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第7話 ハグ

「そのとき、俺はアリサに会っているんだよ」

 

 アレク様は幼い日のパーティーのときに会ったと言うけれど、思い出せない。正式に挨拶したのは、婚約後のことで、そのときが初対面だと思っていた。


「ついでに言うと、あのときからエレナさんはミハイルのことを気に入っていたみたいだね」


「え? そうでしたっけ?」


「そうだよ。パーティの席でずっとエレナさんはミハイルに話しかけていて、微笑ましかったけれど……」


 アレク様としては複雑な気分だっただろう。自分の婚約者候補は、明らかに弟の方を気に入っている。たとえ十歳の少女と十二歳の少年とはいえ、アレク様は不安に思ってもおかしくない。


 しかもアレク様はもともとミハイル殿下に劣等感を持っていたのだから、なおさらだ。


「だから、エレナじゃない方……つまり、わたしを選んだんですか?」


「そんな消極的な理由じゃないよ。そのときの俺はエレナさんとミハイルを見ていたくなくて、そっとパーティを抜け出したんだよ。もちろん護衛の目の届く範囲だから、王城の庭に出たぐらいだけどね。でも、俺はそこでアリサと出会った」


 うっすらと記憶が蘇る。たしかに、あのときのわたしは今よりもずっと内気だった。

 王太子の婚約者という立場があったわけではなかったし、公爵令嬢とはいえ、あまり注目される存在ではなかった。


 友達のたくさんいたエレナと違って、わたしは同じ年頃の少年少女とも馴染めなかったし……。

 だからわたしは一人で王城の中庭にいた。そこは美しく静かな空間だった。四方を城壁に囲まれながらも、立派な庭園となっていて……。


 一人でいることだけが、わたしの心を落ち着かせた。


 昔からわたしはそうだった。大事なものは自分の中にある。本があれば一人でも平気。

 華やかなエレナや、権力を振るうお父様。そういった人たちを横目に、わたしは孤独でいることを選んだ。


 でも、そのときは……たしかに一人の男の子がわたしのもとを訪れた。


 そうだ。わたしにしては珍しく、その子とは仲良く話したと思う。それがアレク様だったんだ。


「そのとき、俺は名乗らなかったから……。俺はアリサに、パーティから逃げてきたと言ったんだよ。そうしたら、アリサはなんて答えたか、覚えている?」


 アレク様はおかしそうに、くすっと笑った。

 わたしは必死に記憶の糸を手繰り寄せた。


 ええと……。わたしが思い出せずにいると、アレク様はわたしに代わって答えた


「『わたしも同じ。似た者同士だね』ってアリサは言ったんだよ」


「わ、わたし……第一王子殿下に敬意を払わずに話していたのですか!?」


 子供の頃とはいえ冷や汗が出る。王族相手に許されることではない。

 けれど、アレク様の表情は穏やかだった。


「俺は正体を名乗らなかったんだから、仕方ないだろう?」


「そ、そうですけど……」


「それに、嬉しかったんだよ。みんな王子の俺には本音では話してくれなかったから。そのときのアリサは、俺と対等に『似た者同士』だなんて言ってくれた」


 アレク様はあくまで嬉しそうに語った。わ、わたしはほとんど覚えていないけど、アレク様にとっては、とても印象的な出来事だったみたいだ。

 はっきり覚えていないのをわたしは残念だと思った。だって、わたしとアレク様の大事な初めての出会いだったのに。

 けれど……そのときから、わたしとアレク様は気が合ったのだと思うと、嬉しくなる。


「だから、俺はエレナさんではなく、アリサを婚約者にしてくれるように周囲を説得した。王家にとってもチャイコフスキー公爵にとっても、アリサを婚約者としても不都合はなかったから、この話は通ったよ。アリサは美しさでも聡明さでも、エレナさんに負けないどころかずっと優れているし」


「そ、それは言い過ぎだと思います……」


 エレナの方がどう考えても優秀な子だったと思うし、周りのみんなももてはやしていた。


 けれど、ニーノルスク共和国のクヌート殿下もわたしのことを「高嶺の花」「深窓の姫」だと思っていたと語っていた。しかもニーノルスクの多くの年若い貴族たちがそう思っていたと言っている

 クヌート殿下もある程度本気でわたしに求婚していたわけだし、経緯を考えても単なるお世辞を言う理由もない。

 わたしは……思っていたよりも注目されていたのかもしれない。


「でも、わたしは学園ではあまり友達もいなかったですし……」


「アリサが孤立していたとすれば、俺のせいなんだよ」


「いえ、わたしが一人ぼっちだったのはわたしのせいだと思いますけど……」


「俺がアリサを王太子の婚約者に選んだせいで、みんなアリサに近寄れなくなった。公爵令嬢というだけならともかく、そこに王太子の婚約者という肩書がつけば当然だ」


 ……そうかな?

 わたしが王立学園のクラスで浮いていたのは、わたし自身の暗い性格によるものだ。王太子の婚約者という立場が影響して敬遠されたのかもしれない。でも、それが最大の理由ではないと思う。


「もしかして、そんなことを気に病まれていたんですか? 借りもそのことなんでしょうか?」


「じゅ、重要なことだよ。アリサほど魅力的な子だったら、本当なら、いくらでも素晴らしい友人を作ることができたはずだ。……俺なんかより素敵な男友達を作ることもできたかもしれない」


 アレク様がそう言い募れば言い募るほど、わたしはおかしくなってきた。

 そんなの借りでもなんでもない。


「だったら、どうして学園ではわたしと関わろうとしなかったのですか?」


「それは俺がいると、ますますアリサは周囲から敬遠されてしまうだろうし……。いや、違うな。正直、俺には勇気がなかったんだよ。アリサに近づいて、アリサに拒絶されることが怖かった」


「わたしがそんなことをするわけがないのに」


 今となってみれば、アレク様の心配は杞憂にすぎない。

 ただ、当時のわたしがアレク様に婚約破棄されるのではないかと怯えていたように、アレク様もわたしにどう思われるか心配だったんだろう。


 でも、今は……追放されたわたしたちは、間違いなく互いのことを思う婚約者同士だ。


「アレク様は、わたしに借りがあるとおっしゃいましたね?」

「ああ、そうだけど……」


「なら、その借りを今、返してください」


「え?」


 わたしは深呼吸をすると、えいっとアレク様に抱きついた。

☆あとがき☆


6/2書籍1巻発売! 

番外編のメイドアリサをぜひお楽しみください! コミカライズも決定ですっ! 

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