第1話 平和な日常と執事のフェリックス君
「それで、アリサ様。殿下とはどこまで進んだんですか?」
「ど、どこまでって、な、何もしていないよ?」
執事のフェリックス君の問いかけにわたしは首を横に振った。
けれど、フェリックス君はその可愛い顔にニヤニヤとした笑いを浮かべている。
今、わたしは屋敷の食堂で椅子に座り、フェリックス君にあれこれと質問攻めにされていた。アレク様は仕事で遠出している。
「二人きりで裸にバーニャに入ったのに?」
「は、裸じゃなくて、ちゃんとタオルをつけてたから……」
「ほとんど裸みたいなものでしょう?」
フェリックス君の言葉にわたしは頬が熱くなるのを感じた。
そう。昨日、わたしはアレク様と一緒にバーニャ……蒸し風呂に入ってしまった。
それはアレク様を引き止める説得のためだったけれど……思えば、大胆なことをしたかもしれない。
いや、間違いなく大胆なことをしたと思う。
「キスぐらいしたんじゃないですか?」
からかうようなフェリックス君の口調にわたしは目をそらす。
フェリックス君がちょっとびっくりしたように、黒い目をきらきらと輝かせる。
「本当にしたんですか!?」
「わ、わたしたち婚約者だもの! も、問題ないと思うの……」
「もちろん。問題になんてしませんよ。おめでとうございます」
フェリックス君は柔らかく微笑んだ。
わたしも、小さくうなずく。
「ありがとう、フェリックス君」
アレク様とわたしの仲が深まるようにフェリックス君は、いろいろ応援してくれた。アレク様のことをよく知るフェリックス君のおかげで、今日のわたしとアレク様の関係があるといっても言い過ぎでは無いと思う。
「そういうフェリックス君は、エレナと仲良くなった?」
「な、なんでこの流れでエレナ様のことを聞くんですか……?」
フェリックス君がうろたえる。フェリックス君には感謝しているけれど、からかわれたから、少し反撃しても良い気がする。
「フェリックス君は、エレナのこと好きなんでしょう?」
「ち、違いますってば! だいたいエレナ様には婚約者がいて……」
そこまで言ってフェリックス君はうつむいた。
そう。わたしの妹のエレナには婚約者がいる。フェリックス君がエレナのことを好きなのは明らかだけど、エレナには第二王子殿下という婚約者がいる。
もっとも、その第二王子殿下は、エレナにまったく興味を示さず、ただの政治の道具として価値を認めていないみたいだった。
わたしの大事な妹を、そんな扱いをするのは許せない。
「フェリックス君なら、きっとエレナのことを大事にしてくれると思うんだけどな」
「ぼ、僕は……実家を追い出された伯爵家の三男ですし……身分だって、違いますし……」
「でも、第一王子殿下の一番信頼の厚い側近でしょう? それに、フェリックス君がわたしの義理の弟になるって、ちょっといいなと思って」
「そ、そうですか……?」
「うんうん。こんな可愛い子が弟だったら、自慢できちゃう」
「それって、男として見られていないということなのでは?」
わたしがくすっと笑うと、フェリックス君は頬を膨らませた。
平和だなあ、と思う。こんな時間が続けばいいのだけれど。
そのとき、後ろから少女の綺麗な声がした。
「なになに? 何の話をしているの? フェリックス君をあたしたちの弟にしちゃうって話?」
振り返ると、エレナがいたずらっぽく目を輝かせ、食堂の入り口に立っていた。
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