第5話 俺はアリサに借りがある
わたしはお風呂の入り口の所に立ったまま、アレク様と向き合う。
「アレク様は、学園時代のわたしに借りがあるとおっしゃっていました。それが何なのかを教えていただきたいんです」
アレク様がこの地を去るか、アルハンゲリスク辺境伯の地位をどうするか。それが本題ではあるのだけれど、そこから話を切り込まない。
その話をいきなりしても、アレク様は同じことを繰り返し言うに決まっている。
だから、その前に学園時代の話をすることにした。未来の決断を変えるより、過去の事実を話してもらう方が障壁が低いと思う。
それに、アレク様の言う「借り」は、たぶん、わたしがずっと知りたくて、でも聞かなかったことだ。
アレク様がわたしのことを好きな理由。土下座してまでわたしのそばにいようとした理由だ。
ずっと、わたしはそれを聞くことを避けてきた。恐れていたのかもしれない。
もしそれを聞けば、魔法が解けてしまうような気がしていたんだ。
でも、逃げるわけにはいかない。
わたしはアレク様のことを知らないといけない。
アレク様が何に悩み、何に葛藤しているのか。わたしには知る権利と義務がある。
「それは……言えない」
アレク様は首を横に振った。
拒絶されるのは予想通りだ。
でも、だからといって諦めるわけにはいかない!
わたしは近くの桶に入った麦酒を暖炉の石にかけた。熱した石が一瞬で麦酒を蒸気に変える。
わたしはどんどん、どんどんと麦酒を足していく。
アレク様がぎょっとした表情をする。
「あ、アリサ……そんなことをしたら、大変なことに――!」
部屋のなかはもくもくとした煙が立ち、どんどん温度が上昇していく。
わたしも汗をかいてきた。ぴたっとタオルが体に張り付くのを感じる。
「さあ、答えてください。そうでないと、どんどんこの部屋を熱くします!」
「俺がへ、部屋から出ればいいのでは……」
そう言いかけて、アレク様はぴたっと口を閉じた。
入り口にはわたしが立っている。力づくでわたしを突き飛ばせば、アレク様はバーニャから出られる。
けれど、アレク様にそんなことはできない。
だって……アレク様は優しいから。
アレク様はわたしを見つめると、困ったような笑顔を浮かべた。
わたしがさらに追撃の麦酒を暖炉にかけようとすると、アレク様はいよいよ観念したようだった。
「わ、わかったよ」
「……アレク様は、いったい、学園のときに、わたしに何をしたのですか?」
アレク様は目をそらし、つらそうな顔をした。
「俺はアリサに借りがあると言ったのは……つまり、俺がアリサを『王太子の婚約者』としてしまったことさ」
「え?」
「俺が決めたんだよ。アリサを婚約者にするというのは、俺自身の意思によるものだった」
アレク様の言葉は、わたしは信じられなかった。あれは家同士の取り決めだったはずだ。
でも、アレク様は嘘をついている様子はなかった。
<あとがき>
アレクの秘密が明らかに……?
女性主人公の身分差幼なじみイチャイチャ短編を本日投稿しました!
タイトル:可愛いご主人さまのためなら、わたしは命でも捨てられます。でも、本当は愛してくださると嬉しいです。
URL:https://ncode.syosetu.com/n1095hl/
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