二十一章 いきなり過ぎると思考が止まるって本当らしい。
リーラの膝枕で眠りにつき……熟睡したのはいいのだが、ふと目が覚めれば、リーラの膝の上ではなくソファーの上で、なおかつ毛布が掛けられていた。
小鳥の囀りに、窓から差し込む朝焼け。加えて、ジュゥジュゥと何かが炒められる音。
「…………って朝!?もう朝か!?」
バッと上体を跳ね起こす一真。
どうやらそのまま朝まで爆睡していたらしい。
「あ、カズマさんっ。おはようございます」
一真の声に気付いて、リーラがキッチンから顔を出す。
「あー、その、ごめん。ちょっとだけ寝るつもりが、思いっ切り朝まで寝てた」
どのくらいの間膝枕をしてもらったのかは分からないが、かなり長い時間を使わせたことに変わりはないだろうと一真は謝る。
「いいんですよ。わたしも、カズマさんのかわいい寝顔をたーっぷり堪能させてもらいましたから♪」
もうすぐ朝ごはん出来ますよ、と返すリーラに、一真は申し訳なく思いつつも、まずは洗顔と歯磨きをすることにした。
滞りなく朝食が済めば、リーラはこれから仕事に戻るため、お泊り会はこれにてお開きだ。
ハミングバードの玄関口に立つ一真と、それを見送るリーラは、
「本当に代金はいいのか?」
そう訊き返す一真に、リーラはちょっと頬を膨らませた。
「もう、今回はわたしがカズマさんを招待して、至れり尽くせりをするって何回も言ってるじゃないですか」
そろそろ怒っちゃいますよ、と言うリーラに、一真は微妙に納得いかないまでも頷いた。
「じゃぁ、今回はありがとう。あのうどん、良かったらまた作ってくれると嬉しい」
「はいっ。お取り寄せ次第、また招待しますね!」
ぶんぶんと手を振るリーラに見送られて、一真はハミングバードをあとにした。
手荷物を一度自宅に下ろしてから、今度はカタナブレードも持って外へ出る。
ヘパイストスに立ち寄るのだ。
昨夜は武装の手入れなどをせずにハミングバードへお邪魔したので後回しにしていたが、一真は少し気になることがあった。
レクスオークやリザードマン達との戦いはともかく、ディニアルとの戦闘で何度も魔剣とぶつけ合ったのだ、刃こぼれなども起きているかもしれないと思い、一度棟梁に預けるつもりだ。
ヘパイストスでは相変わらず鎚音が小気味良く打ち鳴らされる音が響く。
「棟梁!今いいですか!」
鎚音に負けないくらいの声量で呼ぶと、棟梁はすぐに反応してカウンターに歩み寄ってきた。
「どうした。何か不具合でもあったか」
「その不具合が無いかを確かめてもらおうと思って。今回のソンバハルの遠征で、ちょっと酷使したんで」
一真はカタナブレードを鞘のまま差し出すと、棟梁はそれを受け取り、抜いてみる。
刀身や柄を注意深く見定め、その都度に刀身が日の光を反射する。
すると、不意に棟梁の眉間に皺が寄った。
「何か良くないところとか、ありました?」
「確かに良くないな。見てみろ」
棟梁はカタナブレードをカウンターの上に乗せて、ある部分を指した。
そこは、鎬筋と呼ばれる部位。
「僅かだが罅が入っている。これではいつ折れてもおかしくない」
「あ、これはヤバいですね」
「これもそう容易く壊れる物ではない。よほど無茶な使い方をしたのではないか」
「……鍔迫り合いの状態から、力任せに無理矢理押し上げたとか、しました」
ディニアルとの戦闘で起きた鍔迫り合い。
あの時はユニのエクステンドによる援護があったから押し勝つことが出来たが、代わりにカタナブレードにも大きな負荷を掛けていたらしい。
もしかすると、帰りのリザードマンとの戦闘では既に罅が入っていたかもしれず、もしも戦闘中に折れたりすれば目も当てられないことになったかもしれない。
「これは本来防御には向かん繊細な物だ。やむを得ん場合もあるだろうが武具の寿命を削るようなことは控えろ」
それで死ぬのは自分だぞ、と棟梁は鋭い目付きで一真を見る。
「……はい」
申し訳無さと、棟梁の静かな気迫に、一真は萎縮しながら頭を下げる。
「ただ罅を直せば良いというものではない。刀身全体を入れ替えなくてはならん。最短でも二日はかかると思え」
「分かりました、お手数かけます」
棟梁にカタナブレードを預けてから、ヘパイストスを後にし た。
一度自宅に戻って、さてどうするかと一真は考える。
カタナブレードを預けてしまった以上、依頼を受けに行くことは出来ない。
依頼そのものを受けられないことはないのだが、武器が無くては魔物との戦闘になった時、逃げの一手しかない。
幸い、食料や所持金の蓄えは十分にあるので数日は何もせずとも困らないのだが、だからといって全く何もしないと言うのは身体が鈍るし、何よりも退屈だ。
巣篭もりするよりは外に出るか、と一真は最低限の手荷物だけ手にしてから再び外へ出ることにした。
道行く町民達と挨拶を交わし、時には世間話をしたりしつつ、町を見て回る。
「(この世界に来てから、どのくらい経ったっけ……まだ二ヶ月くらいか?)」
ある日いきなり異世界転生を果たして、コントラクターとなって切った張ったの日々を過ごし始めて、エスターテやソンバハルに赴いてきて。
そんな目が回るような時間は、まだ二ヶ月ほどしか経っていない。
早いんだか遅いんだか、と時間の感覚の曖昧さに苦笑しかけて、ふと見えた光景に目を止める。
ギルドの制服を着用した、年若い受付嬢が一人。
何かの買い出しに出ていたのか、複数の麻袋やトートバックを抱えて歩いているようだが、よほど重いのかその足取りは覚束ない。
あの様子ではいつ転んでもおかしくない、と一真はそこへ駆け寄った。
「手伝いますよ、荷物貸してください」
「あ、すみません、助かります。……じゃぁ、こっちをお願いします」
受付嬢は麻袋の方を差出し、一真がそれを受け取り、同時にその重さに顔を顰めた。
「(重っ……こんなもん女の子一人が複数担いでいいもんじゃないだろ)」
「あの、大丈夫ですか?」
顔を顰めたのを気にしたのか、受付嬢は心配そうに見てくるが、一真はすぐに平気な顔をする。
「大丈夫です、ちょっと重いですけど、っと!」
勢いよく麻袋を持ち上げて、運びやすい体勢を整える一真。
さぁ行きましょう、と一真が促して、ようやく歩き出す。
行き先はやはり集会所だったようで、集会所内の厨房へと入って麻袋を下ろす。
「助かりました、ありがとうございます」
頭を下げて礼を言う受付嬢に、一真は「どういたしまして」と頷く。
「えぇと、何かお礼を……」
受付嬢がそう言いかけた時、
「やはりカズマくんでしたか?」
ふと厨房の出入り口に、カトリアが顔を覗かせていた。
「あ、カトリアさん。おはようございます」
彼女の姿を見て、一真は軽く会釈する。
「その様子だと……荷物を持ってくれたのでしょうか」
「はい、あんまり重そうだったんで手伝おうと」
カトリアが一真と受付嬢を見比べると、受付嬢の方は頷いている。
「それはどうもありがとうございます。……ところでカズマくん、今予定は空いてますか?」
「はい、空いてますけど」
カタナブレードが仕上がるまでの日数までは休日にしようとしていた一真だが、カトリアから何か頼まれるとしても断る理由はない。
「ちょうど今から、ギルドの資料整理をしようとしているのですが……どうにも数が多く、私一人だけでは今日の内に済ませられそうにないのです。手伝ってもらった上からさらに頼み事を押し付けるようで、申し訳ないのですが……」
ようするに、手伝ってくれと言うことらしい。
「いいですよ。どうせ暇なところでしたし、手伝いますよ」
「ありがとうございます、カズマくん。では、こちらへ」
カトリアの仕事を手伝うことにした一真は、彼女に連れられて執務室へ招かれる。
ギルドの執務室は、豪勢と言うわけでもなければ、質素と言うこともない程度には、調度品も揃えて飾られている。
要人の客室も兼ねているのだろう。
カトリアが普段から腰を落ち着けているデスク周りには無数の紙束が積み重なり、それらを詰め込んだ厚紙箱がずらりと並んでいる。
「……今更になって思ったんですけどこれ、俺が手伝ってもいいんですか?」
一般人が見ちゃいけない重要機密とかあるんじゃ、と一真は恐る恐るカトリアに訊ねてみるが、その彼女は「大丈夫ですよ」と微笑を浮かべて見せる。
「これらのほとんどは、町民やコントラクターからのご意見書であったり、完遂済みの依頼状をまとめたものですので、特に重要な書類などは含まれていません」
ですので、とカトリアは厚紙箱のひとつを客席に置く。
「カズマくんには、この中にある書類を、ご意見書と依頼状の二種類に分別してまとめてほしいのです。分かりやすく言うと、プリマヴェラの印が押されたものと、そうでないものとです」
「判子が押されたものと、押されてないものですね。分かりました」
「では、お願いします」
そう告げてから、カトリアは見るからに重要そうな書類を手に取ってはペンを滑らせていく。
資料整理と普段の業務を並行するつもりらしい。
「(そりゃ大変だよなぁ……)」
ギルドマスターの業務がどれほどのものか一真には分からないが、リーラから聞いた話だとほぼ毎日朝早くから夜遅くまで忙しく、時にはコントラクターとして非常に危険な依頼を受けに行くこともあるらしい。
その上から、この膨大な資料整理までやろうと言うのだ、猫の手も借りたいとまでは行かなくとも、いちコントラクターの手も借りたいだろう。
よしやるか、と一真は厚紙箱から紙束を引っ張り出した。
………………
…………
……
紙が捲られる音と、ペンが走る音だけが執務室に流れる。
見間違いが無いように、一枚一枚の裏表まで見て印の有無を確認してから分別していく。
印が押されたものは右手側に、そうでないものは左手側に。
自分にとって分かりやすい形を取りつつ、一真は資料整理を進めていく。
そうしていく内に、厚紙箱ひとつ分の整理が終わった。
「カトリアさん、この分の整理は終わりました。他の箱も同じようにまとめますか?」
「わかりました。では分別したものはそれぞれ、軽くでいいので紐で縛ってから、元の箱へ戻してください。それから、他の箱をお願いします」
「了解です」
カトリアの指示通り、印が押されたものとそうでないものを分けて紐で束ねてから元の厚紙箱へ戻して、次の箱に手を出す。
それからまたしばらく書類の分別を続けていくと、日の位置が最も高いところにある――そろそろお昼時であることに気付く。
昼食はどうするのだろうかと思うものの、もうすぐ今手掛けている整理も終わるしちょうどいいかと一真はすぐに書類の分別と、再度の収納を終わらせてからカトリアに声を掛ける。
「カトリアさん、これも終わりました」
そう言いながらカトリアのデスクへ目を向けて、
「もうすぐ昼食になりそうですけ……え?」
そこにカトリアの姿はなく、執務室内を見回してみると、彼女は脚立に足を掛けながら、高所にある棚へ手を伸ばしているところだ。
「……ど、どうしました、か?カズマ、くん?」
それも、脚立の一番上でつま先立ちをしていると言う、かなり不安定な状態で、だ。
「ちょっ、危ないですよそれっ?俺がやりますって」
慌ててそこへ駆け寄ろうとする一真。
「だ、大丈夫です……もうちょっと、で、っと!」
しかしカトリアはあろうことか、その足場と体勢で跳躍した。
「よし取れ、ぇっ!?」
目的の物を掴むことは出来た――が、その代償として足場を踏み外して、
「なっ、カトリアさ……ッ!?」
しかもそこに運悪く一真がいて……
脚立が倒れ、資料が飛び散り、ドンッと言う何かを床に叩き付けたような音が執務室に溶け消えた。
「んっ、んむっ……!?」
背中から倒れたのだと、痛みを通じて理解する一真。
だが同時に、『何故か口が塞がれていた』。
目を開けてみれば、そこにカトリアの蒼い瞳が自分と同じ目線の高さにある。
そして一真の口を塞いでいるのは、他でもない『カトリアの唇』。
「!?!?!?!?!?」
――傍から見ればこの構図、『カトリアが一真を押し倒してキスをしている』と言う状況に他ならない――
自分が何をしているのかに気付いて我に返ったカトリアは、バッと跳ね上がって口元を両手で隠しながら一真から離れた。
「ぁ、あ、あっ……ご、ごめんなさいカズマくんっ!怪我はありませんか!?」
「お、俺は平気、です、けど……っ」
一真は、今の自分の顔がとんでもなく火照っていることを自覚する。
対するカトリアも、口元こそ隠しているものの顔色までは隠しきれておらず、普段の彼女とは思えないほどに紅潮している。
「………………」
「…………」
「「……」」
お互い、気まずさから黙りこくってしまう。
当然だろう、一真もカトリアもお年頃の男女であり、偶発的なものとは言え、キスをしてしまったも同然なのだから。
この沈黙を先に破ったのはカトリア。
「あ、あの、カズマくん……」
「はっ、はいぃッ」
いきなり名前を呼ばれて、一真はその場で跳ねるように正座した。
「その、わ、私は気にしませんから、どうかカズマくんも気にしないでください」
「え、えぇと……」
「それに、キ、キスと言うのは、あのような事故の拍子によって行われるわけでは無いと思いますし……そう、今のは『ただ唇同士がぶつかっただけで、キスではない』のです」
「そ、そそそそうですねっ、その通りだと思いますっ」
こくこくこくこくととにかく頷く一真。
「……そろそろお昼時ですね。仕事を手伝っていただいたお礼として、今日の昼食は私が奢りましょう」
「あ、ありがとうございます……っ」
「ではカズマくんは外で待っていてください、先程の後片付けだけ終わらせますので」
これ幸いとばかり、一真はすぐに執務室を出て近くで待つことにした。
しかし一方のカトリアと言えば、ドアが閉じられるのを確認してから背を向けて、
「〜〜〜〜〜ッッッッッ!!!!!」
どうにか声に出さないように悲鳴を押し殺した。
声を押し殺し、へたりと尻もちをついた。
「(わ、わた、し、今……カズマくんと、キ、キスして……っ!?)」
顔の火照りよ冷めよ静まれと自意識を駆使するものの、一度火の付いたような頬の熱はそう簡単には引いてくれず、結局五分ほどの時間を要したのだった。
執務室から集会所の広間に戻ってくると、先程の受付嬢と出くわした。
「お疲れ様ですギルドマスター。……お顔が赤いようですが、体調不良でしょうか?」
先程の事故でまだ顔の火照りが消えていなかったか、指摘されてしまうが、カトリアは瞬時に取り繕った。
「そうでしょうか?特に身体の悪化は感じられませんが……」
しかし受付嬢は一真の方も見やる。
「そちらの方も顔が赤いですし、……深く訊かない方がいいでしょうか?」
「それと、誤解を招くようなことを流布しないでいただけると助かります。……あとは、分かりますね?」
カトリアの一歩後ろにいる一真に彼女の表情は見えなかったが、ワントーン落とした声色と、直後に「ひっ」と怯えたような受付嬢の様子を見て、何が起きたかを察した。
恐らく今のは、一真の前世ではパワハラに当たるだろう。
集会所の一席に座る一真とカトリア。
カトリアからは「どれでもお好きなものをどうぞ」と勧められたので、一真は顔色を伺いながらも、高くは無いが安くもない程度のメニューを頼むことにした。
「……この奢りは、先程の件の口止め料も兼ねているので、もっと高価なものを頼んでもいいのですよ?」
「き、今日はこれの気分なので……」
さすがにここでそれを鵜呑みにして高額メニューを頼もうと思うほど、一真の神経は図太く出来てない。
カトリアとしてはあまり納得していないようだが、無理に勧めることも無いとして、自分の昼食も含めてオーダーする。
一真は未だに先程の事件を気にして緊張しているが、カトリアはもう表に出さない程度には落ち着いているのか、いつものギルドマスターとしての微笑を浮かべている。
その様子は、他のコントラクターの目に触れられており、
「お、おいあのガキ、ギルドマスターと一緒に……」
「嘘だろ……俺なんか三十回食事に誘っても一度も成功してないのに!?」
「かーーーーーっ、羨まけしからんすぎるッ!」
「つか、誰だあのガキ……」
「確か……カズマとか言うルーキーだ」
「そういや、この間のエスターテ行きの定期便で活躍を認められたって聞いだぞ」
「ちくしょーっ、ギルドマスターのお気に入りってことかよ!?」
「羨ましい羨ましい羨ましい……羨まし過ぎるッ!」
周りにいる男達の嫉妬と羨望の嵐が視線となって一真に吹き付けられる。
「(ひえぇぇぇぇぇ……何このカオスな空気!?)」
その当事者たる一真からすればたまったものではない。
しかしカトリアはそんな周囲の様子に気付いているのか気付いていないのか、微笑を浮かべて一真の様子を見ているだけだ。
何か話題を……と一真は頭脳を駆使して自分とカトリアで話せるようなことを掘り出して行き、ふと思いつく。
「あ、そうだ。カトリアさん、訊きたいことがあったんです」
「なんでしょう?」
「カトリアさんって、ギルドマスターになる前はどんなコントラクターだったのかなって。訊いてもいいですか?」
「………………あまり、良い話ではありませんが」
彼女にしては珍しい、歯切れの悪い言い方だった。
それを前置きにして、カトリアは自分の過去について語り始めた。
――私は元々、外の大陸の商団の一家の生まれでした。
そこそこに裕福で、私も普通の女の子として育てられていました。
このまま、親の仕事を覚えてそれを継いでいくのだと、子どもながらそう感じていました。
ある日、仕事でホシズン大陸へ赴いた時、魔物の襲撃を受けました。
護衛のコントラクターは全滅、両親を含む大人は皆殺しにされ、積荷や馬車の残骸の下敷きになっていた私だけが生き残っていました。
途方に暮れて泣いていた私を拾ってくれたのは、先代のプリマヴェラのギルドマスターでした。
プリマヴェラで保護を受けた私は、両親の死を受け入れてから――受け入れるまでは時間がかかりましたが――先代の恩返しをするために、コントラクターになりました。
ちょうどその頃に、ソルさんもコントラクターになっていましたし、私よりも歳上だったので、先輩でもあったんです。
幸いにも、コントラクターの才能があったらしい私は、新進気鋭のルーキーとして期待されていました。……今のカズマくんと同じように。
私自身も、先代の期待に応えるためにあらゆる依頼を受けてはやり遂げて来ました。
それから数年が経った頃、大陸の外からの流行り病がプリマヴェラに蔓延したのです。
先代もそれに感染してしまい、そのまま帰らぬ人になってしまいました。
先代の遺言書には、プリマヴェラのギルドマスターの後継者として私を推薦する文言が書かれており、私はその遺志を継いで、この町のギルドマスターとなりました――。
「……以上になります。どのようなコントラクターかと言うのなら、他人よりも少し才能があっただけですね」
「…………」
語り終えたカトリアに、一真は黙るしかなかった。
ユニと言い、ソルと言い、カトリアと言い、自分が知るコントラクターを志した者達は、皆何かしら重い過去を背負っている。
ラズベルやスミレだけではない、イダス、リュウガ、コテツもまた、過去に一物を持っているのだろうか。
あるいは、あのディニアルも……
思い詰めたような顔をする一真を見てか、カトリアは「気にしないでください」と言いかけて、
「ギルドマスター、よろしいでしょうか」
そこへ、カトリアの補佐役の女性が駆け寄って来た。
「何か?」
「ゼメスタンよりヘイムダル経由で緊急の連絡です」
つい先程に飛来した伝書鳩から送られた手紙を差し出し、カトリアはそれを受け取って内容を目に通す。
「……これは」
読み進めれば、見る内にカトリアの表情に深刻になっていく。
「カトリアさん……ゼメスタンがどうかしたんですか?」
一真もまた緊張の糸を張って訊ねる。
カトリアは手紙から目を離さずに答える。
「『『凍雪山脈』に原因不明の雪崩が発生、これにより複数の大型の魔物が活動を開始、ゼメスタン領各地で縄張り争いが多発、これらの討伐のため、至急援軍を乞う』……とのことです」
複数の大型魔物同士による縄張り争いの討伐。
これまでに経験のない大規模な戦いになるだろうと、一真は生唾を飲み込んだ。
と言うわけで二十一章でした。
カトリアとファーストキスをやらかしたカズくん。
しかしその後で重い過去語り、の直後のいきなりシリアス展開です。





