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冒険者組合の下請け人見習い  作者: こすもすさんど
ゼメスタン編

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24/33

二十四章 どうやらこれで終わりじゃなさそうだ。

 翌朝、と言っても暗く、深夜とも明朝とも言えない微妙な時間帯に、一真は起きた。


「(……よく寝過ぎた)」


 昨日の日中にたっぷり寝たせいか、早くに目が冴えてしまったようだ。

 本来の起床予定時間には、まだまだ余裕があるだろう、しかし二度寝する気にもなれない。

 周囲でまだ寝ているソルと彼のパーティメンバー達を起こさないように動き出し、十分以上の厚着をしてからそっと部屋を出た。


 そのまま外へ。

 雪は相変わらず降りしきり、石畳もすっかり雪に埋もれて見えない。

 さくさくと雪を踏みしめて、町中を闊歩する。

 寒いと言えば寒いが、厚着をしているおかげで歩いている内に身体は少しずつ暖まっていく。


 町並みを見通してみれば、雪の厚化粧によって遠くの方は霞んで見えるものの、プリマヴェラやソンバハルの建造物と比べても、寒気を通さないように"分厚く"作られているのが分かる。

 二重窓や暖炉のための煙突も立てられ、中にはこの時間から――あるいはこの時間まで――屋根の雪降ろしを行っている者も見える。

 前世では、日本列島の太平洋側の都内在住であった一真にとっては、雪は降るだけで珍しく、積雪で景色が白一色になるなど、ましてや雪かきや雪降ろしをしなければならないなど、まず有り得ないものだった。

 俺はこんなところに一人で来ようとしたのか、と自分の準備不足と無謀さを反省する。


 雪景色を眺めながらぐるりと町を一周して、そろそろ部屋に戻ろうかと思った時、一真の視界に僅かだがその姿を捉える。


「あれは……カトリアさん?」


 この雪の中、あの黄金色の髪はよく目立つ。

 一真と同じくらいの厚着と、彼女の片腕そのものと言えるブレードランスを片手に、どこかへ向かうようだ。


「(こんな時間に武器を持って、どこに行くんだ?)」


 カトリアのことだ、よもや邪なことをするとは思えないが、しかし何をしに行くのかと一真の中で興味と疑心が鎌首をもたげ、見失わないように遠くからその後をつけてみた。


 集会所へ向かうのかと思えば、その裏脇道へと入っていく。


 簡単な柵で覆われた、だだっ広い空き地。


「(ここは……修練場か?)」


 プリマヴェラのように備品を保管する小屋や、案山子、流鏑馬の的と言ったものはないが、恐らくはここがゼメスタンの修練場なのだろう。


 カトリアその修練場の柵に近付くとコートを脱ぎ、そこへ掛ける。

 コートの下には、彼女のコントラクター用の装備が纏われていた。

 柵から離れて中央に立ち、カトリアはバッとブレードランスを構えた。

 薙ぎ払い、袈裟懸け斬り、回転斬り、突き出し、突き上げ、叩き付け、ポールダンスのように飛び上がって一閃……まるで演舞のように流麗な――だが剣を使う一真だから分かる、その一振り一振りが、魔物の強固な鱗や甲殻、骨肉を斬り、裂き、貫き、砕く、必殺の一撃の数々であると。

 加えてそれは一箇所に留まらず、絶えず動き回りながら、多種多様な斬撃を織り交ぜながら振るう。

 ただ攻撃しながら動き回るだけではない、カトリアの中では魔物と戦っているイメージがあるのか、突然バック転をしながら飛び下がったり、その直後に稲妻を描くような鋭いジグザグ状に前進したり、相当な運動量になるだろう。


 一真は改めて認識した。

 カトリアのコントラクターとしての才能は、確かにあるのだろう。

 だが、その才能を使いこなすために、並大抵ではない努力と研鑽を積み重ね続けているのだと。

 普段はデスクワークばかりしている彼女が、一体どうやって超一流のコントラクターとしての力を保持しているのかと言えば、そう言うからくりだったのかと納得する。

 なるほど、誰も起きていないだろう時間から動き出せば、誰もその様子を知ることはない。

 一真は今日偶然、それを知ることができた。


 それらが十数分ほど続いて、カトリアは呼吸を荒くしながらブレードランスの構えを解く。

 自己鍛錬は終わったと見て、一真は柵に掛けられたコートを取り、カトリアの元へ歩み寄る。

 かなり体温が上昇しているのか、カトリアの周囲に湯気が立っている。


「お疲れ様です、カトリアさん」


 一真がそう声を掛けると、カトリアは跳ね返ったように振り向く。


「えっ……あぁ、カズマくんでしたか。おはようございます」


「おはようございます。こんな早くから、精が出ますね」


「カズマくんこそ、こんな早くにどうされましたか?」


「ただの早起きです。ちゃんと休めましたから、大丈夫ですよ」


 はい、と一真はカトリアにコートを差し出す。


「ありがとうございます」


 礼を言ってから、カトリアはブレードランスをその場に刺したて、コートを着込む。


 修練場を後にしながら、二人は並んで宿へ戻って行く。

 そろそろ、他のコントラクター達も起き出す頃だろう。


「それにしたって、寒いですね。ゼメスタンって、年がら年中雪が降ってるんですか?」


「さすがに温暖期の頃は降りませんよ。雪は降りませんが、それでもプリマヴェラと比較しても気温はかなり低いですし、特に凍雪山脈の山頂付近の雪は、年に二週間ほどしか雪解けが無いそうですよ」


「ほぼ一年中溶けない雪ってあるんですね……」


 温暖化が進む前世の地球では考えられないことだ、と一真は呟きかけて飲み込む。

 

「カズマくんは、雪を見るのは今回が初めて……と言うわけでは、無さそうですね?カズマくんの故郷でも雪は降っていたのですか?」


「……俺が住んでいたところは島国でしてね。俺はどちらかと言うと南の方に住んでいたから、雪が降ることはたまにあっても、積もるとかは全然無いんですよ。逆に、北の方はこれくらい降ってるんですけど」


 嘘は言ってないはずだと言い聞かせながら、一真は自分が住んでいた日本について(断片的に)話す。


「そうなのですか。機会があれば、カズマくんの故郷の島国にお邪魔させていただきた……きゃっ」


 不意に、凍っていた雪を踏んだせいか、カトリアが足を滑らせた。

 背中から転びそうになる寸前に、一真が手を伸ばして彼女の背中を腕で受け止める。


「っと、大丈夫で……」


「はふわぁっ!?」


 一真の腕がカトリアの背中に触れた瞬間、彼女の口から溢れたとは思えない素っ頓狂な声を上げた。


「え、ちょっ?」


 どこか痛めたわけでは無さそうだが、と思いつつも、カトリアが倒れないように、両手を使ってしっかり支えてやる。


「はわわわわわっ……」


 しかしカトリアは物凄い速度で瞬きを繰り返す。

 元より鍛錬で上気していた顔が、茹で上がるように赤くなっている。

 普段のカトリアとは到底思えない狼狽えぶりだ。


「カ、カトリアさんが壊れた……」


「こ、壊れたわけではありませんっ、ですが……」


 カトリアはもじもじと身を縮こませながら口元を隠し、消え入りそうな声で続ける。


「か、カズマくんに触れられると、その、この間のことを思い出してしまいまして……ッ」


「この間?……っ!」


 この間と言うのは、プリマヴェラの集会所への執務室で、カトリアと偶発的にキスをしてしまったことだろう。 


「いやその、それは……って言うかカトリアさん、気にしないって言ってたのに、思いっきり気にしてるじゃないですか」


「あれは、あなたの手前だからそう言っただけで……、……気にならない方がおかしいでしょうっ」


 足元の安定を取り戻したカトリアは、真っ赤になって頬を膨らませながら一真から離れる。


「エスターテの時といい、この間のことといい、今回といい……カズマくんにはお恥ずかしいところを見られてばかりです」


 膨らませた頬を萎ませると、カトリアは嘆息をつきながら肩を落とす。


「こんなことでは、ギルドマスター失格です……」


「な、なんでいきなりギルドマスター失格になるんですか」


「ギルドマスターたる者、こんなことでいちいち狼狽えていては、皆を失望させてしまいます。カズマくんも、私が実はぬいぐるみが大好きなんて知った時、ガッカリしたでしょう」


 確かに普段はキッチリしていて微笑を絶やさない女性が、あんな無邪気な顔でぬいぐるみをぎゅっとしているのを見て、何も思わないことはないだろう。

 対する一真は、正直に答える。


「ガッカリなんてしてませんよ。ちょっと驚きはしましたけどね」


「……本当ですか?」


「むしろ、親近感が湧いたくらいですよ。いくらギルドマスターだなんだ言ったって、カトリアさんだって女の子なんだなって」


「ッ……」


「それに、さっきもそうでしたけど、狼狽えて真っ赤になってるカトリアさん、かわいいなって思ったりしまして」


「……〜〜〜〜〜ッッッッッ!!」


 ユニが言うところの『天然トラップ』を炸裂させる一真に、カトリアは声にならない声を手で抑えつつ後退る。


「す、すいません、調子いいこと言いました」


 これじゃチャラついた男みたいだ、と一真は自分の発言を後悔する。

 ついに耐えられなくなったのか、カトリアはバッと一真から背くようにつかつかと速足で歩き出した。


「い、いつまでも無駄話は出来ませんっ。さぁ、早く戻って作戦に備えましょうっ」


「あ、はい……」


 いきなり速歩きになるカトリアの背中を追う一真。


「(かわいいなんてレベルじゃない……可愛すぎだろカトリアさん!はわわとか言う人じゃないだろ!?)」


「(かわいい……かわいい……私、そんな柄ではないのに……どうしてこう、ドキドキすると言うの……ッ!?)」


 お互い、絶対に口に出せないことを思い浮かべながら。





 そんな一悶着を迎えた夜明けではあったが。


 ゼメスタンの集会所には多くのコントラクターが集まっていた。


 第三次駆逐作戦。

 一昨日から続く、ゼメスタン領内に出没した、複数の大型の魔物の討伐作戦だ。


 プリマヴェラのグループ、ソンバハルのグループ、ゼメスタンのグループの三手に別れて、町の外へ出て魔物の討伐を行う二組と、町の守りに一組が就くと言う形で、それぞれのグループが持ち回りでローテーションで回していくと言う形だ。


 今回、プリマヴェラとゼメスタンのグループは外へ出て魔物の討伐へ出向に、ソンバハルのグループが町の守りに就く。


 ゼメスタンのギルドマスターである壮年の男性が、皆の前に立って檄を飛ばす。


「諸君らの連日に渡る活躍のおかげで、町の外に蔓延る魔物は確実にその数を減らし、それも残すところ僅かだ!加えて、ソンバハルからの本隊と、エスターテからの増援も今日に到着してくれる!この長く厳しい戦いも終息を迎え、平穏を取り戻すまであと少し!諸君らの奮戦に期待する!以上!」


 ギルドマスターからの檄が終わったところで、作戦開始だ。


 ぞろぞろとコントラクター達が各々に与えられた持ち場へ向かおうとする中、一真は翡翠色の髪の少女――セレスの姿を見つけた。

 今の彼女は、鉄製の鎧の上から白灰色の分厚いマントでほぼ全身を覆っている。戦闘と寒さ対策を両立させているのだろう。


「セレス」


 彼の呼び声に、セレスは足を止めて振り向いた。


「なに?」


「昨日はありがとうな」


「……私、昨日からあなたに何回「ありがとう」って言われてるのかしら」


「何度だって言うよ、ありがたいんだから。……俺は最後の一日からの参戦だけど、お互い頑張ろう」


「そうね、お互い無事に生きて帰りましょう」


 そうして一真とセレスが言葉を交わしていると、ソルが後ろから「何やってるんだカズマ、行くぞ」と呼ばれる。


「っと、それじゃ」


 軽く手を振ってから、一真はソル達の元へ向かう。


 彼の背中を見送るセレスは「……変な人」と小さく呟いてから、自分達のパーティの元へ行く。




 カトリア率いるプリマヴェラのグループは先駆けて町の外へ赴く。

 その方角は北東方面。

 偵察隊からの報告通りなら、この方角に今いるのは『クレバストロール』と言う大型の魔物が一体と、サンドラの亜種『コールドラ』の大規模な群れとの距離が近づいてきており、縄張り争いの発生が懸念されている。


 元々はソンバハル大水源に棲息する『トロール』だが、一部の個体が縄張り争いに敗れて凍雪山脈へ逃げ込み、そこの厳しい環境に耐え抜いた結果、寒冷気候への適応進化を果たした。


 凍雪山脈のクレバス付近を主な棲息域とするため、ギルドからはクレバストロールと呼ばれるようになったと言う。

 今は雪崩の影響で、麓近くにまで降りてきているとのこと。


 クレバストロールとコールドラの群れ、どちらから先に戦闘に入っても、ほぼ確実に鉢合わせし、混戦が懸念される。

 そこでソルは自分のパーティを二分化し、自分とカトリア、一真の三人がクレバストロールと対峙し、残りをコールドラの群れに当てる方策を取った。

 一真に関しては『独断先行に走らないようにソルとカトリアが手綱を握る』と言う意味もあって、この二人の元にいる。


 ソルのパーティメンバー達がコールドラの群れの方へ向かい、一真、カトリア、ソルの三人はもう少しだけ北東へ進む。


「カトリアさん。クレバストロールって、普通のトロールとどう違うんですか?」


 道すがら、今回のターゲットのことをカトリアに訊ねる一真。

 通常種のトロールなら、稀にプリマヴェラ深森にも現れることがあるため、一真も戦闘経験がある。

 さすがに一真に話しかけられたくらいで狼狽えはしないのか、カトリアはいつものギルドマスターとしての顔で応じる。


「基本は通常のトロールと変わりません。ですが、寒帯気候に適応しているだけあり、単純な体力や生命力は大きく強化されています。通常のトロールよりも長期戦になると言うことは覚悟してください」


「分かりました」


 適度な緊張感を滾らせて頷く一真。

 そうしている内に、不意に先頭に立っていたソルが足を止めて、後ろにいる二人を手で制する。


「いたぞ」


 小声で告げるソルの視線の先。

 雪風の向こうにいる、申し訳程度の蓑を身に着けている青紫色の固太りした、大の大人十人分くらいはありそうな巨体。

 右手に巨大な棍棒を担ぎ、のしのしと歩いている。

 あれがターゲットたる、クレバストロールだ。

 ソルはその背中を捉えており、向こうはまだこちらに気付いていないようだ。


「私が背後から不意打ちを仕掛けます。ソルさんとカズマくんは、私の魔術発動を合図に突撃を」


「分かった」


「了解です」


 ソルは腰からカットラスを、一真は背中からバスタードソードをそれぞれ抜き放つ。

 カトリアもブレードランスを腰溜めに構えつつ、自身の周囲から赤色の魔法陣を展開し、詠唱を開始する。


「――燃え盛れ紅蓮の焔、舞い踊れ真紅の爆炎――『フラムプリンシパル』!!」


 火属性の上級魔術、フラムプリンシパルだ。


 詠唱を完了させたカトリアの掌から眩いまでの炎が放たれ、真っ直ぐにクレバストロールへ向かい――高熱に気付いたクレバストロールは背後を振り向くが既に遅く――その巨躯を這うように波打つ炎が包み込む。

 グゴガォォォォォッ、と喘ぎ苦しむクレバストロールはその場をのたうち回る。


「行くぞ!」


「はい!」


 同時に、ソルと一真が駆け出す。

 雪上だろうとソルの脚力に鈍りも狂いもなく、瞬時にクレバストロールに肉迫する。


「よっと!」


 振り下ろされるカットラスは、暴れるクレバストロールの固太りした腹を深々と斬り裂く。


「うおぉッ!」


 一歩遅れて、一真はバスタードソードを腰溜めに構えながら突撃、クレバストロールの腰へ突き込み、えぐり抜く。


 先制攻撃としては上々だろう。

 一撃を与えて、即座にソルと一真はクレバストロールから離れる。

 苦し紛れの反撃でも、クレバストロールの怪力が生み出すそれは、一撃で動けなくなる恐れがあるからだ。

 暴れながらクレバストロールは立ち上がり、三人を睥睨し――一番近くにいるソルに注意を向ける。


「ほら来いよ、スピードゼロの馬鹿力デブ」


 ソルは敢えて構えを解き、左手の中指を立ててクイクイと動かして、クレバストロールを挑発する。

 トロールに人語が通じるとは思えないが、バカにされていることは伝わったのか、怒ったクレバストロールは力任せに棍棒を振り下ろした。

 だが、ソルが言った通りのスピードゼロ――鈍重な攻撃は呆気なく躱され、叩き付けられた棍棒は積雪を派手に吹き飛ばす。

 その隙にも、一真がクレバストロールの懐ヘ飛び込み、巨重を支えるための脚――人間で言うところの、脹脛ふくらはぎを狙ってバスタードソードを振り抜く。

 トロールの強靭な筋肉は、多少斬られたくらいで断裂したりしないが、それでも苦痛を与えて動きを鈍らせるくらいの効果はある。


「はッ!どりゃぁッ!」

 

 一撃、二撃、とクレバストロールの脹脛を斬りつけ、すぐに懐から離脱する一真。

 棍棒を地面から引き抜くクレバストロールは、足元でウロチョロしている一真を蹴り飛ばそうとするものの、トロールの短足ではキックのリーチは無いに等しく、これも空振りに終わる。


 そこへ、雪煙を切り裂くような速度でカトリアが高速接近する。

 クレバストロールの懐に飛び込むと同時にブレードランスを一閃、一真が斬りつけた脚とは反対を狙う。

 斬りつけると同時にブレードランスを地面に突き立ててポールダンスのように跳躍、さらに飛び上がりながらも、ブレードランスを槍投げのように投擲、放たれたそれはクレバストロールの右目へと突き刺さった。

 眼球を潰されて、クレバストロールは狂ったように暴れ回る。

 跳躍から着地したカトリアは即座に飛び下がり、詠唱を開始する。


「――焔の力よ、撃ち抜け――『ファイアバレット』!」


 火球を弾丸のように放つそれは、火属性の初級魔術。

 しかしカトリアの力によって放たれるそれは、下手な中級魔術よりも早く、さらに強力だ。


 火球がクレバストロールの肥えた腹に突き刺さり、炸裂する。


 不意打ちから始まった三人の猛攻に、クレバストロールは為す術もなくその動きを鈍らせ、膝を折る。


「仕留める!」


 ソルはカットラスを構え直しつつ、クレバストロールの息の根を止めるべく、大胆にも真正面から肉迫する。

 ギョロリと左眼を鈍く輝かせ、クレバストロールはソルをわしづかみにしようと左手を伸ばすが、


「んなわけあるかよ」


挿絵(By みてみん)


 瞬時にカットラスを一閃、クレバストロールの左手を斬り裂く。

 またしても痛みに悶るクレバストロールの鼻先にまで近付くと、


「オラオラオラオラァ!!」


 縦横無尽にカットラスを振るい、次々にクレバストロールの顔面を斬りつけていく。


「こいつで終いだ」


 左手にピストルを抜き放ち様に銃口をクレバストロールの鼻孔に突っ込ませ、バンバンバンッと三発ほどゼロ距離で撃ち、すぐに飛び退く。


 銃弾によって穿たれた鼻孔から鼻血を垂れ流しながら、クレバストロールは弱々しく唸り、やがて口からも血反吐を吐き出しながら息絶えていった。

 ズズゥン……と重々しい震動と共に、クレバストロールが平伏す。


「ま、こんなもんだろ」


 ソルはカットラスの刀身に付いた血を払い、ピストルと共にホルスターへ納める。

 カトリアは周囲を警戒しつつも、クレバストロールに刺さったままのブレードランスを引き抜く。


「(俺、いる意味あるのか?)」


 実質、カトリアとソルの二人で倒したようなものだ。

 ただのお荷物になってないだろうかと不安になる一真だが、そんな弱気な考えはすぐに振り払う。

 クレバストロールの討伐を確認した今、三人のやるべきことは、コールドラの群れを相手にしているだろう、ソルのパーティメンバー達への援護だ。

 カトリアがそれを告げようとした時、


「ユスティーナマスター!」


 雪の向こうから、スミレが駆け寄ってきた。

 ゼメスタンの町の守りに就いているはずの彼女が、何故急にここへ来たのか。

 それも、鬼気迫るものだ。


「スミレさん?どうされましたか」


 何か只事でないことが起きたようだが、カトリアは努めて落ち着きを払って訊ねる。

 カトリアの目の前にまで来て、スミレは呼吸を整えてから片膝を着いて目を伏せながら事を伝える。


「ほ、北西より『サファイアドラゴン』が出現した模様!至急援軍を要請するとのことです!」


「サファイアドラゴンだと!?」


 その名を聞いて、ソルが声を荒げた。

 カトリアも目を見開き、一呼吸の合間で冷静さを取り戻す。


「分かりました。これより北西へ向かい、ゼメスタンのグループの援護へ向かいます。ソルさん、カズマくん、よろしいですね?」


「……良いも悪いもない、やるしか無いんだろう」


 ソルは覚悟を決めたように歯軋りする。


「何が相手だって、戦ってやりますよ」


 そうは言うものの、一真は激しく緊張していた。

 ソルが声を荒げるような相手だ、本来ならDランクでは戦うことすら許されない相手だろう。

 だが今は多くの人命が掛かっているのだ、戦うしかない。


「報告は以上です……これより、わたしも戦列に加わります」


 顔を上げて、スミレはそう告げる。


「分かりました。急ぎましょう」


 カトリアは頷くなりすぐに北西方向へ駆け出し、他三人も急いで続く。


 この駆逐作戦、どうやらまだ終わらないらしい――。

 と言うわけで二十四章でした。


 やらかしの一件から恋愛耐性の無さが顕著になるカトリア、噛ませトロールであるクレバストロール瞬殺、最後に強敵出現、の3本で、キメました。

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下請け
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