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第4話 わたしたちの領地

 わたしはうろたえて、そして、ぎゅっと目をつぶった。


 部屋にはわたしと殿下の二人きり。しかも背後には、今日から二人で寝るというダブルベッドがある。


 そんな状況で、殿下が「アリサ……」とわたしの名前を呼び、わたしの体に手を伸ばした。


 わたしたちは、一応、婚約者で……殿下はわたしに何をしてもおかしくないわけで。

 だから、緊張しない方が無理がある。


 わたしは、どきどきしながら、次の瞬間を待った。


 しかし何も起こらない。

 かすかに髪に何かが触れる。


「……?」


 わたしが目を開くと、アレクサンドル殿下は、微笑んで、人差し指を立てていた。


「アリサの髪にホコリがついていたみたいだから、とっておいたよ」


「あ、ありがとうございます。……それだけですか?」


「……うん。そうだけど?」


 本当に、それだけ?

 わたしはまじまじと殿下を見つめ、殿下は首をかしげた。


 わたしは思わず叫ぶ。


「わ、わたしの期待とどきどきを返してください!」


 わたしの叫びに、殿下はびっくりして固まる。

 それから、殿下はわたしの言葉の意味を考え、顔を赤くしたようだった。


 わたしはいきなり抱きしめられるとか、キスされるとかするんじゃないかと覚悟を決めていたのに!


 よく考えたら、奥手な殿下がそんなことをいきなりするはずもないし、それが殿下の良いところでもあるのだけれど。


「でも、少しぐらい、なにかあってもいいじゃないですか……」


 わたしは小さくつぶやき、そして、恥ずかしくなってきて、うつむいた。

 一人で勝手にいろいろと想像して、全部勘違いだったなんて。


 突然、殿下の大きな手が、わたしの茶色の髪の上に載せられた。


「で、殿下……?」


 わたしが上目遣いに殿下を見つめると、殿下は恥ずかしそうに目をそらし……そして、わたしの髪を軽く撫でた。


 大きな温かい手の感触が、心地よい。


 壊れやすい宝物に触れるかのように、殿下はわたしの髪を二度、三度と撫でた。

 そして、顔を耳まで真っ赤にしながら、殿下はささやく。


「アリサ……嫌じゃなかった?」


「嫌だなんて……そんなことありません!」


「本当に?」


「はい。えっと、その……気持ちよかったです。殿下が……わたしを大事にしてくれているんだなって、感じられて……」


 その続きは、恥ずかしくて言えなかった。

 殿下は、照れくさそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。


「良かった。俺は臆病で……今は、こんなことしかできない。正式な結婚はまだ先だし。だから……」


 本当なら、学園卒業後にわたしたちはすぐに結婚するはずだった。でも、殿下が王太子の地位を追われ、この辺境の領主になったことで予定が変わっている。


 ここでの生活に慣れて、ちゃんとわたしを守れるようになってから結婚するつもりだと殿下は言っていた。


 わたしは殿下の綺麗な青い瞳を見つめ、言う。


「わたしは、殿下のそういうところ、好きです」


 わたしの言葉に殿下は、ぴくりと震え、そして「ありがとう」とつぶやいた。

 そして、殿下は窓の外に、視線を向ける。わたしも殿下の視線の先を追うように、窓の外を見た。


 そこには、何もなかった。ただの野原があり、その先に針葉樹の林が延々と続いている。


 屋敷はやや高地にあり、下っていくと、小さな港町がある。その周辺に畑作地の農村が少しだけあり、それがこの辺境伯領のすべてだった。


「ここは何もないけれど……でも、十年後には、豊かな領地にしてみせる」


「はい。殿下なら、きっとできます」


「ああ……きっとアリサと一緒なら、最高の領地にできるはずだ」


 そう言って、殿下はいたずらっぽく微笑んだ。

 そうか。


 わたしは……十年後も、ううん、二十年後も、殿下と一緒にいるんだ。だって、わたしたちは夫婦になるのだから。


 そう考えると、それは途方も無いことに思えた。

 まだ、わたしは、殿下がどうしてわたしのことを好きなのか、聞いていない。


 学園では形だけの婚約者だったわたしを、殿下はどうしてこれほど愛してくれているのだろう?

 

 なにか理由があるはずだ。

 それを聞く勇気は、今のわたしにはなかった。


 でも、いつか。


 領地を変えていくことを殿下が思い描くように、殿下とわたしの関係も変わっていくだろう。

 髪を撫でられるだけでも嬉しいけれど、でも、それだけではない関係になっていくはずだ。


 そんなときが来ることを、わたしは、心の中で楽しみにしている自分に気づいた。


 そのためにも、この土地での生活に、早く慣れてしまおう。

 わたしは、窓の外をもう一度眺める。

 

 今はまだ何もないけれど、そこはわたしたちの領地だった。

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[良い点] 初々しいふたりが可愛い!
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