二十六章 言いがかりにもほどがある。
一真、カトリア、ソル、スミレ、セレスの五人は一斉に得物を構え直して、上空にいる男――ディニアルを見上げる。
「ちっ」
今の不意討ちで一真を仕留められなかったのか、ディニアルは舌打ちした。
ソルはピストルの銃口を向けながら一歩前に出る。
「よぉ、あんたがディニアルとか言う奴か。俺の弟分が随分世話になったらしいな」
弟分と言うのは、一真のことだ。
ソルに続いて、カトリアはブレードランスの切っ先を向けながらも、左手には風属性のエネルギー体を集束させており、いつでもそれを放つことが出来るだろう。
「ディニアル。あなたはベンチャーズギルドから重要参考人として指名手配されています。プリマヴェラ支部ギルドマスターの権限で、あなたを拘束します」
「…………」
ディニアルは相変わらず一真へ憎悪を向けているが、ただ黙って滞空しているだけだ。
「だんまりを決め込むか。なら……」
ソルはピストルの引き金を引こうとするが、「待ってください」と一真に制止された。
そのまま、ソルとカトリアよりも前に歩み出る。
「ディニアル、どうして俺を憎むんだ」
バスタードソードを油断なく構えながら問い掛ける。
「どうして俺が死ぬ必要があるんだ」
なおもディニアルは黙ったまま。
「ゼメスタンで雪崩を引き起こしたのは、お前なのか」
感情的にならないようにしていた一真だが、黙りこくるディニアルの態度に怒りを見せた。
「関係無い人間を大勢巻き込んでまでこんなことをする、お前の目的は何なんだ!答えろ!」
そこまでを問い掛けたところで、ディニアルは羽ばたきを止めて雪の上へ降りた。
「オレは、『お前になるはずの存在だった』」
「『お前になるはずの存在だった』?」
ディニアルの言葉を鸚鵡返しに訊き返す一真。
周りにいる四人も、どう言うことかと耳を傾けている。
だが、ディニアルの次の言葉で、一真は戦慄することになる。
「西暦202X年12月24日、クリスマスイブ。その日、オレは無差別殺人に巻き込まれて、死んだ」
「……ッ!?」
その年号と日付の意味を理解できるのは、一真だけ。
「死んだ後のオレは、神に会った。魂と記憶をそのままに第二の人生を歩めと。……どっかで聞いた話だよな?」
「な、そ、それ、は……」
それはまるで、最近のラノベによくある冒頭ではないか。
そう、ついこの間に自分が似たような経験をしたのだから
「"この世界"には、"スキル"や"レベル"の概念は無いようでな。重要なのは魔力への適性と、単純な身体能力」
スキル、レベルと言う単語を口にするディニアルに、一真の背筋に嫌な汗が伝う。
「オレは神に頼んだ。他者を凌駕する高い魔力適性と身体能力、そして、"主人公補正"と"ご都合主義"、"ハーレム"を与えてくれ。その世界で"無双"が出来るようにと」
「さっきから何を言っているのよ……」
セレスだけではない。
一真以外の誰もが、ディニアルの言葉を理解できない。
「何も物理法則を無視するような"チート"なんざ頼んでいない、あくまでも常識の範疇だ。その程度なら安いものだと神も頷いて、それだけの能力を与えてからオレは放たれた」
そこまでは普通に話していたディニアルであったが、
「ヘイムダルのコントラクターになったオレは、確かに与えられた魔力と身体能力を活かして、依頼を次々にこなしていった。他人の話をよく聞き、頼み事は積極的に受け入れ、品行方正を第一とした。……どこからどう見ても完璧な主人公だろう?」
抑え切れぬ激情が見え隠れし始める。
「だが、次第に周りはオレを便利屋か何かと勘違いし始め、無理難題を次から次へと押し付けた。それに、無双出来るはずなのに何度だって死にかけた。にも関わらず、ヒロインと言える美女美少女は誰一人も現れやしない!どういうことだ!話が違うじゃないか!オレが求めていた"異世界転生"はこんなはずじゃ無かった!」
「「「「!?」」」」
一真以外の四人が、異世界転生と言う言葉に驚愕する。それを聞き慣れているのは一真だけだ。
「そこでオレは思い直した。「これは何かおかしいぞ?」と。最初は、あの神の手違いかと思った。だがな、調べていく内に面白い結果が分かった。風の噂で、『プリマヴェラ深森に現れたキラーベアを相手に、コントラクターになったばかりのルーキーが一矢報いて帰ってきた』と聞いた」
俺のことだ、と一真は声にせずに抑える。
「聞けばそいつは、見目麗しい美少女であると噂のプリマヴェラのギルドマスターのお気に入りだそうだ。普通に考えてみれば、ルーキーごときがキラーベアに一矢報いて帰ってきて、ついでにギルドマスターのお眼鏡にかなうはずがない。そう、『主人公補正やご都合主義でも無ければ有り得ない』ことだ」
徐々に、押し隠していたディニアルの憎悪が表面化していく。
「だが、そいつが本当に主人公補正やご都合主義を備えているのか、それだけでは判断出来なかった……だから、試してやることにした」
不意に、ディニアルの視線がカトリアに向けられる。
「もう何となく想像は出来てるだろう?ゴーレムを生み出して暴れさせていたのも、この雪崩を引き起こしていたのも、このオレだ」
「やはり、あなたが……」
カトリアの表情が険しいものになる。
「そうしたら案の定、そいつはゴーレムの矢面に立ってみせ、そして撃破。あぁ間違いない、こいつだ。こいつが、オレが持つべきはずのものを全て奪って行ったんだと」
ソンバハルで耳にした憎悪が甦る。
「なぁそうだろうカズマ・カンダ。いいや、『神田一真』と呼ぶべきか?……オレと同じ、"転生者"!!」
「ッ!!」
この世界に転生者――招かれざる客――として現れたのは、自分だけではなかった。
「……つまり、あなたやカズマはこの大陸……いいえ、『この世界の人間ではない』、と?」
セレスはディニアルへの敵意を消さないままに問い掛ける。
それを肯定したのは、一真だった。
「そうだ。その通りなんだ、セレス」
彼自らが肯定すると言うことは、ディニアルの世迷言などではない、事実なのだと言う証明であった。
「寝言言ってんじゃねぇ、と言いたいが……本当なのか」
ソルの声にも戸惑いが生じる。
「……最初に、どこからやって来たのかハッキリと答えられなかったのは、そう言う事でしたか」
カトリアは的を得たように頷いた。
一真の出自が少し怪しいとは思っていたが、こう言うことだったのかと。
「お前もあの日、クリスマスイブに死んだんだろう?そうしてこの世界に現れた。……オレが、本来与えられるべきものを持った上で!」
「クリスマスイブのその日に死んだのは認めるよ。だけど、俺はお前の言う『神』には出会わずに、気が付いたらこの世界に放り込まれただけだ。……主人公補正とか、ご都合主義とか、ハーレムとか、俺には何も無かったんだよ」
「ならお前は何だ!何もしなくてもヒロインが寄ってきて、簡単な依頼をこなすだけで認められて、肝心なところで力を発揮する、お前の"ソレ"は何だ!?ただ運がいいだけで納得出来るわけがあるかッ!!」
ディニアルが激高すると同時に、彼の足元に風属性エネルギーが炸裂し、積雪を吹き飛ばした。
カトリアが左手に集束していたエネルギー体を放ったのだ。
「警告は一度までです、即時降伏を受け入れなさい。次は直撃させますよ」
再び左手にマナを集束させ、今度は火属性の朱いエネルギー体が集まる。
「チッ……今は見逃してやる。だがな神田一真、オレは必ずお前を殺して、その主人公補正とご都合主義、ハーレムを必ず取り戻す。次に会った時、どっちが主人公に相応しいか決着を着けてやる!」
それだけ言い捨てると、ディニアルは黒翼を羽ばたかせて瞬く間に飛び去って行った。
「あいつが、俺と同じ、転生者……」
辺りに五人だけが残された時、一真は震える手でバスタードソードを鞘に納めた。
「カズマくん」
そっと、カトリアの右手が一真の肩に乗せられた。
「今は、帰還しましょう」
いつまでもこんなところで立ち往生しているわけにはいかない。
「……ちょうど、援軍も来てくれたようです」
雪風の向こうから、数人のコントラクターが駆け寄って来る。
一際大きな体躯に大剣を背負うのは、エスターテのギルドマスター、イダス・クヴァシルだ。
「ユスティーナマスター、ご無事か!」
イダスの声に、カトリアはすぐに応じる。
「クヴァシルマスター、私達は問題ありません。先程に、サファイアドラゴンの撃退に成功しました」
「うむ……残るは、残存した魔物の駆逐のみと聞いております。後は、我らにお任せあれ」
「では、私達は一足先に。吉報をお待ちしております」
一礼するカトリアに、イダスは力強く頷く。
ラズベルはここにはいないようだが、イダスの統率によって戦力を分散させつつ作戦行動を開始していく。
「さて、帰還しましょうか」
カトリアの言葉に他四人は頷いた。
「これで、やっと終わ、っ……」
安堵に息をついた途端、セレスは糸の切れた人形のように雪の上に倒れた。
「セレスッ!?」
一真は真っ先に倒れたセレスに駆け寄り、鎧とマントに覆われた身体を抱き起こす。
「……ごめんなさい、さすがに疲れたわ……少し、寝かせてほしぃ……」
それだけ言ってから、セレスはその場で寝てしまった。
無理もない。
何せ彼女は、Sランク級の魔物を相手にたった一人で殿を努めて、即効薬を使いながらもここまで気を張り続けていたのだ。
緊張が解けた今、疲れが押し寄せたのだろう。
「(そりゃ疲れるよなぁ)」
よっと、と一真はそのままセレスをお姫様抱っこのようにして持ち上げた。
が、
「(んっ?セレスって意外と……いや、鎧が重いのか?)」
マントの下にはほぼ全身を覆う鉄の鎧があるのだ。
一瞬でもセレスが重いと思ってしまったことはおくびにも出さない。
「(あ、カズマ様のお姫様抱っこ……いいなぁ……)」
スミレは何食わぬ顔をしながらも、一真にお姫様抱っこされるセレスを羨んだ。
カトリアと言えば、そんな様子を一瞥するもののすぐに取り繕って「では、町に戻りましょう」と踵を返し、ソルも苦笑しながらもピストルをホルスターに納め、カットラスだけは抜いたまま、帰路を辿る。一真が咄嗟に動けないために、一応の臨戦態勢を整えておくためだ。
ゼメスタンの町へ帰還すると、カトリアとソルは負傷したギルドマスター達にはサファイアドラゴンの撃退を報告しに集会所へ向かい、一真とスミレは眠ってしまったセレスを自宅まで届けていた(住所に関しては一真がそこで世話になっていたので知っている)。
スミレが同行している理由としては、眠っていて無防備なセレスを一真が襲わないように見張る……のではなく、セレスが纏っている鎧などを外してもらうからだ。
一真が一人でそれをやろうものなら、確実にセクハラとして訴えられること間違い無しである。
セレスの自宅の鍵をギルドから借りて、一真とスミレはお邪魔させてもらう。
居間にまで来ると、一真はシートの上にセレスを下ろした。
「ふー……じゃぁ、スミレちゃん。俺は外にいるから、あとは頼むな」
「お任せください」
後のことはスミレに任せて、一真はセレスの自宅を出る。
ドアの近くの壁に背中を預けて一息つく。
セレスをここまで運んでくるのは、簡単ではなかった。
ほぼ全身を守る鉄製の鎧だ、あれほどの重装備でなければ、サファイアドラゴンの攻撃に一人では耐えられなかっただろう。
「(そう言えば、ゼメスタンのコントラクターの適性試験って、凄く厳しいんだっけ)」
カトリアから聞いた話によると、ゼメスタン周辺の魔物の強さはプリマヴェラのそれと比較にならないため、生半可な力量ではコントラクターにはなれないと言う。
実際、と言うべきなのか、ゼメスタンのコントラクター達は、屈強な男ばかりだった。
そんな中でセレスは、歳半ばの少女でありながらコントラクターとして一線を支えているのだ。
「(そう考えると、セレスって凄いな)」
素直にそう思えた。
しばらくして、スミレが出てきた。
「お待たせしましたカズマ様。ひとまず鎧を外してから、ベッドに寝かせておきました」
「うん。ありがとな、スミレちゃん」
これで一安心。
セレスを無事に寝かせたことをカトリアに報告するため、二人は集会所へと向かった。
それから夕暮れの頃に、イダス達エスターテの遠征部隊と、ソンバハル東支部の本隊が帰還してきた。
確認されていた魔物の掃討は完了、ギルドマスターの宣言により、非常事態は解除された。
しかし、雪崩の影響によって魔物の活動領域が未だ不安定であるため、引き続きゼメスタンのコントラクター達による見張りや偵察は行われると言う。
集会所ではささやかながら宴が開かれ、主に他町のコントラクター達へ食事が振る舞われている中、一真は末席でぼんやりと思考に耽けていた。
「(セレスは、まだ寝てるのかな……)」
せっかくの宴だと言うのに、功労者の一人であるセレスはこの場にはいない。
ふと窓の外を眺めた時、
翡翠色の何かが見えた。
あの珍しい髪色は、見間違えようがない。
一真は手元の飲み物を飲み干すと、すぐに立ち上がった。
「カズマくん、どうされましたか?」
カトリアに声を掛けられたので、「ちょっと外の空気吸ってきます」とだけ告げて、一真は外へ出た。
集会所を出て、先程覗いた窓側へ回り、足跡を辿る。
少し坂道になっているそこを登れば、予想通りの人物は、高台の柵の内側にいた。
「セレス」
一真が声を掛けると、「えっ」と少し驚くようにセレスが跳ね返った。
「……カズマ?」
「さっき、集会所の窓からセレスが見えたから。どこに行くんだろって」
「いいの?せっかくの宴、抜け出したりして」
「外の空気吸ってくるって言ってきたから、嘘は言ってない。セレスこそどうしたんだよ、こんなところで一人で」
一真の問いに答えるように、セレスは空を見上げた。
「久し振りに雪雲が晴れたから、星を見ようと思って」
「星を?」
彼女につられるように、一真も視線を上へ向ける。
――いつの間にか雪雲は流れ、星々が瞬く夜空が広がっていた。
「おっ……」
空気が澄んでいることもあるのか、プリマヴェラで見える空よりも星がハッキリと見える。
「……カズマ」
不意に、神妙な声でセレスが名を呼んだ。
「訊きたいことがあるの」
「なんだ?」
「あの男……ディニアルが言っていたこと。あなたが、この世界の人間じゃないって」
「…………」
そのことか、と一真は目を細めた。
いずれ明かさなければならなかったが、よもやあのような形で暴露されるとは思わなかった。
一呼吸の合間を置いてから、一真は頷いた。
「本当のことなんだ。元の世界……俺は日本って言う、この大陸で言うところの、ソンバハルに近い国に住んでいたんだ。魔術が無い代わりに、もっと文明が進んでいた」
「……元の世界で、一度死んだって言うのは?」
「それは……今ひとつ分からない。事故に巻き込まれたのは覚えているけど、死んだのかどうかまでは覚えていないんだ。気が付いたらプリマヴェラの宿屋にいたから」
"恐らく"死んだのだろうけど、と付け足す。
「混乱しなかったの?気が付いたらいきなり知らない世界に放り込まれたーなんて、私なら気が狂う自信があるわ」
「そりゃぁ混乱したよ。でも、この大陸のことを何も知らない俺をカトリアさんが面倒見てくれて、コントラクター生活を始められたのは幸運だった」
もしカトリアに拾われなければ、路頭に迷った挙げ句野垂れ死んでいたかもしれないのだから。
「……あの男が言っていた、"主人公補正"とか、"ご都合主義"って言うのはどう言うこと?」
「んー……なんて説明すればいいんだ?えぇと……ほら、物語のの中の勇者って、絶対に負けないだろ?ピンチになっても逆転したりとかさ」
「カズマには、そう言う力があるの?」
「いや、無い。それは物語の中だけだし、そもそも物語の中ですら能力として備わっているか分からないし。あいつが言っているのは……ぶっちゃけ、ただの言いがかりだよ」
ただの言いがかりだけで命を狙ったりするのだから、尚の事質が悪いのだが。
「大体、俺が本当にそんな力があるんだったら、サファイアドラゴンだって一人で楽勝だぞ?なんたって絶対に負けないんだからな」
「そうね、ふふっ……」
一真の戯けたような言い方に、セレスは小さく笑った。
――初めて見た、彼女の素顔だった。
「まぁ、それはそれとして……改めて礼を言わせてもらうわ。あの時、私を助けてくれてありがとう」
「え、何、急に」
何か礼を言われるようなことをしたかと、一真は戸惑った。
「私がサファイアドラゴンの前で諦めかけた時、カズマは来てくれた。……物語の勇者って言うのは、あなたのような人のことを言うのかしらね」
「勇者なんてガラじゃないけどな」
「勇者かどうかなんてどうでもいいけど、あなたのおかげで私はこうして生きてる。……言葉で礼を言うだけじゃ、足りないくらい感謝してるから」
「礼なんていいよ。セレスが一人で殿になってるって聞いた時、居ても立っても居られなくなっただけだよ」
「……やっぱりあなたって、バカ?」
いきなりバカ呼ばわりされて、一真は面食らった。
だが、そのバカと言う暴言の割にはどこか優しげだった。
「超が付くくらいお人好しで、自分のことなんか後回しにして……すごく、良い人」
微笑むセレスは一真に歩み寄り、そっと彼の背中に腕を回した。
「せ、セレ、……」
「少しだけ、こうさせて」
戸惑う一真などお構いなしに、温もりを確かめるように、セレスは身体を密着させる。
――数十秒か数分か、短くも長い時間の後に、セレスはそっと一真から離れた。
「ん……ありがと」
「お、おぅ……」
セレスの雪のような肌は紅潮しているが、自分はもっと真っ赤だろうなと、一真は頬の熱を自覚する。
「さて、私はそろそろ家に戻るわ。カズマも、そろそろ戻らないと怪しまれると思うし」
それじゃ、とセレスは踵を返して元来た道を小走りで辿った。
残された一真は少しだけ呆然としていたが、すぐに我に返って集会所へと戻ることにした。
――今夜は、少しだけ眠るのに時間がかかりそうだ。
というわけで二十六章でした。
皆さんの予想通り、ディニアルも転生者でしたと言う話と、お姫様抱っこをきっかけにセレスがデレました。
次回からは最終編たる、ヘイムダル編へと突入していきます。





