一章 異世界生活、始めました。
前作『恋愛初心者の付き合いかた』シリーズから一転、ハイファンタジー始めました。
これからまたしばらく、地道にこそこそとよろしくお願い致します。
まずは一章、どうぞ。
『異世界転生』と言う五文字をご存知だろうか。
創作において度々見られるジャンルであり、大抵は不慮の死によって現世を去った主人公が、何らかの因果関係によって現世とは別の世界――量子的な喩えを用いるのなら、地球と同じような未確認惑星か、そもそも現世とは違う歴史を辿った地球の過去かあるいは未来か、はたまた宇宙の外側――へ異動すること……と言うのが、一般的な認識だと思われる。
その別の時間軸への異動ひとつでも、肉体や記憶をそのままにワープするものだったり、記憶の一部が欠けていたり、肉体が若返った状態であったり、異動先にいる人間や生物に魂だけが憑依するもの、あるいは何かしらのトリガーによって前世の記憶となって甦るものだったり、今日まで多種多様な解釈を持った"転生"がありふれている。
そう、例えば彼――『神田 一真』も、その例に漏れることはなかった。
「…………どこだ、ここ」
少なくとも自分の部屋ではないし、病室と言うわけでもない、友人の家やホテル、旅館に宿泊している覚えもない。
とにかく、『ここは自分の知らない場所である』ことは間違いなさそうだ、と一真は目覚めたばかりで上手く働かない脳を駆動させていく。
「(と言うか、なんでこんな知らない場所にいるんだ?)」
覚えている限りで記憶を辿っていく一真。
冬休みを迎えて数日、今日はクリスマスイヴで、それでも自分には関係の無い日で、アルバイトを終えてもう夜も遅い時間、信号待ちをしていたら、突然の激痛と身体の浮遊感、ドンッと言う音を最後に――
気が付いたらここにいた。
つまり自分は交通事故――どうせクリスマスイヴだと浮かれて酔っぱらい運転でもしていたのだろうが――に巻き込まれたのだと理解、だとすれば救急車で搬送されて病室にいるはずである。
どう言うことだと一真は頭を悩ませ、不意にドアが開けられた音と、
「あっ、目が覚めたんですね?良かったです」
思わず気が抜けそうな声が聞こえたので、出入り口だと思われる方向へ向き直る一真。
ふわふわの赤茶けた髪をやや短めに揃えた、穏やかそうな雰囲気の少女――それも、一真の一回り歳下、14〜15歳くらい――が歩み寄ってくる。
美人と言うより、可愛らしい顔立ちだ。
ベッドの近くまで来ると、目線の高さを合わせるように屈む。
「痛いところとかは無いですか?」
「あ、うん、多分……え?」
ちょっと待った、と一真は上体を起こした状態で背伸びをしたり、首を回したりする。
「あれ……平気だ?」
痛むところはこれと言って感じられず、至って健康体のようだ。
自動車に跳ね飛ばされて全くの無傷だったと言うのか。
いやそれは有り得ないだろう、と改めて身体を動かしてみるが、やはり怪我などは無さそうだ。
「えっと……大丈夫ですか?」
少女はどうしたのかと心配そうに覗いてくる。
「あー、えぇと……身体は大丈夫みたい、かな?」
何故かは分からないが、今の自分が健康体であることに変わりはないらしい。
「そっか、なら良かったです。あ、飲み物持ってきますね。お腹も空いてるなら……」
「ちょ、ちょっと待った……」
部屋を出ようとする少女を、一真は慌てて呼び止める。
飲み物や食べ物を提供してくれるのはありがたいのだが、今の一真にとってはそれよりも大事なことを訊ねなくてはならない。
「あの、ここってどこ?病院……じゃないよな?」
「え?……あ、寝てる間にいきなりに知らないところに連れてこられたら、びっくりしちゃいますよね」
ごめんなさい、と一言断る少女は、まずは自己紹介をする。
「わたしは、『リーラ・レラージェ』って言います。あなたは?」
「(リーラレラージェ……外国人?)……あぁ、俺は神田一真」
とりあえず自分の名前を名乗ると、次の情報が飛んでくる。
「カンダさんって言うんですね。……それと、ここは『プリマヴェラ』の宿屋です」
「ぷ、ぷりま、べら?それに宿屋って……?」
ようするに、ぷりまべらと言うらしいホテルか旅館のことを言っているようだが、宿屋と言う呼び方は聞いたことがない。
「んー……まだ意識がハッキリしてないみたいですね?ちょっとカーテン開けますよ」
リーラは勝手知ったる風にカーテンに手をかけて、勢いよくスライドさせた。
窓の向こう側から日差しが部屋に注がれ――
「……は!?」
一真は思わずベッドから飛び起きて、窓に飛び付く。
「わわっ……ど、どうしたんですか?」
カーテンを開けただけで驚く一真を見て、リーラは不思議なものでも見るような目をするが、そんなことを気にしている場合ではない。
見慣れたコンクリートジャングルや電柱はまるで見当たらず、掘っ立て小屋……とまではいかないが背の低い木造の建物が不等間隔に立ち並び、仕切りの外には大自然。
そして、遠くの向こう側に見える、巨大な樹木。
「日本じゃない……え、なに、ここどこ!?」
頻りに窓の外からの見える景色を見回して、再度リーラに向き直る。
「えーっと、リーラさん?」
「リーラ、でいいですよ。何ですか?」
「……リーラ。君、普通に日本語で喋ってるけど……ここってどこの国?」
一真は、何となくながら感じ取っている。
この国、と言うより、この"世界"は自分の住んでいる場所とは違うのではないか、と。
「ニホン語?っていうのはよく分からないですけど……ここは、『ホシズン大陸』の『プリマヴェラ』領ですよ?」
「…………………………」
ホシズン大陸の、プリマヴェラ領。
そんな大陸や国名は、世界史の授業でも聞いたことがない。
それはつまり……
「(ここ異世界!?……ってか、『異世界転生』したってことかぁっ!?)」
創作の世界だけだと思っていた異世界転生が今、自己の身に起きている。
そんなバカなと言いたいところだが、現実問題それが起きている以上は認めるしかない。
「え、えーと……と、とりあえず食べ物と飲み物用意してきますね。それと、カトリアさん……ギルドマスターさんも呼んできますから、カンダさんはちょっと待っててくださいね」
混乱の収まらない一真を他所に、リーラは今度こそ部屋を出てしまった。
とは言え、食べ物と飲み物を用意すると言っていたので、ここから勝手に出るわけにもいかない。
「異世界……異世界って、マジか……」
事実は認められるが、微妙に納得がいかない。
納得いかないのも無理はないだろう、異世界転生がそもそも詳しい因果関係などは不明にされていることが多く、そう言った主人公はただの"招かれざる客"でしかない。
その異世界転生を取り扱った創作でも、異世界に入ること自体は何かしらの因果によって発生しても、異世界から出る方法はほとんど確立されておらず、主人公は転生先で後生を過ごすことになるケースも多い。
そこはもう、神田一真と言う個人ではどうにもならないだろう。
「……って、さっき「『ギルドマスター』を呼んでくる」って言ったよな?」
一真は混乱したままの頭で、ギルドマスターと言う言葉を反芻する。
「(ギルドマスター……ってことは、この町には住民から依頼を受けるような職業があるのか)」
依頼を受けてモンスターと戦うハンティングアクションゲームがそんな感じだったか、と一真は前世の記憶を掘り起こす。
創作世界では、"冒険者"と言う職業名だったか、他にも呼び方はいくつかあるだろう。
「(……ホントに異世界に来たんだな。つーか、放り込まれた、の方が正しいのか?)」
自らの意志で来たのではないので、(何かしらの因果によって、なおかつなんの前触れも無かったので)放り込まれた、と言う他にない。
もうしばらく、ぼんやりと"異世界転生"について考えていると、コンコンとドアがノックされたので、一真は返事をして入っても良いことを伝える。
「はい」
「カンダさん、入りますね」
ドアが開けられ、リーラが部屋に戻ってくる。
「食事の準備と、ギルドマスターさんが下の階で待っていますから、行きましょう。……一人で歩けますか?」
「さすがに大丈夫だって」
リーラに連れられるように、一真は部屋を出て階段を降りていく。
宿屋と言うだけあって部屋がいくつかあり、一真はその内の一室で眠っていたようだ。
二階が主に寝室で、一階はカウンターや食事のための客間。
「カトリアさん、連れてきました」
リーラがそう呼ぶと、既にテーブルに着いて待っていた女性が反応し、目線を向けてくる。
「ありがとうございます、リーラさん」
亜麻色の美しく長い髪。
それは後頭部で揺れるクリーム色のリボンによって束ねられている。
顔立ちもまた整っている――と言うよりも、整い過ぎているそれらよりも一真の目を奪うのは、
その、瞳。
見る者を引き込むような深い海とも、逆に全てを見通すような空とも言える、蒼い瞳。
尋常ではない眼力が、女性……いっそ少女と言ってもいいほどに若い彼女の瞳に宿っている。
「どうぞ、お掛けになってください」
少女の声とリーラの目配せによって、一真は小さく会釈してから、少女と対面する位置の席につく。
目下には、温かそうに湯気を立てるスープに、みずみずしいサラダ、よく火を通されて表面が微かに焼け焦げたロールパンと、目玉焼きと共にソーセージが並び、特に感じていなかったはずの空腹感が自己主張を始める。
「あなたに色々とお訊ねしたいことはありますが……まずは食事をどうぞ」
一真の目の前の料理を指す。
食べて良い、と言うことだろう。
「あ、はい。いただきます」
小さく手を合わせてから、一真は食事にありつく。
異世界初の食事、と言うには拍子抜けするほど普通の料理(だからといってゲテモノ料理を期待したわけではないが)を、一真は残さずいただいた。
「ごちそうさまでした」
いただきますと同じように小さく手を合わせる一真に、リーラは「食器、下げますね」と食べ終えた皿を片づけては、カウンターの奥に運んでいく。
それを見送ってから、少女は改めて一真に向き直る。
「では改めまして。私はこの町……プリマヴェラのギルドマスターの、『カトリア・ユスティーナ』です」
リーラが先程に言っていた通り、カトリアと言う名のギルドマスターとは、彼女のことのようだ。
が、
「……ギルドマスター、なんですよね?」
一真は、自身が持つ前世の知識との齟齬を覚える。
ギルドマスターとは、その集落のギルドに所属する者達を束ねる存在であり、そう言った役職に就くのは大抵、所属して日の長い壮年近い男性、と言うのが創作世界で設定されているケースが多い。
しかし目の前にいる彼女は、明らかに若すぎる。どう見てもまだ十代半ばほどだ。
「はい、そうです」
ギルドマスターとなる資格と言うのは、年齢や経歴などではなく、純粋な実力主義によるものだと言うことは、一真も理解出来る。
……とは言えこの、手に血を付けたことも無さそうな可憐な少女が、荒くれ者も多い冒険者達を言葉一つで束ねる様子が想像できないのだが。
彼女――カトリアが名乗ったことに対する礼儀として、一真も名乗り返す。
「えっと……俺は、神田一真……カズマ・カンダって名乗った方がいいですかね?」
日本人名としてではなく、この世界に合わせた名前として言い換える一真。
「では、カズマくん。あなたは、どこからこの町に訪れたのですか?」
一真を「カズマ」と呼ぶことにしたカトリアは、早速本題を引き出してくる。
どこから来たのか。
それはむしろ、一真の方が「俺はどうやってここに来たんですか?」と訊きたいくらいだが、質問に質問で返すのも具合が悪いので、彼は答えられるように答える。
「……包み隠さず答えるなら、俺は日本と言う国に住んでいました」
「ニッポン?……大陸の外から来たのですか?」
大陸の外……に違いないだろうが、どこからやって来たのかと言う最初の質問には答えられそうにない。
「それが……分からないんです」
「分からない?」
どういうことかとカトリアは目を丸くする。
「気が付いたらここの部屋のベッドにいた、としか言えなくて、俺自身も何がなんだか」
一真のその答えに、カトリアは右手の指を顎に添え、深く考え込むような顔を見せる。
「……その気を失う前は?」
「これも俺なりの答え方になるんですが、何かに跳ね飛ばされて、その時に気絶したみたいで。……怪我の一つも無いって言うのもおかしな話ですけど」
車と言っても、この世界が一真の想像通りなら馬車くらいのものだろう。故に"何かに"と言う表現を用いる。
カトリアはますます表情を難しいものに変えていく。
「……カズマくん、あなたがここのベッドに運ばれる前は、この町のちょうど出入り口の前に倒れていた、と報告を受けています」
ふと、今度は『カトリアから見た一真が気絶していた状態』について話される。報告を受けていた、と言うのは一真を介抱したのはカトリアではない別の誰かと言うことのようだ。
「目立った外傷もなく、ただ眠っていただけ。加えて、人が跳ね飛ばされるような巨大な何かが通過した様子もない。……カズマくん、あなたは何かを隠したくて、嘘をついているわけではありませんね?」
カトリアが疑いの眼差しを向けるのは当然だろう、一真が跳ね飛ばされたと言う事件は、この世界で発生したことでは無いからだ。
隠し事などしていない、とばかりに一真は両手を上げてみせた。
「手荷物のひとつもない、ここがどこかも分からないのに、何を隠せって言うんですか。……俺は、全部正直に話しているつもりです」
「……」
ジッとカトリアの瞳と正面から向き合う。
この外見不相応な眼力は、ギルドマスターと言う役柄によって鍛えられたものなのだろうか。
だが、ここで目を逸らせば嘘をつくも同じ。
"前世の積み重ね"のおかげか、息が詰まるような緊張感の中でも、一真は平静を保っていられる。
「……ひとまずは嘘をついていないと、信じることにしましょう」
「(ホッ……)」
フッとカトリアの瞳から力が消え、一真は内心で安堵する。
手元に置かれている紅茶だろう飲み物を一口啜ると、カトリアは次の話を持ち出してきた。
「とは言え、ここがどこかも分からないと言うことは……カズマくんは今、住む場所も何も無い、と言うことになりますね?」
そう。
今の一真は、手荷物も無ければ先立つものも無い(そもそもこの世界の通貨を知らない)、金の充てもなければ住む場所や職の伝手もない、文字通りの身一つしかない。
言い換えてみれば、"住所不定無職"そのものだ。
「……まぁ、そうなります。早速路頭に迷ってます」
例えば、貴族や豪族に転生したとすれば、とりあえずの所持金と住む場所には困らなかっただろうが、ゼロどころかむしろマイナスからの異世界スタートだ。
「なので」
一真は姿勢を正してカトリアに向き直る。
「カトリアさん……でいいですよね。俺を、そのギルドに雇い入れてくれませんか?」
「えぇ、まぁ……行く宛が無いのならこちらで受け入れるつもりでしたから、ちょうどいいと言えばちょうどいいですね」
難色を示されるかと思っていた一真だが、カトリアもそのつもりだったようで、すんなりと内定(?)を得る。
ただ、とカトリアは懸念を挙げる。
「……カズマくん、体力に自信は?」
「まぁ、それなりにある方かなと」
全くの運動音痴ではないし、むしろ運動はしている方だと、一真も自覚している。
少しだけ間を置いてから、カトリアは小さく頷く。
「分かりました。……リーラさん、少しよろしいですか?」
カトリアに呼ばれて、リーラはカウンターの奥からひょこっと顔を覗かせた。
「はい、何ですか?」
「一名様、一部屋予約をお願いします。それと、彼の衣服や日用品等も一式を」
一名様、一部屋予約と聞いて、リーラはすぐに頷いた。
「あっ、えぇと……カンダ、じゃなくて、カズマさんが今晩借りる部屋ですね。分かりましたっ」
パタパタとカウンターの上にメモらしき紙の束を広げ、文字らしいそれらを書き込んでいく。
五番シングル カズマ・カンダ様 予約
「(……読める?)」
書体は全く見たこともない文字、しかしどういうわけかそれを目にした瞬間、一真はそれが母国語である日本語のように感じ取れた。
そう言えば、と思い出す。
この手の転生系の創作物には、所謂『転生特典』と言うものが何者か(神のような存在、大抵はロクでもないナニか)によって与えられる(もしくは押し付けられる)。
何かに特化したチートだったり、全く役に立たない(ように見えて実は超有用な)スキルだったり、完全なマイナス要素だったりと、様々だ。
一真のそれは言語翻訳系の能力らしく、単純に便利なだけ、むしろ無くなれば困るものだ。
何にせよ勉強無しで文字が読めるのはありがたい。さすがに筆記を行うには時間が要るだろうが。
「この費用に関しては、こちらの負担で支払いますので、カズマくんはお気になさらず」
「あ、ありがとうございます」
さすがに何も知らない一文無しを相手に借金を背負わせるつもりは無いようで、一真はカトリアの厚意をありがたく受けることにする。
さて、とカトリアは席を立つ。
「この町に来たばかりで色々と分からないこともあると思いますし、ギルドへの登録はまた明日にして、今日のところは私と町を見て回りましょう。よろしいですか?」
「あ、はい」
彼女に倣うように席を立つ一真。
宿屋の外に出れば、暑くもなく寒くもない、穏やかで暖かい風が一真の頬を撫でる。
「(空気の匂いが全然違う……澄んだ空気って、こう言うことを言うのか?)」
前世の排気ガスなどによる環境汚染などが無いからか、と一真は新鮮な空気を深呼吸する。
空気を味わっている一真を不思議そうに見つつも、カトリアは案内を始める。
最初に見せられるのは、民家などよりも遥かに大きな――と言っても、一真から見たそれは中規模なスーパーマーケットくらいだが――の建造物。
「まず、ここが『ベンチャーズギルド・プリマヴェラ支部』の集会所に……」
そこまで言いかけて、カトリアは何かを思い出したように言葉を途切れさせた。
「失礼ですがカズマくん、『コントラクター』とはそもそも何かご存知ですか?」
「コントラクター……下請け人、ですか?」
コントラクターと言う言葉の意味は分かるが、それがギルドとどう関係するのかと一真は訊ね返す。
「我々ベンチャーズギルドは、住民や王侯貴族などから、物資や特産品の納品、魔物の間引き・討伐、商隊の護衛などを依頼され、それに対して実働、遂行達成する者を『コントラクター』と呼称します。つまり、カズマくんが仰った通りの、"下請け人"です」
ギルドと言う組織を通じて依頼を通され、それを達成することによって報酬を得る、と言う形式は、一真も知るところだ。
「コントラクターは魔物との戦闘行為を前提されており、極めて危険性の高い職業です。魔物との戦闘で命を落とされた方も少なくないので、志願すれば誰でもコントラクターになれる、と言うわけではありません」
先程にカトリアが一真に対して体力に自信があるかどうかを訊ねたのは、コントラクターの適性があるかどうかを確かめるためだ。
「適性試験などは、明日に行っていただきます。とは言え、生まれつき障害を負っているような方でなければ、カズマくんくらいの若者なら体力的な問題は無いはずです」
「まぁ、そりゃそうですよね。命のやり取りするんだから、体力が無いと話になりませんもんね」
その点に関しては大丈夫だろう、と一真は少しだけ気を楽にする。
カトリアの案内によってプリマヴェラの町の設備を一通り説明してもらい、それが終わる頃には、もう日が傾いていた。
一真が目覚めたのが、そもそも昼過ぎ近くだったからだ。
ぐるりとプリマヴェラを一周して、再び集会所に戻って来たところで、カトリアの案内は終了だ。
「……案内は以上になります。ご質問等はございませんか?」
「案内に関しては大丈夫です。えーと、コントラクターの適性試験は、明日のいつぐらいですか?」
明日の予定はどうなるのかと、一真は挙手する。
「カズマくんさえ良ければ、明日の午前中に受けていただきますが、午前中でよろしいですね?」
「午前中ですね。場所は……集会所ですかね」
「明日の午前中に集会所にお越しください。係の者には伝えておきますので」
「分かりました。……俺はこの後は、さっきの宿屋に戻れば良いんですよね」
「はい。リーラさんがお待ちになられているはずです。では、また明日に。失礼致します」
カトリアは一礼すると、足早に集会所へ駆けて行く。
ギルドマスターと言うからには、それなりに多忙だろうに、一真の案内に付き合ってくれていたのだろう。
何だか申し訳ないなぁと思いつつ、一真は踵を返して宿屋――『ハミングバード』と読める看板が掲げられたその場所へ戻って行く。
「異世界転生、か……」
前世で跳ね飛ばされた自分は一体どうなったのだろうか、と思うところはあるが、それは最早知る由もない。
「まぁ、何とかなるだろ」
剣と魔法のハイファンタジーな世界に放り込まれたが、渡る世間に鬼はなしと言う諺もあるくらいだ、あまり事態を重く考えなくてもいいだろう。
「第二の人生、楽しんでいくか」
何にせよ明日からだ。
今ここに、新たな下請け人見習いが誕生した。
彼が紡ぎ出すのは、立身出世の英雄譚か、あるいは――。
と言うわけで、一章でした。
まぁ異世界転生の最初の一話ってこんなもんだろうと思いつつ、さくさくと次の二章を書き始めています。