二十八章 嵐の前の静けさか。
ゼメスタン領内における駆逐作戦の完遂から、一ヶ月が経過していた。
この一ヶ月間、依頼に出る時はディニアルの襲撃を懸念していた一真だったが、大陸全体で指名手配をしているせいで迂闊に出て来られないのか、あれ以来一度も遭遇することは無かった。
ユニの怪我も無事に回復し、問題なく戦線に復帰した。
また一ヶ月間の中、依頼の関係からエスターテやソンバハルに赴くこともあったため、それに伴ってラズベルやスミレの力を借りることもあった。
時にはソルのパーティーの助っ人として加入し、またある時はカトリアと共に派遣されたり、それらの活躍が認められてCランクに昇進したりと、目が回るように忙しい一ヶ月間であった。
そんなある日の休日。
「あー、いい天気だ……」
開いたカーテンから遠慮なく差し込んでくる日差しに、一真は目を細める。
今日は、激化しつつある依頼に耐え得るための装備をヘパイストスに発注し、その装備品の受取日だ。
朝食と、せっかくのいい天気なので洗濯も済ませてから、一真はのんびりとヘパイストスへ向かう。
「来たか。待っていたぞ」
ヘパイストスの前に来るなり、待ち構えていたように棟梁が腕組みをしていた。
「おはようございます棟梁。例の装備、受け取りに来ました」
「主の発想力には時々驚かされる。実現するには骨が折れたぞ」
今回、棟梁に頼んでいたのは新しい防具と、さらに新しい武器もある。
来い、と棟梁に招かれて、一真は試着室へ向かう。
設置されたマネキンに着せられているのは、これまでの一真が身に付けていたような"戦闘服"ではない、鉄の鎧。
上質な鉄の中からさらに選りすぐりのものを厳選して作り上げた、軽量かつ頑強な装甲の数々。
棟梁の意向によるものか、白と青を基調としたカラーリングも合わさって、かつて存在したとされる"騎士"を思わせる外観だ。
「すごいな……」
一真は早速マネキンからそれらを外し、自らに身に着けていく。
それなりの重量はあるが、可動部などを妨げない柔軟な造りなために、実際の運動性にほとんど変化はないだろう。
道具を納めるためのスペースも各所に備えられており、より実戦的な装備と言える。
それらに加えて、防具を装備し終えた一真は、関節部の可動などを確認してから、試着室の壁に立て掛けられている、その武器を手に取った。
バスタードソードよりも長く分厚い、斬馬刀のような武器。
だがその刀身は、斬るよりも叩き潰すことを重視した、刃物とも鈍器とも取れる形状をしている。
分厚く重い刀身に反して、柄は細身だ。
どうやら特徴はこれだけでは無いようだが、その実体を垣間見るには、まだその時ではない。
一真自身はこの武器を『バスタードザンバー』と名付けている。
それを手にして試着室を出て、周囲に人がいないことを確認してから、バスタードザンバーを軽く素振りする。
「よし、いけるな」
バスタードソードよりも大きく分厚いため重量も増しているが、鍛えられた一真の筋力なら問題なく振るえる。
バスタードザンバーを背部のラッチに懸架させると、工房内にいる棟梁に声を掛ける。
「バッチリです棟梁、ありがとうございました」
「そうか。だが性能の過信はするなよ」
今回の発注は一段と高く付いたが、この一ヶ月で得られた報酬金額は安いものではない、予め用意していた紙幣の束をポンと差し出す一真。
さすがにこの重装備で町の中を闊歩するのは疲れるので、一旦自宅で装備を外してから再び外へ出る。
食材屋へ買い出しに行こうと足を向ければ、その途中でリーラと会う。
「あ、カズマさん。おはようございます」
「おはようリーラ。これから買い出し?」
「そうですそうです。カズマさんは、今日はお休みですか?」
「あぁ、ヘパイストスの用は済んだから、今日は休日にしようかなって。俺もこれから食材屋に行くつもりでさ」
「じゃぁ一緒に行きましょう、ぜひ行きましょうっ」
カズマさんとお出かけー、と嬉しそうなリーラと並んで町を歩く一真。
目的通り食材屋へ向かい、一真は自分の食材を軽く買い込むだけに留めるのだが、
「……リーラ、その量一人で持って帰るつもりなのか?」
「ちょっと、甘く見てました……」
リーラとしてはそうはいかない。
女将との生活もあるが、宿屋としてお客に料理を振る舞う方がメインなのだ、当然一度に買い込む食材も多い。
単純計算でも、一真の購入量の五倍はあるだろう。
「……リーラ、ちょっと待ってて。すぐ戻って来る」
「え、カズマさん?」
一真は代金を支払うと、駆け足で食材屋を後にして、
またすぐに戻ってきた。
「えーと、重いのはこれと、これだな」
戻って来るなり、リーラが買い込んだ食材の詰まっだ麻袋を担いでいく。
「わわっ、持ってくれるんですか?」
「さすがにこれを一人で持って帰るのは大変だし、手伝うよ」
「あ、ありがとうございます……」
手伝うと言う一真に、リーラはペコペコと頭を下げる。
ハミングバードへ立ち寄り、戸を開けるとカウンターやテーブル席の拭き掃除をしていた女将が迎えてくれた。
「あらーカズマくん、いらっしゃい。……と言うか、リーラちゃんの手伝いしてくれてたのね?」
「お邪魔します。女将さん、この量をリーラ一人に買わせるのはちょっと無理がありますって」
リーラに招かれて厨房に立ち入り、食料庫に麻袋を下ろす。
「ありがとうございましたカズマさん。わたし一人だったら、何回も往復してるところでした。お礼に何か……」
「ちょっと荷物運んだだけだし、お礼はいいよ」
「……カズマさんは、そう言うところがずるいんです」
ぷぅ、と可愛らしく頬を膨らませるリーラ。
「他の人に対しては何かあればすぐにお礼を返そうとするのに、自分はお礼を受け取らないなんて、なんかずるいです」
「そんなずるいとか言われてもなぁ……誰にでも出来ることをやっただけなんだけど」
「誰にでも出来るから誰もやらなくて、それをしてくれる人は少ないんですよ?」
「……そんなもんだろうか」
「そうですっ。だからカズマさんは、黙ってお礼を受け取ってくれればいいんです」
なので、とリーラはカウンターに置いてあるメモ用紙を取り、『ハミングバードお食事割引券』と書き、その上からハミングバードの判子を押した。
「これ、お食事の割引券です。今日から使えます」
「え?……そんなの勝手に発券して、女将さんに怒られないか?」
いいのかと一真は戸惑うものの、その答えは当の女将が応じてくれた。
「いいわよ。カズマくんにはいつもお世話になってるし、むしろ対価としてハッキリしてる方が助かるし。……でも、「リーラちゃんを俺にください」とか言われると、ちょっとねぇ?」
「「おおおおお女将さんッ!?」」
一真とリーラの声が完全にシンクロする。
「いやっ、そのっ、俺まだ、結婚とか考えてませんからっ」
「けけけ、結婚ッ!?わ、わたしとっ、カズマさんがっ、け、けっこ……」
大慌てになるリーラは思わず後ずさり――後ろに積んでいた木箱とぶつかり、それが崩れてきた。
「きゃっ……」
「リーラッ!」
咄嗟に一真はリーラへ手を伸ばし、彼女の腕を掴んで自分の元へ引き寄せ、彼女の背中に手を回す。
ガタゴトと木箱が床に転がるが、リーラがそれに巻き込まれずに済んだようだ。
「大丈夫かリーラ、怪我とかしてないか?」
「は、はっ、はひっ……」
一真の胸に抱きついている形になっているリーラは、顔を真っ赤にしながらも頷く。
「か、カズマさんって、意外と鍛えてるんですね……?」
「え?そりゃ毎日剣を振ってればそうなるけど」
「こんな逞しい身体でぎゅってされたら……ど、どうかしちゃいそうです……」
「あの、リーラ……?」
離れようとしないリーラに、一真はどうしたものかと戸惑う。
だが、
「うーん……いい雰囲気のとこ悪いんだけど、ここでイチャつかれても困るわねぇ。散らかったのも片付けないと」
女将が苦笑しながら口を挟んでくれた。
「「あ」」
一真はパッとリーラから手を離し、リーラも慌てて一歩下がった。
「ごごっ、ごめんなさいっ。思いっきり抱きついちゃいました……っ」
「いや、えぇと……怪我してなくて良かったな、うん」
誤魔化すように、一真は崩れた木箱を元通りに積み重ねていく。
「じゃぁ、俺はこれで」
片付けるだけ片づけてから、一真は逃げるようにハミングバードを後にしていった。
「あっ、カズマさんっ、割引券忘れてま……行っちゃった」
慌てて割引券を拾うリーラだが、既にドアベルが鳴らされてドアは閉じられてしまった。
ハミングバードを出た一真は、「なんか失敗した気がする……」と呟きながら、トボトボと街道を歩いていた。
「新装備が出来たからって、浮かれてたな……」
違うそうじゃない。違うそうじゃない。違うそうじゃない。
第三者が今の一真の声を聞けば、そう叫びそうなものだが、残念ながら誰もそれを聞いてはいない。
「……あーダメだっ。武器でも振って集中しよう」
そう決めた一真は一度自宅に戻り、バスタードザンバーを担いで修練場へ向かった。
修練場には、先客がいた。
蒼銀の二つ結びの髪を靡かせながら、身の丈程もある長大なサイズを振るうのは、ユニだ。さすがに僧服ではなく、普段着のようだが。
「はーっ、はーっ、ふーっ……」
大粒の汗を流しつつ、ユニは荒く呼吸を繰り返す。集中しているのか、一真が修練場に来ていることには気付いていない。
「(邪魔しちゃ悪いよな)」
ユニから離れたところまで移動してから、一真は担いできたバスタードザンバーを構え、素振りを始める。
バスタードソードよりも重いこの武器は、これまでのような機敏な動きは望めない。
一真が敢えてウェイトの重い武器をオーダーしたのは、ディニアルの大剣に対抗するためだ。
カタナブレードでは受け切れず、バスタードソードでも厳しいだろう。
そう考えた一真は、大柄な武器をと考えた。
だが、武器が大きく重いと、今度は小回りが効かなくなる。
そこは一真自身の鍛錬と、『バスタードザンバーそのものにある仕掛けを施した』ことで、ある程度は解決出来るはずだと見ていた。
「……ふっ!」
バスタードザンバーの重量に身体の"軸"がブレてしまわないように、大きく薙ぎ払うのではなく、小刻みに振るう。
ディニアルは大剣を怒りに任せて軽々と振り回せるほどの力がある。
まともに打ち合えば、バスタードザンバーでも当たり負けるだろう。
故に、受け流すイメージも行う。
小刻みな斬撃に、寝かせて構えて受け流すイメージ、踏み込みと共に必殺の一撃を叩き込む。
これを何度も繰り返し、自分の中で一連の流れにしていく。
攻撃の直後に防御、防御の直後に攻撃……
の不意に、湾曲した刃が目の前に現れ、一真の首を斬り落とさんと迫り――
「ッ!?」
一真は咄嗟にバスタードザンバーで殴るようにその刃――サイズを弾き返した。
「わわっと……いい反応してるね、カズくん」
――やはりと言うべきか――一真に向かってサイズを振るったのはユニだった。
「……ってユニ!今の本気で攻撃しようとしただろ!?」
俺が反応出来なかったらどうするんだ、と一真はユニを睨む。
「寸止めするつもりだったよ?でもカズくん、ちゃんと反応したじゃん」
ユニは悪戯が成功した子どものような笑みを見せる。
一真は呼吸を整えながら「あのなぁ……」と呆れつつも、バスタードザンバーを地面に突き立てた。
「それ、前に言ってた新しい武器?」
ユニの視線の先にあるのは、突き立てられたバスタードザンバー。
「あぁ。これを慣らそうと思ってさ」
本当は先程のハミングバードで起きたことを紛らわせようとしたとは言えず、嘘をつかない程度に取り繕う一真。
「また重そうな剣だねぇ……こんなの担いでたら、疲れない?」
「そんなバカでっかい鎌を振り回してるユニに言われたくない」
「そうでした♪」
茶目っ気を込めてウインクするユニ。
「んー……いい汗かいた。私はそろそろ上がるけど、カズくんは?」
「俺はもう少し素振りしてから上がろうと思う」
「そっか。それじゃぁね」
サイズに防刃カバーを被せて、ユニは軽く手を振って踵を返そうとして、はたと止まる。
そして、一真の元へ駆け寄って耳元に口を近付けると、
「私、これからお風呂入るつもりだけど……カズくんも一緒に入る?」
「ぶッ!?」
何を言うのかと思えば。
「あっはははっ!カズくん顔真っ赤!」
「ユ、ユニ!なんてこと言い出すんだっ!?」
「冗談冗談。またねー」
今度こそ、ユニは小走りで一真から逃げるように修練場を後にしていった。
「……ユニとお風呂」
それはつまり、一糸纏わぬユニと湯槽と言う狭い場所で二人きりに……
「あーもー!何のためにここに来たのか分からなくなったじゃないかッ!!」
雑念を振り払おうと思ってここへ来たというのに、また別の雑念が増えただけだった。
ぶつける先の無い八つ当たりのように、一真はバスタードザンバーを一心不乱に振るい続けた。
休日のはずなのに普段以上に疲れてしまった一真は、汗だくになりながら自宅へ帰宅した。
適度に温めたぬるま湯で汗を流してから着替え、買ってきたばかりの食材を使って昼食を済ませてから、改めてどうするかとぼんやりと考え、
「……洗濯物、取り込むか」
午前中に干していた洗濯物を回収し、それらを棚にしまおうとして、
「ん……?」
ふと、棚の端の方に転がっていた紙の束――製本されているところ、ノートのようだ――を見つける。
ひとまずそれを取り出してから衣服を畳んでしまっていく。
それを終わらせてから、ベッドに腰掛けてそのノートを開いてみる。
「……日本語で書かれてる?」
一真は思わずその内容に目を見張った。
漢字とひらがな、カタカナを使い分けて書かれたそれらは、ホシズン大陸の文字のそれではない、まさしく一真の母国語だ。
一人称視点で書かれた文体は、どうやら日記のようだ。
☆*+年^月☓日
転生したら戦争真っ最中の剣と魔法のファンタジー世界に放り込まれたとか聞いてない、泣ける。草も生えない。
☆*÷年〆月€日
どうやら転生者は俺だけじゃ無かった。似たような境遇の奴が70人ほど。七人の侍どころか、七十人の侍とか草。
☆*〒年$月@日
この長ったらしい戦争を終わらせるために、ヘイムダルと言う組織として旗を上げた。代表は俺だってさ。ふぁっく。
☆♪○年%月+日
代表自ら最前線に突っ込んで敵戦線に風穴開ける作戦ってぶっちゃけどうなのよ?正気の沙汰か?クソゲーここに極まれり。
☆♪$年$月$日
やっと大陸の東の水源地を制圧出来た。これをあと何回繰り返しゃいいんだ?冗談はノンケを踏み台にして成立するBLと百合だけにしてほしい。
☆@☆年□月々日
気が付けば俺ももういい歳したおっさん。なのに今は南の砂漠地帯の遺跡を飛び回ってます。有給くださいよ無いですかそうですか。
☆@△年○月◇日
もう疲れた。日記なんて書いてられん。とりあえず北の雪山も制圧したことだけ。
☆☆♪年?月&日
なんで皆さんそんなに元気に戦争しちゃってるのバカなのクソなの死ぬのつーか死んでくれ頼む死ね死ね死ね死ね死ね死ね死死死死死
☆☆%年€月#日
(´・ω・`)
☆☆☆年@月〆日
( ゜д゜)
☆☆〆年〒月%日
\(^o^)/
☆☆々年◇月◇日
久しぶりに日記をつけようと思う。
西の森林地帯も制圧し、残るは中央部だけだ。
ここまで本当に長かった。
何十年戦ってきただろう。
そして俺は明日、決戦へ向かうことになる。
全ての決着をつける時だ。
この戦争ももう終わる、いや終わらせてきた。
明日例え俺が死のうとも、もはやこの流れは止まるまい、残された者達が上手くやってくれる。そのための準備は怠っていない。
俺のこれまでの戦いは恐らく誰かが語り、書き紡いでくれるだろう。
だが、俺がどんな思いをしてこの戦火の中を駆け抜けたかは、恐らく語り継がれないだろう。
きっと死ぬことで英雄になり、そして祀り上げられるのだから。
いつかの未来に、誰かがこれを手に取ってくれることを期待して、このノートをこの地に置いていこうと思う。
これで思い残すは無いだろう。
だが、これだけは書き残しておきたい。
誰だよ、俺の部屋にブラウン管テレビのハリボテなんて置いたのは!?
電源も電波もないテレビとか、ただの置物じゃねぇか!?
誰でもいいから、あんなもん要らんから捨てといてくれ。
日記はこれを最後に途切れている。
「そうか……統一戦争を終わらせたのは、転生者達だったんだな」
大陸に住む者達では考えられないような発明や開発、奇計、謀略を以て戦争を終わらせたと言う。
だとすれば、ソンバハルの宿にハリボテのブラウン管テレビがあったあの部屋が、この日記の主――ヘイムダルの代表者の自宅か何かだったのだろう。
そしてこの民家は、ヘイムダルの代表者が仮の宿として使っていたもので、このノートを遺していったのか。
パタ、と日記を閉じる一真。
時間を忘れて日記を読んでいたせいか、いつの間にか日が傾いている。
少し早いが夕食の準備をするか、と一真はおもむろに椅子から立ち上がろうとした時、コンコンとドアがノックされた。
「はい、どなた?」
「突然すみませんカズマくん、カトリアです」
ドアの向こう側から聞こえてきたのは、カトリアの声。
「カトリアさん?今出ます」
小走りで玄関へ向かい、ドアを開ける。
カトリアのその表情は深刻そうなものだ。
「たった今、ヘイムダルからこのような手紙が届きました」
彼女が差し出すのは一枚の手紙。
一真は手にとってその内容を目にして、緊張を強めた。
『神田一真へ
大陸樹ヘイムダルにて待つ
ディニアル』
というわけで二十八章でした。
主人公力を発揮してまたもリーラちゃんを惚れさせるカズくん、茶目っ気満載ユニ、この世界は実は転生者によって救われていた、の三本でキメました。





