第3話 エレナのとっておきの秘策
どうしよう……?
このままじゃ、アレク様がアルハンゲリスクを去ってしまう。
アレク様のいない街で、わたしがアルハンゲリスク辺境伯になっても何の意味もない。
もちろん、わたしもフェリックス君のために、アナスタシアさんのために、バラキレフさんのために、ココシキンさんのために、街の発展に力を尽くしたいという思いはある。
でも、それはわたしの隣にアレク様がいて初めて意味を持つ。
アレク様の領地を発展させることが、わたしの望みなんだから。
けれど、どうすればいいんだろう?
アレク様の決意は固いようだった。
わたし一人でアルハンゲリスクの統治をできる。アレク様はそう考えている。
その考えを覆すには……。
考え事をしながら、廊下を歩いていたら、向こうから歩いてきた人と、どすんとぶつかって、その人は床に尻もちをついてしまった。
「ごっ、ごめんなさいっ!」
「あいたたたた……ってお姉ちゃん?」
廊下の床に尻もちをついていたのは、妹のエレナだった。シンプルな青い普段着のワンピースを着ている。
着飾った所はないけれど、それでも優雅で美しく見えるのがエレナのすごいところだ。
ただ、尻もちをついて、ワンピースの裾がめくれてしまっている姿は、エレナにとってはちょっと恥ずかしかったようだ。
赤面しながらわたしを睨む。
「お姉ちゃん……」
「ごめん。考え事してて気づかなくて……」
「もうっ」
わたしが手を差し伸べると、エレナはくすっと笑って、手をとった。
そして、ぱんぱんと腰のあたりを手ではたき、立ち上がる。
「お姉ちゃん、考え事って何? アレク様とのこと? もしかして喧嘩でもした?」
エレナは心配そうに言う。
わたしはちょっと驚く。わたしは一言も言っていないのに、どうしてわかったんだろう?
「お姉ちゃんの悩み事なんて、アレク様とのことに決まっているもの。さっきアレク様と一緒にお話しに行くところも見たし」
な、なるほど……。
言われてみれば、そのとおりだと思う。
「でも、どうして喧嘩したなんて思うの? その……」
わたしとアレク様の関係は、他の人からも良好に見えたはずだ。
これまでわたしとアレク様は協力しあってきたし、誰かの前で衝突したことなんて一度もない。
ううん、二人きりのときだって喧嘩したことなんてない。
エレナはわたしの内心を見透かしたかのように、柔らかく微笑んだ。
「仲が良いからこそ、喧嘩するんだよ。互いを想って、理解してくれると期待するから、そうならなかったときに、ぶつかってしまうの」
わたしはエレナの言葉に、はっとする。
そう。
アレク様はわたしのために、アルハンゲリスクを去ると言った。アレク様はきっと、本当にわたしのためを思って、その決断をしようとしたのだと思う。
そうであれば、アレク様は、自分の思いをわたしに理解してほしいと願ったはずだ。でも、わたしには受け入れられなかった。
わたしの願いはアレク様とともにいることだ。その願いはずっと変わらない。
なのに、アレク様はそれを理解してくれなかった。
なら、どうすればいいんだろう?
わたしは自由奔放で、美しく、そして聡明な妹に尋ねる。
「エレナ……わたしはどうしたらいいと思う?」
「アレク様の言いたいことをわかってあげるの。それから、お姉ちゃんの言いたいことを理解してもらう。それしかないんじゃない?」
エレナの言う通りだ。
話し合うこと以外の解決方法はない。言葉を通してしか、互いの納得できる解決策は見つからない。
「うん。もう一度、話し合ってみる」
わたしが言うと、エレナはいたずらっぽく片目をつぶった。
「アレク様と二人きりになるなら、とっておきの場所があるんだけど」
わたしが首をかしげると、エレナはえへへと笑った。
な、なんだか、エレナが変なことを考えているような気がする……。
エレナの考えとは……?







