留めてくれよう。なに、そう安易にこの首はくれてやらぬとも」
ワルドの進言を跳ね除けて、シルヴィアはさらに前に出てみせる。
しかし、対するドラゴンゾンビの抵抗反撃も苛烈だ。
業火のブレスを吐き出し、ほとんど骨だけの尾を鞭のように薙ぎ払い、砕け折れた翼爪を振るう。
ユニはあちらこちらへと治癒術を放ち続ける。
だが、立て続けに魔術を酷使していれば、その負担はそのまま自身へと返ってくる。
「はー……はー……ふ……」
身を絞るように治癒術を続けても、負傷者はそれ以上のペースで増え続けている。
ユニ以外にもヒーラーや治癒術が使える者はいるが、それでも全く間に合わない。
「(このままじゃ私も倒れそう……)」
ここまで全く休まず治癒に努めていたが、そろそろユニ自身も限界だった。
恐らく、次に魔力を使えば動けなくなってしまうだろう。
それでもユニは治癒の魔法陣を展開する。
ケアーエイドとは異なる、通常よりも広大な魔法陣。
「――生命芽吹く希望の微風よ、刻まれし傷痕へ注ぎ、再生せよ――『リバイバルウィンド』!!」
目を見開くユニの周囲から新緑色の風が優しく吹かれ、傷付き膝を折っていた者を起き上がらせていく。
施術者の認識範囲内にいる者全てに、指向性の治癒効果を与える、治癒系術の上級魔術。
その恩恵は大きいが、今ので残された魔術のほとんどを使い切ってしまったユニは、サイズの柄を杖にして脱力したように膝を着く。
同時に、高濃度の魔力の放出を感じ取ったドラゴンゾンビがユニへ振り向き、口蓋から焔を揺らめかせる。
「(あ、むり)」
次の瞬間には赤々とした火焔が吐き出され、ユニを焼き尽くさんと迫る――
「何をしているの、ユニッ!」
その寸前に、セレスがユニとドラゴンゾンビとの間に割り込み、盾を突き出した。
結果、火焔は盾と激突する。
焦熱の息吹は盾だけでは完全には防げず、余波がセレスのマントを燃やす。
それどころか、セレスの盾の表面を歪ませ、溶解させていく。
「セレス、ちゃん……ダメだって……!?」
「クッ……!」
マントが燃えるだけならいい、しかしブレスの熱は溶けつつある盾の隙間から徐々にセレスの左腕へと伝わせる。
「(腕が、燃えそう……でもッ!)」
歯を食いしばって炎熱を堪えるセレス。
いつまでも続かないその執念の守りはしかし、功を奏した。
「野郎ッ!」
ソルは左手のピストルを捨てると、ドラゴンゾンビの白骨部を階段のように蹴り上がり、その首筋へしがみつく。
「仲間は絶対に、や、ら、せ、ねェッ!!」
カットラスを右逆手に持ち替えると、その腐敗した龍鱗へ斬り込ませた。
頸部――吐き出しているブレスの通気路――へのダメージは、ドラゴンゾンビにとって痛手だったようで、カットラスを突き立てた部位が爆発した。
当然、その至近距離にいたソルは爆風をまともに浴びて吹き飛ばされる。
「やらせねぇって、言った、ろ……!」
受け身も取れずに地面へ放られるソル。
「ソルーッ!!」
「誰でもいいっ、あいつを下がらせろ!」
ソルのパーティメンバー達が叫ぶ中、すぐさまゼメスタンのヒーラーがソルを引っ張っていく。
頸部の爆発に仰け反り、よろめくドラゴンゾンビ。
ここまで全く弱る気配の無かった相手がようやく怯んだ。
「奴さんは弱ってる!攻めな!」
ドラゴンゾンビの脆い部分をしつこく狙い撃っているラズベルは、弱り始めた相手を見て声を張り上げる。
その声に、下がりかけていた士気が踏み留まる。
「一点を狙うぞ!撃ェーッ!!」
イダスが指揮している、ラズベルを中心とした弓矢やボウガンの部隊が一斉射撃、ドラゴンゾンビの下腹へ鏃が殺到する。
体勢を立て直そうとするドラゴンゾンビの股下を潜り抜けるように、スミレが飛び込む。
「参ります!」
忍刀を一度納めると、手裏剣を両手から投擲、ドラゴンゾンビの尻尾の肉へ突き刺さり、そこへ押し込むように二振りある内のひとつの忍刀を突き入れながら離脱し、さらに振り向きざまにクナイを放って傷口を抉り、
「ゃあぁぁぁぁぁッ!!」
飛び掛かりながら忍刀を抜き、落下の勢いと共に振り降ろす。
その結果、スミレの裂迫と共に放たれた一閃は、ドラゴンゾンビの尻尾を骨ごと断ち切ってみせた。
人の断末魔に似た耳障りな声を上げながら、自身の身体の一部を真っ二つにされたドラゴンゾンビはのたうち回る。
「ようやったスミレ!あと一息や、一気に押し込め!」
スミレの活躍に喜色を示したリュウガは、あと少しで勝てるはずだと薙刀を掲げて見せる。
その鼓舞は決して間違いではなかった。
だが、あと少しだと言う希望は、僅かな気の緩みを生んだ。
頸部を傷付けられ、無数の矢を受け、尻尾まで斬り落とされたドラゴンゾンビは、(元より)死に体でありながらも怒りを顕にし、理性すら失って暴れ回る。
その巨体は暴れるだけで凶器になり、そればかりか穴を穿たれた頸部から黒煙を噴きながらも、炎ブレスを吐き出す。
接近を試みたコントラクター達は弾き飛ばされ、熱量が落ちているとは言えなおも高熱の炎ブレスに身を焼かれてしまう。
その流れ弾同然の炎ブレスは、シルヴィアにも向かっていた。
「ぬっ!?」
「本部長殿!」
ワルドは身を挺してまでシルヴィアを守ろうとするが、それよりも先にカトリアが割り込んで、左手を掲げる。
「『マギアフィールド』!」
掌から魔力の障壁が発され、炎ブレスを拡散させることなく消失させていく。
「すまぬ、ユスティーナ」
「お構いなく。……そろそろ、決着を着けなくてはなりませんね」
炎ブレスの完全消失を確認してから、カトリアはブレードランスを構えるなり、焼け焦げた地面を蹴って一気にドラゴンゾンビへ接近する。
なおも暴れ続けるドラゴンゾンビの真正面へ堂々と飛び掛かり、X字を描くようにブレードランスを振るい斬りつけ、突き込み、ブレードランスから手を離して飛び下がり、詠唱を開始、朱色と白色の二色の魔法陣を展開する。
「――紅蓮の炎よ剣となれ、絶対零度よ刃となれ、我ここに覇を唱え世を崩さん――『インブレイスエンド』!!」
カトリアの右手が紅く、左手は白く輝き、その両手を交差させた。
交差した動きにシンクロしたように、巨大な剣の形状をした豪炎と、同じく剣の形状をした吹雪が顕現、ドラゴンゾンビの左右から放たれ――炸裂した。
火属性と氷属性の双属性の上級魔術、インブレイスエンド。
相反する双属性の上級魔術の会得は極めて困難であるが、その破壊力は数多くの攻撃魔術の中でもトップクラスだ。
炸裂閃光の後、ドラゴンゾンビの姿は未だ健在ではあったが、苦しげなうめき声を上げ――地に平伏した。
絶命すると同時に、その死肉と骨だけの肉体はバラバラになり、土に還った。
「……なんとか、なりましたね」
大きく息を吐いてから、カトリアはドラゴンゾンビの撃破を口にする。
それを聞いていた近くのコントラクターが喝采を上げ、伝播するように多くの者達に喝采を上げさせる。
「カズマくんっ……」
喝采の中、カトリアはブレードランスを拾い上げて、ヘイムダルの内部へ駆け出した。
バスタードザンバーと大剣が打ち合う数も、もう百合を超えている。
ディニアルは、一真が一人だけで追ってきた時点で勝利を確信していた。
「何故……」
一対一なら、自分の方が上だと言う自負があり、事実一真達は四人がかりでようやく戦えるほどだ。
例え一真の装備がこの間と違おうとも、結果は変わらないと思っていた。
思っていたのに。
「何故、オレの動きについて来れる!?」
どう言うわけか、一真は食い下がってくる。
「この一ヶ月、何もしてこなかったわけじゃない!」
そう。
一真とて、特に何か変わったことをしたわけではない。
ただ、いつもより鍛錬の時間を伸ばしていただけ。
だがそれが一ヶ月も続けば、確実に体力や筋力は強化される。
ディニアルが薙ぎ払う大剣を、バスタードザンバーの腹で受け流す一真。
受け流して、即座に反撃、肉厚の刃同士が衝突して甲高い音を打ち鳴らす。
ギチギチギチギチと鍔迫り合う。
ディニアルは強引に押し切ろうと迫るが、一真は足腰を踏ん張ってそれを押し止める。
弾き合い、ディニアルはさらに距離を詰めて大剣を振るう。
一撃、二撃、三撃、と打ち合い、鏡合わせのように互いに飛び下がって距離を置く。
獣同士が威嚇し合うように、ジリジリと睨み合いながらも足を止めない。
「有り得ない……お前一人が、オレと互角?一体どんなチートを使って……」
「それだよ」
チートを疑うディニアルに、一真はその疑念を正面から叩き切る。
「そうやってお前は、原因を自分以外の何かに求める。自分に何が足りないかを、認めようとしないんだ」
それに、と一真はバスタードザンバーを構え直す。
「俺は一人でここにいるんじゃない。本当なら俺だって、外にいる奴を倒すべきなんだ。でも、俺を信じて、託してくれたんだ。「決着を着けろ」って。リーラが、ユニが、ソルさんが、ラズベルさんが、イダスマスターが、スミレちゃんが、リュウガマスターが、セレスが、シルヴィア本部長が、……カトリアさんが。それだけじゃない、色んな人達がいてくれて、支え合ってきたから、俺はここにいる。……だから、お前になんか負けない。負けるわけにはいかない」
毅然として思いを口にする一真に、ディニアルは嘲笑った。
「……どこまでもどこまでもどこまでもどこまでもどこまでも、オレを見下す!ここまで傲慢ならいっそ清々しいな!」
「傲慢なのはお前だ!」
一真は膠着を破って斬り掛かり、対するディニアルも大剣で迎え撃つ。
互いに打ち合いながらも、一真はバスタードザンバーに思いを乗せて叩き付ける。
「お前は町の人達と、何でもない話をしたことがあるか!?」
例えばそれは、農作物が豊作だったとか、どこかの家庭で赤ちゃんが産まれたとか、美味しい料理の話だったり。
「他のコントラクターと、力を合わせて戦ったことがあるか!?」
初対面のコントラクターと即席でパーティを組むことがあっても、意見を擦り合わせて話し合い、ほんの少しだけ譲り合えば、一人では倒せない魔物も倒せる。
「お世話になっている人達のために、何かしてあげたいと思ったことがあるか!?」
他町に遠征に出向いたついでにお土産を買ったり、ちょっとした贈り物をしたり、誰かの仕事を出来るだけ手伝ったり。
「何でもかんでも自分一人で十分だって、誰も信じなかったんじゃないのか!?」
「!!」
その言葉を聞いてディニアルは、異世界転生を果たしてからの今までを記憶を過ぎらせる。
大丈夫だと言ってのけ、誰の力も借りなかった。
町民の話を聞くことはあっても、依頼に関することでなければ聞き流していた。
自分はこれで十分に尽くしていると、信じて疑っていなかった。
他のコントラクターなど足手まといだと思っていた。
ヒロインと言える美女・美少女が誰一人寄り付かなかったのではない。
他ならぬ自分が自分以外を遠ざけていたのだ。
「ッッッッッ………………黙れぇぇぇぇぇェェェェェ!!!!!」
今まで見えなかった――見て見ぬ振りをしてきた事実を突きつけられ、激昂するディニアルは力任せに大剣を振り降ろした。
その一撃はバスタードザンバーと衝突し――やけに軽い手応えと共にバスタードザンバーを吹き飛ばした。
「なっ……」
手応えの無さを不審に思ったディニアルは、吹き飛ばしたバスタードザンバーを見やり――
そこにあったのは、『柄の無いバスタードザンバー』だった。
「悪いが本命は……」
一真の声に咄嗟に振り向くディニアル。
振り向いたその先には、刀を振りかぶった一真の姿が。
「こっちなんだよ!!」
放たれる袈裟懸けの一閃は、ディニアルの黒衣ごとその肉体を深々と斬り裂いた。
「がッ"……!!」
ディニアルは刻まれた傷を左手で抑えながら膝を着いた。
「ま、さか、仕込み刀だったのか……ッ?」
「これも前世の知識だ」
そう。
これこそがバスタードザンバーの正体だ。
鈍器のような刀身は"鞘"であり、その内側に刀を仕込んでいた。
一真はディニアルの攻撃を受け流すように"抜刀"し、空振りさせたのだ。
使い慣れたカタナブレードの身軽さと斬れ味、かつディニアルの大剣に押し負けない質量を両立させる……このために、棟梁には苦心を重ねて鍛え作ってもらった。
「これで勝負は着いた。もういいだろ」
一真は刀の切っ先をディニアルの鼻先に突き付ける。
「……いいや、まだだッ」
ディニアルはその体勢から飛び下がった。
しかし、垂れ流しの血が黒衣を紅く染めているその状態で剣を振るえばどうなるか、彼本人に分からないはずがない。
「……お前との決着を着けるまではッ」
「決着ならもう着いたはずだ!これで分かっただろ、『主人公なんてこの世界にはいない』って!」
「ふ、それこそ主人公の理屈だな……だが、オレは負けるわけにはいかない……ッ!」
大剣を構え直し、一気に間合いを詰めてくるディニアル。
「ッ!!」
振り降ろそうとする凶刃を前に、一真は刀を突き出した。
それは、『殺らなければ殺られる』と言う戦いの中で身に付いた咄嗟の行動だった。
その結果。
大剣が一真に振り降ろされるよりも先に、刀の切っ先がディニアルの身体を貫いた。
「………………ッ」
ディニアルの手から大剣がこぼれ落ちた。
「ディニアルッ、お前まさか……!?」
「ハッ……そんなわけあるか……」
わざとやられたのか、と思った一真だが、そうではない。
確かにディニアルは大剣を振り降ろそうとしていたのだ。
あの咄嗟で一真が違う行動を取っていれば、もしかしたら三秒前の結果は変わっていたかもしれない。
自分が死ぬか、相手を殺すか。
その二択しか無かったのだ。
一真はディニアルから刀を引き抜いて距離を取った。
「ま、ぁいい……次、はもう少、し……マシな世、界に……転生、す……るさ……」
死の間際とは思えないほど――否、死を悟ったが故か。
「……、あばよ」
ディニアルは緩やかに身体の力を抜いて、大理石の床に横たわり、
そのまま静かに事切れた。
「……死んだら必ず転生するとは限らないんだぞ、ディニアル」
一真は刀を手放した。
「俺はお前を殺して、踏み台にした男だ。だけど俺は、お前を殺して踏み台にしたことを、絶対に忘れない」
こんなことに慣れてはいけない。
慣れてしまったら、いつかなんの躊躇いもなく人を殺せるようになってしまうだろうから。
一真はそれを胸に刻む。
「はぁっ、はぁっ……カズマくん!」
すると螺旋階段から、息を切らせたカトリアが駆け上がってきた。
「カトリアさん。大丈夫、俺は平気ですよ」
一真は、大きく頷いて自分の無事を伝える。
「カズマくん……その、ディニアルは……?」
カトリアは一真のすぐ後ろで横たわるディニアルの遺体を見やる。
「……こいつは、俺が殺しました」
彼の表情に喜びはない。
人を殺して喜びを感じるような畜生以下に成り下がるつもりもないからだ。
「そう、ですか……」
「カトリアさん、少しだけ待ってください」
一真はディニアルの側に跪くと、彼の黒衣を脱がせ、それを屍布の代わりにして全身を覆うように被せてやる。
「……じゃぁな、ディニアル。次はどこに転生するか分からないけど、その時は……もう少しだけ人を信じてみろよ」
最後に、彼の大剣を添える。
これが、せめてもの手向け。
その様子を背に、二人は螺旋階段を降りていく。
ヘイムダルの外では、この戦いに参加したコントラクター達が待ってくれていた。
ユニ、ラズベル、スミレ、セレスの四人は、二人の姿を見るなり駆け寄る。
「カズくん、あの人は……」
ユニは、ディニアルとの決着はどうなったのかを訊ねる。
決着はついた。
それは彼にとって喜べるものではない。
だが、一真は頷いてから、敢えて拳を掲げる。
「ディニアルは、この俺が降した!俺達は、この戦いに勝ったんだ!!」
彼の勝利宣言に、多くのコントラクターが喝采を上げた。
しかし、彼の顔を見ているカトリア達は浮かばれない。
今の彼は、決して喜んでなどいないから。
その一真の不本意な勝利宣言を聞き、シルヴィアは少しの思案の後に、声を発する。
「さて皆!戦いは終わった!幸いにも誰も死ぬことは無かった!さぁ、帰るぞ!」
コントラクター達はそのシルヴィアの声に従い、負傷者を支えながら大陸樹ヘイムダルを後にしていく。
その場に残されたのは、一真、カトリア、ユニ、ラズベル、スミレ、セレスの六人。
「……じゃぁ、俺達も帰りますか」
一真は気丈に振る舞ってみせる。
あぁそうだ、と一真は五人に向き直る。
「リーラも一緒のほうがいいか。……このあとで、ちょっと集まってほしいんだ」
戦いは終わった。
それを区切りに、一真はあることを為そうとしていた。
というわけで、三十二章でした。
大陸樹の中での決戦、名有りキャラほぼオールキャストでドラゴンゾンビ討伐、そして決着、の三本でキメました。
次回、エピローグになります。
こちら、一真の武器のバスタードザンバーのイメージです↓
https://34210.mitemin.net/i640462/





