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冒険者組合の下請け人見習い  作者: こすもすさんど
ヘイムダル編

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二十九章 そんな話は聞いてないんだが。

 手紙の内容に相違無ければ、ディニアルは大陸樹ヘイムダルで待ち構えているのだろう。

 そこで、一真との決着を着けるつもりだと。

 だがその一真は手紙を見て訝しげに眉を顰めた。


「……罠、ですかね?」


 何がなんでも一真を殺したいディニアルが、今更になってこんな正々堂々とした真似をするものかと、彼は疑う。


「十中八九罠でしょう」


 カトリアも、この手紙が罠への誘いだと見ている。


「ですが、ヘイムダルで待つとしか書かれていない以上、『カズマくん一人で行く必要は無い』と言うことです。このような決闘じみた行為に付き合う必要はありません」


 あくまでもカトリアは現実的にものを述べ、一真一人を向かわせる理由を否定する。


「内容がなんであれ、一人で行くつもりはありませんよ。俺も死にたくないですからね」


 以前の一真なら「これこそディニアルと刺し違えてまで止めるべきだ」と言っていたかもしれないが、今の一真は違う。

 自分が死ぬことで悲しむ人間は、本人が思う以上に多いのだとカトリアから言われたあの日から、思い直していた。

 自分は確かによその世界から放り込まれた"招かれざる客"だろう。

 だとしても、この世界で生きている一人の人間であり、決してイレギュラーなどではないと(そもそもこの大陸が多くの転生者イレギュラー達の手によってその歴史を変えられている)。


「あいつが何を考えてるか知りませんけど、準備する時間を与えてくれるだけマシです」


「そうですね。……今回は、重要参考人ディニアルの捕縛、不可能なら討伐も考慮し、ベンチャーズギルドの総力戦になるでしょう」


 総力戦。

 四大領地及びヘイムダルも含めた、全ての最大戦力をぶつけると言うことだ。

 たかが一人の身柄を押さえるために、これほどまでの戦力の投入することを躊躇わないカトリアの姿勢に、本気を感じられる。


「私はこれから早急にエスターテ、ソンバハル、ゼメスタンに連絡を飛ばし、ヘイムダルにも現状報告も兼ねて返信を急ぎます。それと、遅くとも明日のお昼頃までにはヘイムダルへの出立準備を整えなければなりません。カズマくんも、今日はゆっくり休んでください」


「分かりました」


 カトリアの指示に頷く一真。

 それを確認してから「では、また明日に」と一礼して、カトリアは集会所へと駆け戻っていく。

 ドアの戸締まりを確認してから、一真は部屋に向き直った。

 明日の準備も大切だが、まずは腹ごしらえだ。




 夕食の後、集会所の周りがにわかに慌ただしくなっているのを尻目に、一真はハミングバードへ向かった。

 ドアベルが鳴り、その一拍の後にリーラが顔を出す。


「いらっしゃいま……あ、カズマさんっ。せっかくの割引券、忘れてましたよ」


 リーラは厨房の引き出しに隠していたそれを手に、一真の元へ駆け寄ってくる。


「あ、うん」


 彼女の割引券を受け取ってから、一真はここへ来た要件を話す。


「リーラ、また急な話で悪い。明日の昼頃から、ヘイムダルの方に遠征に行かなくちゃならなくなった」


「ヘイムダルって、大陸樹のある町ですよね。でも、あの町は強いコントラクターさんがいっぱい配属されてるって聞きますし、どうしてまたカズマさんが?」


 小首を傾げるリーラに、一真は他の客が近くにいないことを確認してから、少しだけ声量を落として話す。


「前に言ってた、ディニアルって男のこと。あいつが、俺に「大陸樹ヘイムダルで待つ」って手紙を送り付けて来たんだ」


 それを聞いたリーラは、小首の位置を戻す。


「……それって、危険な戦いに行くってことですか?」


「危険なのはいつものことだよ。それに俺だけじゃなくて、大陸各地の選りすぐりのコントラクター達が一堂に会するって話だ」


「でも、そんな大勢集まらなきゃいけないくらい、危険なことなんですよね……?」


「まぁそうなるだろうけど」


「…………」


 不意に、リーラは口を噤んでしまった。

 何かを堪えるように。


「リーラ?どうしたんだ?」


「……なんでも、ありません」


 ふるふると首を横に振るリーラ。


「か、カズマさんなら、必ず帰ってくるって、わたしは信じてますっ……」


 なんでもないと言うのなら、何故そうにも泣きそうな顔をするのか。


「そんな大袈裟な。三日くらいですぐ帰ってくるよ」


 普段とどこか様子が異なるリーラを心配しつつも、いつものように軽く笑って見せる一真。


「じゃぁリーラ、またな」


 手を振ってから、潜ってきたばかりのドアを潜る一真。


 それを見送ったリーラは、すぐに踵を返した。


「女将さんっ」


「んー、どうしたのリーラちゃん?」


 夕食時に合わせての仕込みをしていた女将は、何気なくリーラに顔を向ける。


「お、折り入って相談したいことがありますッ!」


 彼女の折り入っての相談とは、果たして。




 翌朝。

 緊急であったにも関わらず、ユニとソルと彼のパーティメンバー達は、カトリアからの招集に応じ、ヘイムダル行の準備を整えていた。

 慌ただしく馬車に荷物が積載されていく中、ソルは一真に話し掛けていた。


「各地の最大戦力を以て正面からぶつかる、か。過剰な気もするが、奴の行いを鑑みれば、やり過ぎくらいでちょうどいいのかもな」


 ソルの言うように、ディニアルのこれまでの行いは、ベンチャーズギルドにとって到底許容出来るものではない。


 生態系を破壊するような人工の魔物を暴れさせ、ギルド内部に取り入って抗争を誘発し、雪崩を発生させて魔物の活動を不安定にさせた。

 これらによって多くの怪我人と、決して少なくない死人を出しているのだ。


「でも、これ以上あいつを野放しにしていたら、今度は何をけしかけてくるか分かりませんし。……今度こそ、止めてやる」


 我知らず神経を尖らせる一真に、ソルはコツンと軽くデコピンを打つ。


「気負い過ぎんなよ。こんなバカなことで死ぬことはねぇ、さっさと片付けて帰るぞ」


 そうして次の木箱を運ぼうと手を伸ばすソルだが、


「ん……やけに重いな?カズマ、手伝ってくれ」


「はい」


 大きさはそれほどでも無いが、他の木箱よりも重い。武器や弾薬が詰まっているのだろうか。


「「せーのっと」」


 一真とソルは互いに半分ずつ持って、ようやっと馬車の中へ運び込む。




 出立準備が整った頃には既に昼前。

 今からヘイムダルへ向かっても、日没後になるだろう。

 カトリアの号令の元、プリマヴェラからヘイムダル行の馬車は出立する。


 ソルのパーティーメンバー達が馬車の周囲を警戒しながら歩く最中、一真とユニは幌の中で過ごす。


「またカズくんが難しそうな顔してる」


「え?」


 唐突に、ユニがそう言った。


「うん、この間の時みたいに、すっごく思い詰めてる感じかな。どうしたの?」


 ユニの言うこの間とは、一真が無謀なゼメスタン行きを強行しようとした日の晩のことだ。


「あー、……今回俺達は、ディニアルの捕縛、あるいは討伐が目的でヘイムダルに向かってるだろ?」


「うん」


「討伐ってことはさ、あいつを殺さなきゃいけないんだよなって思うと、ちょっとな……」


 これまでと言うこれまでを思い返している内に、一真の中でディニアルと言う男への考え方に変化が起きつつあった。

 それらを確かめるように、一真はひとつひとつ区切るように話す。


「俺もあいつも同じ転生者で、招かれざる客。あいつは、自分の思い通りにならないことを、たまたま上手くいってるだけの俺に八つ当たりしている。だから、俺はあいつに教えてやりたいんだ。思い通りにならないのが当たり前で、成功した誰かに八つ当たりしたり、況してや、蹴落とすことで自分が優位に立つなんて間違ってるって」


「カズくん……」


「確かにさ、ソンバハルでユニが傷付けられた時、あいつを「殺す」って怒ったこともあった。でも、あいつだって第二の人生を有意義に送りたいだけで、……こんな大事おおごとになるなんて思ってなかったと思うんだ」


「…………」


「そう思い始めたら、迷うんだよな。「いざって時に、あいつと戦うことが出来るのか」って」


 相手は、増え過ぎたり害を為している魔物ではない。

 害を為していると言う点では同じだが、一真が迷うのは『人間である自分が、同じ人間を手に掛けることを恐れている』ことだ。

 ダメだよな、と一真は自嘲気味に苦笑した。


「決戦前なのにこんな弱気なこと言ってたら、ソルさんにどやされるよな」


 だから気負うなって言ってるだろうが、ともう一発デコピンが飛んでくるだろう。

 それを聞いたユニは、微笑んだ。


「難しく考え過ぎなんじゃないかな?」


 微笑んで、さも簡単なことであるかのように言う。


「カズくんは、カズくんのやりたいようにやったらいい。私はずっと、味方になるから」


 そのための力ならいくらでも貸すよ、とユニは大きく頷く。


「ユニ……うん、そうだな」


 やはり、我知らず気負い過ぎていたらしい。

 溜め込むよりは吐き出した方が良いと言うのは、存外有効な解決法のようだ。


「ありがとな、ユニ」


「どういたしまし……ん?」


 どういたしまして、と言いかけたユニはふと訝しんだ。

 訝しんで、背後を振り向いた。


「どうしたんだ?」


「んー?今なんか、誰かに見られてたような感じがしたんだけど……気のせいだったかも?」


 当然だが、彼女の背後にあるのは積み込まれた荷物だけで、そこには誰もいない。

  

「気のせいかな……うん、気のせい気のせい」


 どこか納得しないながらも、気のせいだと自分に言い聞かせ 

ユニ。

 その後、幌の出入り口が開かれ、カトリアが入ってくる。


「失礼します。ユニさん、そろそろ交代のお時間ですよ」


 馬車の周囲の見張り番の交代を伝えに来たようだ。


「はーい。じゃぁカズくん、また後でね」


「気を付けてな」


 ユニはサイズを手に、カトリアと入れ替わるように幌から出る。

 それを見送ってから、カトリアは「さてと」と前置きを呟いてから、一真に向き直った。


「カズマくん。先程この馬車に、『やけに重い荷物』を積み込みましたね?」


「え?まぁ、はい、ソルさんと一緒に入れましたけど」


 いきなりなんだろう、と一真は瞬きする。


「実はその荷物、本来なら積載予定は無かったのです」


「どういうことですか?ってかそれ、何が入ってるんですか?」


 カトリアが何を言いたいのか、一真には推し量れない。

 

「えぇまぁ……強いて言うなら、『可愛らしい小動物』、でしょうか?」


「??」


 なおのこと何がなんなのか、頭を捻らせる一真。

 カトリアは右手の人差し指を口元に添え、「静かに」と伝える。

 すると、先程にソルと運んだ『やけに重い荷物』である木箱に近付き、おもむろに蓋を取った。




「こんにちは、『リーラさん』」


「ひにゃぁッ!?」




 蓋を取った瞬間、木箱の中から可愛らしい鳴き声が飛び出した。


「え?リーラ?」


 なに、どう言うこと、と一真は戸惑う。


「木箱の中の居心地など、良いものではないでしょう?さ、早く出てきてください」


「あわわわわわっ……」


 なんだか情けない声と共に、その木箱から赤茶けた髪が這い出てきた。


挿絵(By みてみん)


「こ、こここ、こんに、ちは、カズマ、さん……?」


「リーラ……ってえぇっ!?」


 彼女の姿そのものは見慣れている。

 問題はそこではない、『何故ヘイムダル行の馬車の、しかも荷物の中に隠れていたのか』


「ど、どうしてリーラがここにっ……!?」


「……馬車の中から普段感じないマナの気配を感じたので、探知サーチの魔術を使ってみたら案の定です。では、これからそれを説明していただきましょうか?ね、リーラさん」


 カトリアはにっこりと『凄味を効かせた笑みを見せる』。

 笑顔なのに、そこから発されるプレッシャーが半端ではない。


「はいははははいわかわりまわかまわりましたたたたたっ……」


 目をぐるぐると回しながら狂った呂律で頷くリーラ。




 ………………


 …………


 ……




 事情を話し終えたリーラの言葉の区切りを見計らって、カトリアは溜息混じりで頷いた。


「……つまりリーラさんは、カズマくんのことが心配で思わず付いていこうとした。ですがコントラクターではないリーラさんは、このヘイムダル行の馬車に同行出来ない。だから積荷に紛れていた……で、相違ないですね?」


「……そうです、その通りです」


 しょんぼりしながら答えるリーラ。


「付いてきたって……そうだ、ハミングバードはどうするんだ?女将さん一人しかいないじゃないか」


 一真は、リーラがここにいることへの懸念を挙げる。

 まさか黙って勝手に出て行ったのかと思いきや。


「女将さんには、正面切ってお願いしたら了承してくれました。その代わり、「ヘイムダルでお土産をたくさん買って来て」って言われまして」


「それでいいのか女将さんェ……」


 昨日の割引券と言い、先月に一真を居住区に招き入れたり、リーラの好き勝手を許し過ぎではないだろうか。

 ……否、リーラのことならそう言うこと全ては女将と同意の元だろう。


「で、ですからお願いですカトリアさんっ!炊事や雑用なら全部わたしに任せていいですから、同行させてくださいっ!」


 リーラは五体投地してカトリアに嘆願する。


「……どの道、今から回れ右をして帰りなさいと言っても、もう町から大分離れているので、ここで放り出すわけにもいきません」


 今ここで馬車から放り出して、リーラが一人になった途端魔物や野盗に襲われないとも限らない。

 それを考慮し、心底から困ったように右手で頭を抱えるカトリア。


「……仕方ありませんね。本来なら決して認められないことですが、私がギルドマスターの権限を『少しばかり乱用した』と言うことでゴリ押しにしましょう」


 職権乱用をしますと堂々と言い放つカトリアは、いっそ潔いのかもしれない。開き直っただけとも言えるが。


「あ、ありがとうございますっ!」


 ガンガンと幌の床に額を打ち付けん勢いで頭を下げまくるリーラ。


「わ、分かりました、分かりましたからリーラさん、どうか落ち着いてください」


 顔を怪我してしまいます、とカトリアはリーラを諌める。

 額を赤くしながら、リーラは顔を上げてもう一度頭を下げた。




 リーラが積荷に紛れて馬車に乗り込んでいたことは、カトリアの口頭ですぐに全員に伝えられた。

 とは言え、プリマヴェラのコントラクターは皆、リーラの人柄や料理の腕前を信用しているので、彼女の同行に驚きこそすれど、誰も反対する者はいなかった。


「いや、何ていうか、度胸と言うか、根性あるよね、リーラちゃんって」


 交代時間が来たことで、一真も馬車の外に付き、そこで周囲を見回しながらユニと談笑していて、ユニの口からリーラの話題が出る。


「俺のことを心配してくれるのはいいんだけど……それにしたって今回ばかりはかなり強引だよなぁ」


 遅かれ早かれどのみち発覚はするだろうに、それが発覚すればむしろ女将にも迷惑がかかるだろうに。

 加えて、リーラ自身に戦う力は無い。

 魔物と出会しても基本的にコントラクターが相手をするが、万が一の際に自衛することが出来ない――命の危険も有り得る。

 その全てをかなぐり捨ててまでこのヘイムダル行に行こうとしたのだ、相当な覚悟が無ければこのような無謀な真似は出来まい。


「(かく言うカズくんも、かなり鈍感だよねぇ)」


 ユニは心底でそうつぶやいた。

 それだけ、それほどの覚悟と共に一真の心配したさに付いて来たと言うのに、肝心の彼ほど肝心なことを理解していない。

 ユニはおろか、この馬車にいる一真以外の全員がそれを知っていると言うのに。


「ま、ごはんが美味しくなるのはいいことじゃないかな?ハミングバードの味が外でも楽しめるって、なんか新鮮と思わない?」


「それはそうだけどな」


 実際、一真やユニ以外にも、リーラの作る料理を楽しみにしている者もいるくらいだ。




 やがて日が傾き始め、空の色が青から茜、茜から藍に変わりかける時、ようやく地平線の向こう側に町並みが見えてきた。


 エスターテと同じように四方を石造りの壁で囲い、その周囲にはハリネズミもかくやと言うべき、無数の大砲やいしゆみが顔を覗かせている。


 エスターテが砦ならば、これはもはや"要塞"。


 この要塞こそが、ホシズン大陸の中心地にして、ベンチャーズギルドの総本山、ヘイムダルだ――。

 と言うことで二十九章でした。


 いよいよ決戦間近、リーラちゃん一大決心でカズくんに付いてきちゃった、の二本で継続です。

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下請け
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